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違う維心

「…また、主が先導するのか?」

維心が、奥の間で瑠璃色の玉を前に言った。維月は、頷いた。

「はい。先々週隣の世を見に参った時、炎嘉様の所へ隣の世の私が遊びに行っただけで戻って来られたでしょう?私、納得できる所まで見てから戻りたいのですわ。維心様は、続きが気にならないのですか?」

維心は、首を振った。

「炎嘉と主が仲睦まじく散策しておるだけでも見たくはないのに。そんな続きなど、見るつもりはない。」

維月は、ふーっと息をついた。

「維心様…こちらの私達はとても仲睦まじいのですのに。今から見に参るのは、別の世の出来事なのですわ。ですから、此度は私が。」

維心は、気が進まないようだったが、仕方なく頷いた。

「しようのない。では、玉を手に取れ。」

維月は、嬉々として玉を手にすると、維心の大きな寝台へと先に横になった。

「さあ維心様、こちらへ。」

維心は、頷いて維月の横へ寝た。すると、維月は瑠璃色の玉を手の上に浮かべてもう片方の手で維心の手を握ると、隣りの世を見たいとその玉に念じた。

二人の意識は、すぐに別の場所へと飛んで行った。


龍の宮では、重臣筆頭の洪が、叫んでいた。

「お、王!」

そこは、王の居間の中だった。龍族を束ね、そしてその強大な力から神の王達をも束ねる龍王維心は、たくさんの着物を着崩した女達に囲まれて、酒を飲んでいるところだった。

洪の顔を見た維心は、うるさそうに顔をしかめた。

「なんだ洪か。何用ぞ、我は忙しい。」

洪は、ぷるぷると肩を震わせて言った。

「明鈴様からまた王がお越しにならぬと問い合わせが来て参ってみれば、そのように他の女を侍らせて戯れておられるとは!」と、洪は回りの女達を手で払うようにしながら言った。「さあ!主らは帰れ!王は主らの身分になど相応しゅうないわ!己の分をわきまえ!」

女達は、慌てて着物を引っ掛けて居間を飛び出して行く。維心は、それを面倒そうに黙ってみて、自分の袿の肩を直した。洪は、維心の前に膝をついて言った。

「王、どうかこのような戯れはおよしになってくださいませ。妃の皆様には全く通われぬのに、あのような婢女を侍らせるなど…我は、皆様のご実家の父王に合わせる顔がありませぬ!なぜにお務めを果たしてはくださりませぬか。子種も残さぬような身分の女ばかり相手になさって、肝心の妃にはお手も付けられぬなど!」

維心は、ふんと鼻を鳴らした。

「あんな興味も湧かぬ女達など。主らが勝手に連れて来たのではないか。子だと?我の子はそんな者にはやらぬわ。」

洪は、まだふるふると肩を震わせながらも、キッと維心を見上げた。維心は、いつにない洪の強い視線に、驚いたように黙った。洪は、意を決したように言った。

「…では、興味の湧く女が見つかったなら、子をなしてくださいまするか?」

維心は、そんな女が見つかるはずはないと思いながらも、薄っすら笑って言った。

「そうよのう。そんな女が居ったなら、我が子種与えても良いかもしれぬ。」

洪は、ガバと立ち上がった。

「お約束しましたぞ!必ず、必ず娶ってお世継ぎをなしてくださると!」

維心は、洪が執拗に言うので、眉を寄せた。

「ああ、その女には通う。だが、宮のあの勝手に連れて来ておるやつらをどうにかするのが先ぞ。我が指一本触れておらぬのだから、帰すにも支障があるまいが。とっとと帰せ。話はそれからぞ。」

洪は、大きく強く一度、頷いた。

「はい!全て、我が計らいまする。ですので、王は我とのお約束をお忘れなきよう!」

洪は、維心に頭を下げると、意気揚々とそこを出て行った。維心は、それを見送りながら、険しい顔をした。無駄なことを…女など。面倒で鬱陶しく、王だというだけで身を差し出すようなそんな生き物に、本気で興味を持つとでも思うておるのか。この、龍王の我が。侮るでないわ。


《維月。》

維心の声がする。維月は、ハッとした。瑠璃色の玉は、その隣りの世の自分の中へ入った形でそこの様子を見るので、維月がその時見ていたのは、昔住んでいた美月の屋敷で、蒼と穏やかに過ごしている場面だった。だが、維心の声に我に返った…そうだ、隣りの世を維心様と一緒に見ていて…。

《維心様?そちらは、いかがですか?》

維月は、少し戸惑って言った。まさか、見ている最中に話しかけて来れるなんて思わなかったからだ。今まで、そんなことはしなかったし、維心も確か、出来ないと言っていたからだ。

