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変化

維月は、朝の光に目を覚ました。なぜか、回りの感覚が柔らかく心地よい…。

維月はそう思いながら、ふと横を見ると、維心が襦袢姿のまま、自分を抱いて眠っていた。

「!!」

維月は、声にならない声を上げて、起き上がろうとした。しかし、維心の腕はしっかりと維月を抱きしめていて、放れなかった。

「い、維心様、良いと言うまではというお約束ですわ!」

維心は、薄っすらと目を開いた。

「身を繋ぐのは、だ。」そして、じたばたする維月を更に抱き寄せ、足まで使って引き寄せた。「主は既に我が妃。宮の中は妃として好きにしておって良いが、あくまでも妃としての務めは果たせ。良いではないか…龍王の妃なのだぞ?」

維月は、ぶんぶんと首を振った。

「好きでそうなったのではありませぬもの!昨日は、あちらの隅で寝入ったはずですのに!」

維心は、頷いた。

「静かになったので、見てみたら寝ておったから、こちらへ運んだ。」と、維月に唇を寄せた。「ほんに異な事よ…女など我も我もと寄って参ってうるさいほどであるのに。主は変わっておるの。」

維月は慌てて顔を背けた。

「なら、その女達の中から選んでくださいませ!私は里へ返して!」

維心は、それには険しい顔をして首を振った。

「決めたと申した。主を我の妃にして、我が子は主に産ませる。臣下にも昨日申した。あれらは喜んでおったわ。龍王の子を産むなど、大役ぞ。皆が望むというに、主はなぜにそう拒む。」

維月は、維心を見上げた。

「私が、人であったからですわ。」維月の言葉に、維心は片眉を上げた。維月は続けた。「人の価値観をご存知ですか?婚姻は、愛し合う二人が行なうもので、お互いにただ一人を愛して支えて生きて参るということでございます。夫があっちもこっちも愛人を作って遊び回っても咎められないようなそんな婚姻は、絶対に出来ないのですわ。ですから…私は、神世に来ても、ひっそりと暮らしておりましたのに。」

維月は、話しているうちに悲しくなって、目を伏せた。一度は死んだ身なのだから、おまけの人生のようなものだと思っていた。でも、こんな風に大勢の一人として妃だと扱われるなんて、絶対に望んでいなかった。身分も力もなくていい、ただ、自分を大切に、愛してくれる人か神であったなら…。

常に気強くしていた維月が、不意に黙って下を向いたので、維心は急に胸が締め付けられるような心地がした。それがなぜだか分からなかったが、苦しい。維月は、悲しんでいる…自分の、妃であることに。

維心は、維月を押さえつけていた手を緩めた。維月は、それでも身を退くこともなく、じっと下を向いている。維心はたまらなくなって、そっと、優しく維月を抱き寄せた。維月は、驚いたように身を震わせた。

「…すまぬ。そのように、悲しむでない。ここでは、自由にしておってよいゆえ。何でも、望むがままぞ。維月…着物であろうと何であろうと、好きなだけ誂えて良いから。実家も、我が面倒を見る。何を懸念することもないのだ。」

維月は、驚いて維心を見上げた。なぜか維心まで悲しげな瞳で自分を見ている。もしかして…維心様は愛するとかそんなことが、全く分かっていらっしゃらないのでは…。

維月は、意を決して言った。

「維心様、私は何も要りませぬ。ただ、愛情が欲しいのですわ。こうなってしまったのだから、私はあなたを愛するように努力致します。ですので維心様も、私を愛する努力をなさるとお約束くださいませ。既にいらっしゃる妃の皆様の事は、この際何も申しませぬから。せめて私の後、誰か娶るとか、しないでくださいませ。それから、心も無いのに女遊びはお控えください。」

