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決心

不意に、体が浮き上がった。

「何をしておる!」

維心だ。

維月は、維心の声に、目を開けた。すると、目の前には維心が、自分を小脇に抱えて浮いて、炎嘉を見下ろしていた。炎嘉は、芝の上に手を付いて、それを見上げていた。

「…何ぞ。手も付けておらぬから、てっきり要らぬ女かと思うたのに。」

維心は、険しい表情で炎嘉を睨んだ。

「何事もうまく行かぬと申したよの。我が妃に手を出すとは、良い根性よ、炎嘉。」

炎嘉は、肩をすくめて立ち上がった。

「そこまで大事な女か。ならば早よう何とかしておかねば、誰でも盗り放題であるぞ?主がそんなに呑気な性格であったとは、我は初めて知ったわ。」

維心は、黙って炎嘉を睨んでいる。炎嘉は、息を付くと、手を振った。

「ああ、分かった分かった。もう良いわ。そこまで執着しておるのなら、我は手を出さぬよ。しかし、ようこんな珍しい女を。次に見つけたら、我に回せ。分かったの。」

維心は、眉を寄せた。

「他の女なら、好きにして良いわ。だが、維月はならぬ。」

炎嘉は、踵を返した。

「まあ良いわ。ではの。主の妃を見るという目的は果たしたしな。」

炎嘉は、宮の出発口へと向かって歩いて行く。

維心と維月は、それを見送った。


維心と維月は、黙って居間へと戻って来た。維心がただ黙っているので、維月は居たたまれなくなって口を開いた。

「維心様…申し訳ありませぬ。もうこのようなことがないよう、庭に出る時には充分に注意致します。」

維心は、しばらく黙っていたが、維月を見た。

「主…炎嘉のような神が良いか。」

維月は驚いて、慌てて首を振った。

「いいえ!そのような…お会いしたばかりでありまする。思ってもおりません。」

しかし維心は、視線を反らした。

「…炎嘉は、あのように目立つ神。女は皆炎嘉に寄って参る。あれはどんな女にも気遣うし親しげであるからの。主があれに惹かれても、仕方のない事と…。」

維心は、言葉を止めた。そう、自分には真似の出来ない神だった。いつも回りに神を引き連れ、皆が笑顔で対していた。だが自分には、皆この持って生まれた気の強さから、怖れて顔を上げさえしなかった。いつもいつも、なので維心は、ならばと非情の神で居続けた。それが自分の役目だと思っていたからだ。だが、唯一愛した維月さえ、この自分を恐れるというのなら…。炎嘉を、選ぶと言うのなら…。それは、仕方のない事だ…。

維月は、維心を見た。

「維心様…」しかし、維心はこちらを見ない。維月は続けた。「維心様、私は…私は維心様を思い始めております。ですが維心様を、信じきれていなかったのですわ。そのうちに…他の女と同じように、私にも飽きてしまわれるのだと。もしも身を許し、子をなして、維心様を心底愛してしまってから、そうやって捨てられてしまうことを、未だ怖れておるのです。」

維心は、驚いたように維月を見た。維月は、涙を流しながら続けた。

「愛しておりますわ。私もお側に居たい。ですが、何事も思うままの神の王であられる維心様を、突然に失う事が、私は怖いのでございます。」

維心は、それを聞いて茫然と維月を見つめた。我を愛していると。維月は…しかしそれゆえに、怖れていると申すのか。

維心は、維月を抱き寄せた。

「そのようなこと…あるはずはないではないか。主は我の、唯一の光。初めて愛した女ぞ。主が悲しむようなことはせぬ。主以外には興味もない。約したこと、違えずに居るではないか…これからも、我は守る。主だけを妃に、共に居る。」と、維月を見つめてその頬に触れた。「ゆえに、信じてくれぬか…我の事を。どうか、我の妃に。さすれば誰も、主には手を出せぬ。二度とあのような思いはさせぬゆえ…。」

維月は、自分の涙を指先で拭う維心の手を握り、頬を擦り寄せた。そして、意を決して頷いた。

「はい。」維月は、維心を見上げて言った。「はい、維心様。どうか末長く、お側に置いてくださいませ。」

維心は、パアッと明るい表情になると、維月を抱き締めた。

「おお維月!我の…我の妃になる決心をしてくれたか!」

維月は、維心の背に手を回して、抱き締め返した。

「はい…奥へ、お連れくださいませ。」

維心は頷くと、維月を抱き上げてその目を見つめた。維月は、維心を見て微笑んだ。維心は微笑み返すと、奥の間へと足を向けた。維月が我を選んでくれた。我を愛して共に居ると約してくれた。これよりは、決して離さぬ…!