だが、しようと思えば何でもしてしまう維心なので、可能だったのかもと維月は思い直していた。維心の声は、切羽詰ったように言った。

《維月、もう良いではないか。別の世を見ようぞ。この隣りの世は、我にはとても受け入れられぬものぞ。この世の我はあまりにも…あまりにも我とは違い過ぎて、とても見ていられぬ。》

あまりに維心が必死な声なので、維月は逆にためらいながら言った。

《まあ維心様…どんな維心様でも、維心様なのですから私は平気ですけれど、維心様が耐えられぬとおっしゃるのでしたら、先に戻っておってくださいませ。あの、私は一人で見て参りまするから。戻しまするわ。》

維月が維心だけ戻そうとすると、維心は慌てたように言った。

《我だけなど!維月、共に戻ろう。共に戻らぬのなら、我もこのまま!》

維月は、怪訝な声で言った。

《維心様?いったいどんな維心様でしたの?何だかわからぬこと…。どちらにしても、私はこちらで蒼と二人、ひっそり生きておるようですから、龍王の維心様との接点は此度の世は有りそうにないですけれど。ですから、ご案じにならないで。》

維心は、そうあって欲しいと本心から思い、どうあっても自分は戻らないと言う維月に、仕方なくこの世の自分の意識の方へと戻って行った。


穏やかな午後を楽しんでいたその日、蒼が慌てたように廊下を走って来るのを感じた。

維月は、うとうととしていたところだったので、起こされて気分がいらだったが、仕方なく部屋へと駆け込んで来る蒼を待った。

「母さん!」蒼は、ぜいぜいと息をしながら、手に見るからにいい紙の書を持ってそれを振り回しながら言った。「こ、こ、これ!母さんに、招待状が来てるんだ!」

維月は、眉を寄せた。

「招待状?私、神様に知り合いなんて居ないけど。」

蒼は、美しい文字が書かれた書状を維月の前に置いた。

「ほら!神世の、ほぼ全ての女という女に通知されてるんだって!あのね、龍王様を知ってる?」

維月は、ますます眉を寄せた。

「龍王様?噂に聞く、女癖の悪い王様でしょ?何でも奥さんには全く手を付けないのに、他の女をとっかえひっかえ、妃にするわけでもなく奥宮に入れてるんだって聞いたわよ。」

蒼は、頷いた。

「そうなんだよ。気に入った女でないと、ずっとお側に置かないんだって。つまりは、神ってさ、男女のアレの時、自分の子供を生ませたくなければそう出来るんだってさ。だから、龍王様にはまだ一人もお子がいないわけなんだ。」

維月は、ハッ!と横を向いた。

「何よそれ。女をなんだと思ってるのよ。失礼な男ね。私には無理。ぜーったいそんな王様の居る宮になんて行きたくないわね。どうせ力もあるし世の中なんでも自分の思い通りになると思ってるんだわ。悪いけど、断ってくれない?世の全ての女を呼ぶって、そんなにたくさん相手にするつもりなの?それはまあ、ご苦労様なことよね。」

維月は、横を向いて蒼の方を見ない。だが、蒼は必死に維月に食い下がった。

「違うんだ。これは臣下が、どうしても王が本気で相手をするつもりになる女を捜すための、苦肉の策なんだよ!何しろ、女なんか皆同じ、と女自身に興味を持つことなどなくて、馬鹿にしている節のあるかたらしくて、どうしても本気になるような女を捜して、跡継ぎをどうしても生んでもらいたいと言うのが、臣下達の願いなんだって。」

維月は、面倒そうに手を振った。

「ああそう。別に誰が来て欲しいと言ってるとか関係ないのよ。私は全く興味ないわ。行きたくないから。断ってちょうだい。」

蒼は、ぶんぶんと首を振った。

「断れないんだよ!」蒼の言葉に、維月は仰天して振り返った。「格上の宮からの招待なのに!断ったら、攻め込まれても文句言えないんだよ?!母さん、絶対に行かなきゃダメだ!そんでもって、おとなしくしてたら母さんなんか龍王様のお目に留まるはずなんてないんだから、すぐに帰って来れるから!分かった?!来週だからね!」

維月は、出て行こうとする蒼に追いすがった。

「ちょっと蒼?!いやよ、行きたくないわ!いくら目に留まるはずはなくても、そんな王が居る宮になんて!蒼!聞いてるの?!蒼ったら!!」

蒼は、その声には気づいていたが、これからの穏やかな暮らしのためにも、行くぐらい行って来てもらおうと、その場を逃げ出したのだった。

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