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龍の宮

維心は、いつもとは違う外向きの着物に身を包んで座っていた。

それというのも、洪がお約束だとうるさく、神世の女という女を集めてここへ揃えたのだと言う。一応約したことと、仕方なく出て来たのだ。

神世に並ぶ者がないと言われている維心の姿は、黙って座っているには皆をため息を誘った。その美しさは、不機嫌な顔をしている今でも全く遜色なかった。

そこへ、鳥の宮の王、炎嘉がやって来た。

「維心。」炎嘉は呆れたように言った。「まあた、山ほど女を集めよって。まさか、片っ端から試してみるというのではあるまいの。少しは我にも残しておけ。」

維心は、ふんと鼻を鳴らした。

「どれでも好きなものを持って帰れば良いわ。我とて好き好んでここに座っておるのではない。洪が、子をなす女が居ればそうせよと、こんなことをしおったのだ。我が命じたのではないわ。」

炎嘉は、ため息をついた。

「さもあろう。主も落ち着かぬか、いつまで経っても決まった女を作らず。せっかくに宮へ入った妃には指一本も触れずに、此度は帰してしもうたそうではないか。乱暴なことよ。」

維心は、炎嘉をちらと見た。

「あんなもの。女の何か良いのだ。なんと言われても、我は己の子を産むような女、そこらの女などに決められるわけがあるまい?だいたい、皆愚かで考えなしぞ。」

炎嘉は、困ったように維心を見て口を開こうとした。すると、わらわらと女の集団が、無遠慮に維心に寄って行ってその胸に我先にと飛び込んだ。

「ああ龍王様!お会いしとうございました!いつぞやの花見の宴の折、ご同席したのを覚えていらっしゃいまするか?」

「何を言うておるの。我は二度もお側でお話を!」

「我こそつい最近の会合でお声をお掛け頂きましたのよ!」

炎嘉が、呆然とそれを見ている。維心は、皆を無表情に見ていたが、女達は更にヒートアップして激しく言い合っている。維心が何も言わないので、炎嘉は放って置けずに声を掛けた。

「こら。このような場で、弁えぬか。」

しかし、女神達の争いは収まる様子はなかった。皆何とかして維心の腕の中へ収まろうと必死なようだった。ただそれを見ていた維心は、不意に気を放つと、維心に寄って来ていた女神たちは一斉に吹き飛ばされて床へと転がった。炎嘉は、さすがに言った。

「維心!幾らなんでも乱暴ぞ!女相手に!」

皆、あちこち打って起き上がれずにいる。維心は、炎嘉でさえも凍りつくような視線で皆を見下ろして立ち上がっていた。

「…愚かなことよ。我が何と?我は主らの顔など覚えてもおらぬわ。女など皆同じよ。己だけが特別だと思うておるのか?厚かましい。寄るでないわ。もう、女には飽きた。」

維心は、そう言い放つとさっとそこを出て行った。炎嘉は、ハッと我に返って言った。

「維心!これの始末をどうするつもりよ!こら!」

炎嘉は、仕方なくショックで泣いたり気絶したりしている女達をなだめる役を務めたのだった。


維月は、そっと宮の方を伺った。

迎えも来たし、仕方なく龍の宮へとやって来た。思いもかけず落ち着いたそれは荘厳で美しい宮で、それには驚いた。しかし、万が一にも龍王に出くわしたくは無かったので、それは広い庭の中、奥まった所へと潜んでいたのだ。遠くに見える宮は、華やかな気が湧き上がる明るい雰囲気だった。本当なら、そんな場所には嬉嬉として出かけていたところだったので、維月は恨めしげにため息をついた。これが、女を女とも思わないような王の宮でさえなければなあ。

維月がとぼとぼと歩いていると、池の端に、それは美しい女が一人、立っていた。その女は、かなり思いつめたような顔で、じっと水面を見ている。維月は、嫌な予感がした…まさか?

維月が声を掛けようと足早にその女神に近付くと、その女神はあと一歩のところで、池へと飛び込んだ。

「やっぱり!!」

維月は叫んで、さっと袿と中の白い着物を次々に脱ぐと、中の襦袢一枚になって、迷いもせず池へと飛び込んだ。

池の水はとても澄んでいて綺麗で、女神が沈んで行くのが見える。目を閉じて、明らかに覚悟の上のようだ。それでも、維月は必死にそれに追いつくと、腰紐の辺りを掴んで、再び上に向かって泳ぎ出した。