維心は、目を丸くした。驚いたようだ。

「妃は、手もつけておらぬから此度皆返したので今は居らぬ。女遊びは、主が居ったら別に要らぬしもう飽きたしせぬ。だが、愛するとは…我には、ようわからぬ。」

やっぱり、と、維月は維心を見た。

「では、学んでくださいませ。全ては、それからですわ。維心様は、お父上やお母上には愛おしいと思われぬのですか?」

維心は、少し目を伏せた。

「…母は、我が生まれる時に我の気が強過ぎて死んだ。父は知っておって我を生ませたので恨んで殺した。」

維月は、口を押さえた。では…無償の愛情など知らずに育ったのだ。王としてかしずかれ、そんなことが分からなくてもおかしくはない。

「まあ…では、維心様がそんな風なのは、全て維心様のせいではありませんわね…少なからず、環境も手伝っておりますわ…。」

維心は、まだ驚いた顔をしていた。

「環境?」

維月は、首を振って苦笑すると、維心の頬に触れた。

「良いのですわ。お互いに、ここから知り合って参りましょう。私も前向きに、維心様を知り理解しようと努めまする。きっと…いつか分かり合える時が来ると信じますわ。」

維心は、じっと維月を見た。なんと不思議な女…我と対等に目を見て話し、臆することもない。なぜか、維月と話していると心が薙ぐ。そして、側に居たいと心の底から思う…。

「…我らは、もう夫婦ぞ。」維心は、再び維月に唇を寄せた。「その愛情というもの、主が我に教えよ。我は主から学ぶ…。」

維月は少しためらったが、維心の唇を受けた。そうして二人は、しばらくそのまま寄り添っていたのだった。


それから、維月は龍の宮の奥宮ばかりか内宮、外宮に至るまで、幅広く動きを学び、何か仕事はないかと洪をせっついてかなりの数の仕事をこなすようになっていた。

維心がしていた簡単な取り決めなどもこなし、維心の負担は軽くなり、居間に居る時間も格段に増えた。今までならば、そんな時間があったら居間で女達と酒を飲んでは自堕落にしていた維心も、全く女を寄せ付けなくなり、落ち着いて維月と二人で庭を散策したり茶を飲んで和やかに話していたりと、周囲の宮も驚くほどの賢帝ぶりだった。

政務にも酒の臭いをさせて来ることなど一切なくなり、維心自身が穏やかで楽そうなのが、臣下には嬉しかった。本来、宮はこうであるべきだったのだ、と洪はそれを見ていた。

しかし、洪達臣下は知っていた。維月は、まだ正式には維心の妃ではない。事実奥の間で共に休み、毎日共に過ごしてはいるが、実際に夫婦の営みが行なわれていないことは、維月を見ればわかる。なぜなら、残されるはずの維心の気が、未だ全く感じられないからだった。

維心にそれを問いただすと、維月との取り決めで、元は人であったその考え方を尊重し、お互いに想うようになるまでは、そのようなことはせぬとのことなのだということだった。

洪は、今日も報告のために居間を訪れていた。庭を散策する維心と維月の仲睦まじい様子を遠めに見て戻るのを待ちながら、もうすっかり想い合っているようなのに、と口惜しく思っていた。維心の様子は、維月が来てすっかり変わった。あれだけ全てを蔑むような目で見ていた維心が、維月には優しい穏やかな視線を向ける。維月の言うことは、辛抱強く聞いているようだった。それなのに、維月の方はまだ、維心を想っているのか分からなかった。どうやら、これまでの維心の素行の悪さが影響しているようだったが、洪にも人の考え方というものが、今一分からなかったのだ。

そうしているうちに、二人は手を取り合って居間へと戻って来た。それに気付いた洪が、膝を付いて頭を下げて待っていると、維心が椅子へと歩きながら言った。

「なんだ、洪。来ておったのか。」

洪は、頭を上げた。

「はい、王よ。本日の臣下の会合の結果をご報告に上がりました。」

それを聞いて、維月が言った。

「まあ。では、私はあちらへ。」

しかし、維心は維月の手を握る手に力を入れた。

「何を言う。良い。主もここに。そんなに時は取らぬゆえ。」

維月は、困ったように微笑した。

「ですが…そろそろ湯殿にも参ろうかと思うておりまするから。」

維心は、それでも首を振った。

「では、我も共に。」と洪を見た。「後で報告を聞く。」

洪が頭を下げると、維月が慌てて言った。

「そのような。洪は待っておってくれたのですわ。ならば、私はお待ちしますから。先にお仕事を済ませてくださいませ。」

維心は頷くと、維月の手を取ったまま、二人で椅子へと腰掛けた。洪は、顔を上げて報告を始める。こうして二人で並んでいるのを見ていると、間違いなく真実夫婦であるようなのに。維月様は、大変に優秀な妃で、神世にこのような女は居らぬと近隣の宮からも羨ましがられるほど。この上は、早よう正式に妃になってくだされば…。

洪は、報告しながら、そんなことを思っていた。

報告が終わると、二人は並んで、また仲良く湯殿へと歩いて行ったのだった。


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