七不思議メーカー
みなさんの学校には七不思議はありますか? それはいつ、だれが、どうやってつくったか、ごぞんじですか?
それを今日はこっそりおはなししようと思います。
でも、くれぐれも下級生には内緒にしてくださいね?
秘密は、隠しておくのが楽しいのですから。
お話の舞台は、とある町の、とある小学校。
下校時間はとっくに過ぎて、職員室以外はひとけのない校舎の中に、一人の男の子がこっそりと忍び込んできました。あたりを素早く見渡して近くに誰もいないことを確認すると、そろりそろりと中央階段を上り始めます。
男の子は真面目な顔つきで「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、……」と何かの数を数えて一階から二階へと上り終えると、今度はすぐにまた数を数えながら下りました。そして。
「おかしいなあ」と首をひねります。そしてまた階段を上り下りしている途中、踊り場の大鏡の前で立ち止まると、「確かに昨日は一段多かったのに……」と呟きました。
男の子――徳田くんは、新聞委員会の腕利き記者です。
六月には先生同士の結婚もいち早くかぎつけて、放送委員をだしぬいてインタビューに成功しましたし、着任するやいなや女子に大人気の陣田先生という、モデルさんのようにかっこいい若い男の先生の特集記事を乗せたこともあります。
今、新聞部は『学校の七不思議特集』に取り組んでいるところです。
聞き込みをして、実際にうわさの現場へと足を運び、自分の目で確かめるのが一流記者のやり方。ですから徳田くんも、ここ何日かはこの階段を張りこみ何度も段の数をチェックしているのですが、おどろくことに、毎日その数が異なっていたのです。
これはおかしい。低学年の子なら勘違いや数え間違いということもあるけれど、自分はもう高学年なのにと徳田くんは奇妙に思い、放課後の学校に忍び込みました。自分たちがいない時間なら七不思議の真実に迫ることができるのではないかと、そう当たりを付けたんですね。
それにしても。
「やっぱ、おかしいよなあ」
何度歩いてみても、昨日チェックしておいた段の数とは、やっぱり違います。
「何がおかしいんだい?」
突然響いた声に、徳田くんはびっくりしてしまいました。誰もいないのは何度も確認した筈なのに、今階段の下では用務員の丸地さんがこちらを見上げて立っています。
「もう放課後です。児童が残っていてはいけない時間ですよ」
「あ、はい」
その時徳田くんは、どうせなので怒られついでに丸地さんにも七不思議について聞いてみようと思いつきました。転んでもただでは起きないのは、記者として優秀なのかもしれませんね。
「丸地さん、あの……」
そう話しかけた時、徳田くんの目の端に何かが映ったような気がしました。なんだろうとふと大鏡に目をやった瞬間。
いい知れない恐怖が足元からぞわぞわと徳田くんの体を這いあがりました。電気もついているしまだ外も真っ暗にはなっていないというのに、なぜかひたひたとくらやみが迫ってきたのを感じます。
何かが、やって来る。大鏡の向こうから。
無数の手が、大鏡の中でわじゃわじゃとうごめいているように見えました。今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、足がちっともいうことを聞いてくれません。
このままではいけない、とあせったその時です。
「こっちを見なさい!」
いつもにこにこと優しい丸地さんが、とても怖い顔をして、徳田くんに向かってするどく言葉を発しました。徳田君がびっくりしてほんの一瞬恐怖心を忘れると、今度は低学年の子に注意するように「いいかい? 手すりをしっかりつかんで、そこから下りてきなさい、さあ」と優しく声をかけてくれます。徳田くんはその言葉にすがるようにして必死に階段を下りました。
じれったくなるほど長い時間をかけて下りきると、まるで長距離走をした時のようにハアハアと息が切れました。息が落ち着いてからおそるおそる踊り場を見上げてみましたが、無数の手もくらやみもそこにはなく、ただいつもとかわりのない大鏡がありました。
丸地さんはちらりと徳田くんの胸にとめてある名札を見て、「君は新聞委員の子だね。スクープもいいけど、もうこんなことは二度としちゃあいけないよ」と静かにさとしました。
「ご、ごめんなさい!」