水面に上がると、その女神の顔を上に向けさせて、岸へとすいすいと泳いで上がった。そして、気を失っている女神に向かって叫んだ。

「ちょっと?!しっかりしなさい!」

しかし、女神はぴくりとも動かない。維月は、顔を横を向けると、みぞおちの辺りをぐいと押して水を吐かせた。

けほけほと、その女神はむせて残りの水も吐き、息を吹き返した。そして、自分が池の岸に居ることに気付くと、わっと泣き伏した。

「ああ!どうして助け上げたりなさったのですか!死なせてくださいませ!我は…我はもう、生きておりたくないのですわ!」

維月は、じっと女神を見ていたが、キッと口を引き結んだかと思うと、その女神の頬を打った。その素早さに、女神は呆然と頬を押させている。維月は叫んだ。

「あのね!何があったのか知らないけれど、死ぬってどうよ!あなた一人のことじゃないのよ、お母様や、お父様は?!人でも神でも、死ぬ気になれば何でも出来るのよ!」

しかし、女神はおいおい泣きながら言った。

「龍王様の、妃になれと言われたのですわ!ですが龍王様は、あのようにとても女には冷たいかた。それに、妃の方々も一度もお顔を見ることもないまま、此度里へ返されたのだと聞いておりまする!そんな所に縁付けられて…疎まれて生きるのなど、我には耐えられませぬ!さりとて父や母の期待も大きく…どうにもならず…。」

維月は、かわいそうに、と同情した。あんな女好きの龍王に縁付けられるなんて、確かに死にたくなるほどいやだろう。

「気持ちは分かるけれど。お父様もお母様も、きっとあなたのそんな気持ちを知らないのでしょう。死ぬほど嫌なのだと知ったら、きっと無理に縁付けたりしないはず。とても大切な娘なのだもの。だから、死のうなんて思わずに、生きてはっきりと言うのよ。何でもはっきり言わないと、親兄弟にも気持ちなんててんでわからないのだから。死ぬのは、言っても分からなかった時でいいわ。あなた、そんなに美しいんだから、恋の一つもしなきゃもったいないじゃないの。」

恋と聞いて、その女神は少し頬を赤らめた。維月は、ふっと笑った。

「…あら?誰か思うかたが居るの?」

女神は、ためらいがちに頷いた。

「はい…でも、きっと許してはくれぬのです。なのでお互いに、ただ想い合っておるだけで良いと、諦めておったのですが…此度の事で…。」

女神は、下を向いて濡れた袖で口元を押さえた。維月は、ため息をついた。

「なあに?身分違いとか、なんとか?」女神は、驚いたように維月を見る。維月は、またため息をついた。「身分が何?いいじゃないの、同じ神なのよ。死ぬぐらいなら、それを父王に言いなさい。ダメなら死んでやると、脅してやれば良いのよ。」

女神は仰天して、維月をまじまじと見つめた。

「お、脅すのですか?」

維月は大真面目に頷いた。

「そうよ。それでもダメなら、あなたの宮の池に、飛び込んでやれば良いのよ。そして、沈んだふりをして、そうね、着物でも浮かべておいて、その相手の神と一緒に逃げちゃいなさい。行くところが無ければ、私、ここから北東に少しの屋敷に住んでるから、ソコに来なさい。あなた達ぐらい住める広さはあるわ。ねえ、そうしなさい。死ぬ勇気があるなら、出来るはずよ。」

女神は、呆然としてそれを聞いていたが、ぷ、と吹き出した。

「まあ…本当に、そうですわね。死ぬぐらいならば、それぐらいのこと出来まするわ。ああ、我は何を思い悩んでおったことか。」

するとそこへ、青ざめた顔で必死に飛んできた軍神が、舞い降りて来た。

「ああ!鈴様…!良かった、急にお姿が見えなくなったので、どうなさったのかと…!」

鈴と呼ばれたその女神は、みるみる涙目になった。

「ああ、白嘉…。」

白嘉は、慌ててその肩を抱いた。

「何としたこと。このように水浸しに!」

維月が、察して言った。

「足を踏み外されたようなの。でも、大丈夫よ。あなたは早く、鈴様を宮に連れて帰ってあげて。」

白嘉は、維月を見た。

「どちら様か存じませぬが、助けて下さったのですね。礼を申し上げまする。」

維月は、首を振った。

「良いのよ。とにかく、早く。私は着物は濡れてないから、大丈夫よ。」

維月は、自分が濡れた襦袢一枚なのに、今更ながらに気付いて、慌てて側の着物を掴んでひきよせた。白嘉は、頭を下げた。

鈴が、白嘉に抱き上げられながら、言った。

「本当に、ありがとうございまする。またお会い出来ましたなら…」

維月は、浮かぶ二人に頷き掛けた。

「ええ。またね。」

二人は、飛び去って行った。

維月は、着物を手に側の茂みに飛び込んで、とにかくは濡れた襦袢を脱いで着物を直に着ようと格闘したのだった。

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