幸福
維月は、月であるのでと皆に言っていたが、出産後本当にみるみる体が閉じて、元へと戻った。あまりに早いので、治癒の龍達が仰天していたほどだ。
維心は、今回維月が自分を気遣ってぎりぎりまで何も言わずに一人で痛みに耐えていたことを思って、あまりに騒ぎ過ぎたことを、後悔していた。維月が横で苦しんでいたのに、自分は眠っていたのだ。確かに維月の気性なら、夜中に皆を起こしたくないと思ってああなるのも予想出来たはずだった。
将維は、本当に維心そっくりの、侍女達も見たことが無いと言うほど美しい赤子だった。ただ、生まれた時から大き過ぎる気のせいで誰も近寄れなかった維心とは違って、将維は赤子の今はそこまでではなかった。普通の神に比べたら大きな気ではあるが、手も触れられないほどではなかったのだ。
維心は、維月と将維と三人で過ごす、その時が幸福でならなかった。こんな時が、自分に訪れるなど考えたこともなかった…。
維心は、本当に穏やかで、優しい表情をするようになった。普段は威圧的な絶対的な王であるが、居間へ戻れば優しい夫で、父親だった。
本当に幸せだ…この幸せが、消えることだけが、今はただ、怖い…。
「維心様。」維心は、維月の声に目を開いた。維月が、ホッとしたように維心を見た。「大丈夫でございますか?私が戻っても、維心様がなかなか戻られなかったので、どうしようかと思いましてございます。」
維心は、瞬きして維月を見つめた。
「戻る?どこへ参っておったと申す?」
維月は、苦笑して維心の頬に触れた。
「ああ…長く見ておりましたものね。申し訳ありませぬ。先が気になってしまって、つい。」と、瑠璃色の玉を見せた。「ほら…隣りの世を見に参っておったのですわ。維心様が、途中その世の維心様が自分と違い過ぎるとおっしゃって、帰りたいと申されたのですが…。」
維心は、やっと思いだした。そうだ。あれは隣りの世の出来事。こちらが、我の世だ。維月と共に、隣の世を見に参っていたのに。
「すまぬ。本当に飲まれておったわ。あの世の我に、すっかり入り込んでおった。」
維月は、苦笑した。
「はい。私もつい長居を…申し訳ありせぬ。」
維心は首を振って、維月を抱き締めた。維月は、不思議そうな顔をした。
「まあ維心様?どうなさいましたの?」
維心は、そのまま言った。
「…我は、やはり我だった。」維心は、維月を見た。「最初、到底受け入れられぬ姿の我で、とても見ていられなかったが、あれの中であれの思うておることを見ていて、この我と違いのないことを知った。ただ、違う判断をしていただけで。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。あちらの私も最初、完全に誤解しておりました。ですがやはり…維心様に、惹かれておりましたもの。」
維心は、維月を見て真剣な顔で言った。
「主はあんな我を見ても、こちらの我の事を嫌わぬか?」
維月は、驚いた顔を覗きしてから、苦笑して首を振った。
「まさか。あれは違う世の維心様ではありませぬか。そのようなご心配はなさらないで。それに、私はあの維心様も好ましいですわよ?不器用であられただけなのですから。」と、息をついた。「それにしても炎嘉様は、お変わりになりませんこと。相変わらずあちらの世でも、お手の早い事ですわ。」
維心は、眉を寄せた。
「悪いやつではないのを知らなかったら、とっくに消しておったわ。あやつも困った性質よな。ま、我から奪うなど、どの世でもさせぬがな。」
維月は笑った。
「まあ維心様ったら。」
夜が明けて来る。維心は、維月を抱く手に力を入れた。
「さて、起き出すにはまだ早い。あちらの我らも、これから何度もこうして過ごすのだろうが、我とあやつは同じ事を案じておった。」
維月は、維心を見つめて首をかしげた。
「まあ。何でございますか?」
維心は、維月に唇を寄せながら答えた。
「この幸福が、奪われるのが怖い…。ただ、それだけがの。」
維月は、それを聞いて維心の首に腕を回すと、言った。
「何をおっしゃっておるのだか。私達は、離れる事はありませぬ。」と、維心に口付けた。「たとえ黄泉でも、共に参るのですもの…。」
維心は微笑んで、維月に深く口付けた。そう、どの世でも、我らは共。今までどんな世を見ても、結局は共に歩く事を選んでいた。信じよう。この幸せは、永遠なのだと…。
維心は、維月を愛しながら、そう思っていた。
続・迷ったら月に聞け8~闘神達の恋
http://ncode.syosetu.com/n8737cp/を、4月29日より連載開始致します。またよろしくお願いいたします。