そうして、二人はその夜、眠らなかった。


次の日、維心は日が高くなってから目を覚ました。隣を見ると、維月が上布団を自分に巻き付けるようにして眠っている…維心は、その裸の肩にソッと口付けた。昨夜は、我を忘れて愛し合って…あれほどの幸福が、あったのだ維心は思った。

すると維月は、身を震わせて目を開いた。維心は、維月の顔を覗き込んで微笑んだ。

「維月…目覚めたか。」

維月は、維心に気付くと頬を赤らめた。明るい日に照らされて微笑む維心は、まるで後光が差しているかと思うほどに美しかったのだ。

「維心様…まあなんとお美しいこと…。」

維月が思わず呟くように言うと、維心は驚いたような顔をした。

「美しい?我が?」

維月は、維心がそれを知らない事実に驚いた。

「はい。維心様は本当にお美しいですわ。このように凛々しくお美しい神は、見たことがないとまだお会いした始めにも思うておりましたほど。」

維心は、笑った。

「ならば主は見目だけでは相手を選ばぬのだの。誠に頑固者で、我は戸惑うたものよ。どんな女も、我には寄って来て身を預けようとしたものなのに。」

維月は拗ねたように横を向いた。

「まあ…そんな女の方が良いとおっしゃるのですか?」

維心は、慌てて首を振った。

「そんなはずはないではないか。我は主を選んだのだ。人形などに興味はないと言うた。」

維月は、ふふと笑った。

「はい。頑固なのはお互い様でございますわ。」

維心はホッとして、また微笑むと維月を抱き寄せた。

「我が妃よ。主は名実ともに我が妃になった。もう、何者にも手を触れさせぬ。主は我のものぞ。」

維月は、頷いて維心に身を寄せた。

「はい。愛しておりますわ、維心様。」

維心は嬉しそうに笑うと、維月の上に移った。

「我もぞ。維月…もう我から離れる事は許さぬ。」

維月は、維心の首に腕を回した。

「はい、維心様。」

維心は、維月を見下ろしながら、フフンと笑った。

「…して?どうして欲しいか言うてみよ。」

維月は、いたずらっ子のような維心に、どうしようもなくいとおしさを感じて、微笑んだ。

「まあ、意地悪をおっしゃること。」と、維心に唇を寄せた。「愛してくださいませ。維心様…」

維心はそれは嬉しそうに笑った。そして、自分も唇を寄せながら、言った。

「しようがないの…我が妃の頼みぞ。もう日があれほどに高いというに…。」

そして、維心は再び維月に溺れたのだった。


そうして、維心と維月は、もう日が傾き始めてからやっと起き出した。侍女からその報告を受けた重臣達が、慌てて大挙して居間へと入って来たのは、二人が寄り添い合って庭を眺めながら、居間の椅子へ腰掛けているところだった。

「何ぞ。皆で打ち揃って。」

維心が、本当に驚いたように言うと、洪が顔を上げた。

「王に於かれましては、このたびは維月様を正式に妃に迎えられ、誠に喜ばしきことと、臣下一同、お慶び申し上げまする。」

皆が、頭を下げ直す。維月は、そんなことまで知られてしまっているのに真っ赤になって袖で口を押さえていると、維心は苦笑した。

「そうか、挨拶か。しかし主ら、維月を初めに迎えた時には来なんだ癖に。」

洪は、顔を上げて答えた。

「それは、まだ正式に妃になっておられなかったからでございます。王よ、これでやっと、妃らしい妃が出来ましてございます。今まで、我ら臣下がいくら妃をお連れしても、見向きもされずにただの一度も通うては下さらなかった。それが、此度はこうしてお子も望めるめでたいご縁。我ら、お祝いを申さずにはおれましょうか。」

維月は、ただただ恥ずかしくて耳まで赤くして下を向いていた。それに気付いた維心は、維月を自分の袖の中へと隠すようにすると、言った。

「わかったわかった。もう良いゆえ、主らは下がれ。子はすぐにでも出来ようぞ。そのように案じずともの。」

洪は、大真面目に頭を下げた。

「は!王のお子であるならば、二人でも三人でもよろしゅうございまするゆえ。精々お励み頂ければと存じます。つきましては王、これよりひと月の間、我ら政務は最低限のことだけをお持ち致すように取り計らいましてございますので、王に於かれましては、どうぞ維月様とごゆるりとお過ごしくださいませ。」

それには、さすがの維心も目を丸くした。

「ひと月?主ら、それで宮が回ると申すか。」

洪は、頷いた。

「どうしてもという政務は、こちらへお持ち致しまする。ですので王、どうかお世継ぎのことを第一にお考え頂きまして、お励みくださいませ。」

維月は最早維心の胸に顔を埋めて洪を見ようともしない。維心は、呆気にとられていたが、洪達臣下は、大真面目な顔のまま、そこを出て行ったのだった。

維心は、呟くように言った。

「…ひと月、子作りに励めということか。」

維月は、顔から火が出そうだった。臣下達がそれは維心の子を待ち望んでいるのは知っていた。だが、こんなにあからさまな。

維心は、そんな維月に言った。

「そのように恥ずかしがることはないのだ。あれらに悪気はないのよ。やっと我の子を見れると、そればかりであるから。それというのも、我が王座に就いて1500年、一向に子などなす様子がないのに、あれらも気を揉んでおってな。我の老いが来るのではと、それを案じて我の血筋の子がどうしても早よう欲しいのだ。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様は、そのような道具ではありませぬ。私は、そんな扱いはとても…。それでも、臣下の気持ちは分かるつもりでおりまするが…。」

維心は、ふっと笑って維月の頬に触れた。

「まあ、せっかくであるから、甘えようではないか。このような機会は滅多にないのだ。二人で、領地の中にある我の持ち宮をめぐっても良い。温泉のある場所もあるぞ?主、好きであろう。」

維月は、ぱあっと明るい顔をした。

「まあ!旅行でありまするわね?参りたいですわ!どちらにお連れ頂けまするの?」

維心は、維月が嬉しそうなのに自分も嬉しくなって、別宮のことを、ひとつひとつ話して聞かせたのだった。

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