丸地さんに一言そういうと、徳田くんは一目散に昇降口へと逃げ出しました。
本当なら決定的瞬間をとらえるために夜まで粘るつもりでしたが、丸地さんに見つかってしまいましたし、――何といってもこんな奇妙で恐ろしいことにこれ以上鼻を突っ込んではいけないと、一流記者の勘がそう囁いたので、そそくさと撤退をきめこんだのです。記事は、「段の数が変わる!? 信じるか信じないかは、君次第!」とにごすことにしようと、そう決めて。
昇降口から出た徳田くんが校庭を突っ切って走り去る後姿をヤレヤレと見送ると、丸地さんは階段下の物置スペースから何かを出しました。それは、もし階段をひとつ取り外したならそんな形だろうという、平べったくて細長い箱の形をしたかたまりでした。
丸地さんはそれをさして重くないかのようにひょいと手にして階段の下まで運び、床に置きます。下から一段目の縦の部分にぴったりとくっつけて何かを呟き、軽く力を込めて押すと――取り外した段のようなものだったそれは階段に吸い込まれ、そして数が一つ増えた階段が出来上がりました。
出来栄えを眺めてよし、と頷いた丸地さんに、口ひげを蓄えた校長先生が近付いてきました。
「丸地さん、精が出ますね」
「校長先生」
「丸地さんのおかげで、子供たちは毎日『階段が昨日より一段増えてる!』『へってる!』と七不思議を楽しんでいますよ」
「恐縮です」と丸地さんは照れたように、ごましお頭を掻きました。
そう、学校の七不思議は、どの学校も用務員さんが作っているのです。
音楽室の壁に張られたポスターの、ベートーヴェンの目が光ってぎょろりと動くのも、管理棟にある視聴覚室への行き方に迷ってしまうのも、全て用務員さんたちが、子供たちの目の届かないところで日々工夫しているからなのです。
しかも、この学校の丸地さんは、『全国用務員技能競技会』という、用務員さんが集まって技術を披露しあう大会の『七不思議部門』で何度も優勝した経験のあるすごい人でした。それにもかかわらず、自らの技術を鼻にかけることなく賛辞にひたすら照れている丸地さんに、校長先生は、さらに褒め言葉を連ねます。
「いやいや、最近では理科室に関する不思議も、子供たちの間では話題ですよ」
そういわれて丸地さんは首をひねりました。
「それは、私の仕事ではありませんね。新任の陣田先生ではないでしょうか」
「ああ、そうかもしれません。彼は勉強熱心で大変な努力家ですから。どれ、どんな不思議をこしらえたのか我々にも見せていただくとしましょう」
「ええ、ぜひ」
意気投合した二人は、理科室へと向かっていきました。
――その、校長先生の姿が映るはずの廊下の窓ガラスには全くなにも映っていないことと、丸地さんの足から延びている筈の影が見当たらないことも、下級生たちには内緒ですよ?
ああ、それから。
実をいいますと、さっきの徳田くんは命拾いをしました。階段の踊り場の壁一面に掛けられた大鏡、あれの前を四時四四分に通りかかった子は、異世界へと引きずり込まれて二度と戻って来られませんからね。さすがの丸地さんでも、一度鏡の中に入った人を連れ戻すことは不可能だといっていましたよ。
大鏡のこれは丸地さんがこしらえたものではありませんし、丸地さんにも校長先生にもどうしようもないたぐいのものです。今までは、『その時間は放課後だから』と、先生や事務員さん達だけに注意をしていましたが、子供たちが不用意に近付かないよう、七不思議に乗じて広めておくのもよいかも知れないと、丸地さんは考えました。
そして数日後、子供たちの間で『中央階段の踊り場にある大鏡の前を四時四四分に通りかかった子は、鏡の中に閉じ込められる』という、新しいうわさが流れました。もちろん流したのは丸地さんです。
「そんなこと、あるわけないじゃん!」と笑う子もいた中、恐ろしい思いをした徳田くんだけがひとり青い顔をしていました。
さて、まだまだ七不思議にまつわる話も、それ以外の不思議もたくさんありますが、それはまた今度にしましょう。少しおどかし過ぎてしまったようですからね。
大丈夫、これはあくまでうわさ話ですよ。そう、学校の七不思議の一つ。
私がみなさんにおはなししたことは、まるっきりの嘘かもしれないし、ぜんぶ本当のことかも知れません。興味と勇気がおありなら、一度放課後の学校でお試しになるといいかもしれませんね。
ただし、命の保証はいたしませんので、みなさんくれぐれもお気をつけて――。