いおりにて
いおりにて
二十年くらい前の事になるだろうか
古い屋敷を間借りして住んでいた頃の話
風が、ヒューヒューと鳴いている冬の午後だった
「今日は寒いから出掛けるのは止めておこう」と思い、物置にしまっておいたストーブを出しに行った
どれくらい前に建てられたのか、古い借家で、すきま風が入る度にカタカタとガラス戸が音を立てる家だった
不思議な造りで、玄関を開けると幾つも幾つもの広いお座敷が続いている
庭には大きな池 母屋を隔てる長い長い渡り廊下
そして、誰も入ったことのない部屋
母屋と離れを隔てる渡り廊下の端に、いつも錠がかけられたままの扉があった
なぜ錠がかけられたままだったのか、今にして思うと奇妙な話だが、当時誰もが示し合わせたかのようにその扉の事を口にしなかった
その日、私は物置がある離れに行くために渡り廊下を歩いていた
確か、確かその時だった
「ひと〜つ ふた〜つ み〜つ…」
女の人の声? お手玉?
ふと立ち止まって見ると、かけられたままの扉の錠が外れていた
声はそこから漏れていた
「誰か居るの?」呼んでみたが返事は返って来ない
扉を開けると地下に降りていく狭い階段が闇へ闇へと連なっている
ぎしっぎしっ と階段を踏みしめながら私は声のする方に降りていった
ギーバタン 扉が閉まる音した私は美しい女の人と話をしていた
「どこから来たんね」
女の人は、やさしい声で私に尋ねた
そこは、昼だというのに光が入ってきていないのか部屋全体がボンヤリとした橙色で
電灯ではなく、行灯のあかりが灯っていたように思う
綺麗な打ち掛けを纏ったその女の人は、箪笥の引き出しから小さな小箱を取り出した
蓋を開けると金平糖が入っていた
「お食べ」
口に入れると、スッと消えてなくなった
女の人の髪はとてもとても長く腰のところで一つに結わえてあった
黒く豊かな髪だった
「ここで、何をしているの?」
私が聞いた
「時を紡いでいるのよ」
女の人はそう答えた
「いつからなの?」
「ずっと昔からよ」
「お父さんやお母さんは?」
「ずっと昔に一緒に暮らしていたよ」
「おねえちゃん 寂しい?」
「寂しくないよ」
「お家に帰りたい?」
「ここがお家よ」
その後しばらく紙風船で一緒に遊んでもらったような気がする
どうやって戻ったのか覚えていない
気がつくと母が帰って来ていてストーブの上で餅を焼いてくれていた
母に、女の人の話をしようと思ったが、なぜかしてはいけないような気持ちになって
黙って餅を食べた気がする
その夜、母が昔話をしてくれた遠い昔 不死の薬を飲んだ女が、ず〜っとず〜っと生き続け、今もどこかにいるんだというお話
私は、とても怖くなって寝たふりをして目を閉じた
あれから一度もあの扉を開いたことはない
あの古いお屋敷も今はなくなってしまった
「あの女の人は、どこに行ったんだろう?」
今でも、時々考えたりする
どう降りて行ったのか…