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鳥籠で眠る龍  作者: 奈々月 郁
第二章 未来を想う人、過去を振り返る人
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未来を想う人、過去を振り返る人 part3

 連れ立って手紙に書かれていた場所へ向かう二人は、道中ほとんど会話が無かった。問題の路地は幸いにセルジスの店からそう離れておらず、二十分ほどで到着した。


「いる?」

「ええ。僕は待っていたほうがいいですか?」

「そうね、封来術使って化かしてしまったし、ややこしくなると困るでしょう?

ここの情報をくれたカフェで待っていてくれるかしら。情報提供者に何のお礼も無しじゃ、あんまり酷いと思うわ」

「そうですね。それじゃ……あ、そうだ。出来れば昼食の時間に間に合うように終えてくださると助かります」


 緊張感のないお願いにセルジスは苦笑してしまう。彼の師匠への絶大な信頼は、負かされる様を見てみないことには覆りそうにない。この一年、弱みらしい弱みを見せてこなかったのだから、当然ではあるが。


「荒事にさせる隙はあげないし、言いくるめるのもそう時間はかからないから、安心してなさい。

後でね」

「はい」


 キーブンが去るのを見送ってから、セルジスは路地に踏み込んだ。幸い他に人通りはなく、住宅地にあまり人気はない。


 これから起こることをキーブンに見られても、たぶん不都合はない。いつもの悪戯好きで人の悪い師匠、としかキーブンは思わないはずだ。

 それでも、セルジスは彼に見られたくなかった。

 憧れを一心に向ける、幼い彼。体つきこそもう大人に近いのに、その心は未熟で幼い。愛情を頭では理解していながら、きっと体感できたことはないのだろう。愛に飢え、いい子になろうとして、余計に愛を遠ざけてしまっている。その悪循環は、完全な無意識でのこと。そんな彼だから、恋人としての深い関係になることもない。

 望んでいるのか、といえば、彼女自身にも難しい問いになる。このままでいたいとも、この先どこへ旅立つとしても連れていきたい、とも思えばこそ。

 キーブンがいてもいなくても、為さねばならぬことがある。目的のために、おそらく愛情は邪魔になるという予感がある。

 それでも、あの瞳は離しがたい。セルジスを、たった一人の人間として意識して、大切に想ってくれる真っ直ぐな瞳。


 まぁ、ああも憧れてます! って感じだから、これ以上踏み込みにくいのもあるけど……。


 彼の学ぶ学問は、未来を予知するという。しかしそこに、人間は含まれない。小さな存在過ぎて、知覚することが難しいからだ。

 それで、よかった。

 本当に何もかもを予知できてしまったら、セルジスの生み出す未来に、彼は苦しむに違いない。


 足元の砂を蹴飛ばすような荒さで歩いて行くと、道端に座っていた男二人が足音につられてこちらを見る。そのうちやや年を食っている一人がぎょっとした顔になるので、セルジスは笑いを堪えて「嫌われてしまったかしら?」と声をかける。


「嫌うも何も……。

いや、それはともかく、どうしてこちらまでいらしたのですかな? ワタクシから伺うと伝えていたはずですが?」

「頼まれた物なら出来ているわ。もう持っているし、機能も確か。婚約なさるのは、そちらの方かしら?」


 セルジスの問いには答えず、婚約指輪の依頼人ジェスタと、セルジスと大して年齢の変わらなそうな若い男は何やら小声で話し合っている。あの女ですよ、とでも言っているのかもしれないが、セルジスはそんなことを気にするはずもない。


「ふふ、強固な指輪よ、絶対に壊れない。そうね、この町の翼龍が復活して踏みつけたとしても壊れないくらい」


 ちらっと若い男が彼女を見た。たしなめるようにジェスタが男の手を引いたが、それが駄目押しなのだと分かっているのかどうか。もう、二人は一言も発することなく押し黙っている。


「報酬は百万とお伝えしたけど、タダであげてもいい。そう、貴方たちが情報を譲ってくれるなら。

知っているのでしょう?」

「何の事を言っているのか分からないな」


 ようやく若い男がセルジスに話しかけた。瞳に敵意が燃えていて分かりやすい。キーブンより年上のようなのに、もっとずっと素直みたいね、とまた笑いそうになってしまった。


「しらばっくれる気? 別にいいのよ。この指輪、他に売りつけたって十分値がつくから。

綺麗でしょう? こういうのが好きな人はどこにでもいるわ」

「そちらの品については金で話を済ませるつもりでいましたのでな、お支払いしましょう。

貴女が知りたい情報というのがワタクシの持つもので合っているか分かりませんが、どうしても知りたいというのなら、そちらは別料金で済ませたいのです。こちらの言い分は分かりますかな?」


 若い男と違って、ジェスタは穏やかに、しかしこちらも喧嘩を売って来た。指輪以上の莫大な高値がつくのを了承するか、それに見合う高額な品を引き渡すなら情報をくれてやってもいいがどうする? と。

 店での一件から彼はセルジスが強欲な守銭奴だと勘違いしており、金にうるさいなら指輪の引き渡しは断られるはずがないと。ところが彼女はジェスタの思うようには答えてくれなかった。


「なら、残念だけれど交渉はご破算ね。貴方たちには売らないわ。店に来た別のお客さんに買ってもらいましょう」


 今度は若い男のほうがジェスタの手を引いた。見ているセルジスとしては、そろそろ苦笑いしてしまう頃合いだ。

 その合図は、何とか出来ないのだろうか。そして男の逆の手が地面の上をうろうろしているのもあからさま過ぎる。

 荒事をするならもう少し勉強してから来るべきね、と嘆息すると、セルジスは砂を落とすように軽く上着をはたいて、指輪を作ったときに余った透明な鱗の破片を砂っぽい地面に落とした。

 大通りこそ壮麗な煉瓦が組まれた道になっているが、観光客の来ないような道にまでそんな大層な道は敷かれていない。おかげで鱗は砂に紛れ、日が当たっても煌いたりせず、目を凝らしてもよく見えない。


「それじゃ、また機会があったらお会いしましょう」


 そう言って身を翻し歩き始めた彼女の後ろから、砂を強く踏みしめる音がした。力に訴えて指輪を奪い取ろうというのか、地を蹴って一気に彼女へ手を伸ばした若い男は、突然目の前に炎が揺らめいたため、全力で立ち止まる破目になり、爪先が勢いよく滑って尻もちをついた。

 炎のはぜる音に、髪を焦がす熱風。考えるよりも先に本能が炎を恐れ、男の体をセルジスとは反対側の、元来た道へと引き戻す。

 二度瞬きする間に、炎は油の上を滑るほどの速さで男とセルジスを隔て、高く舞い上がった。数を数えるよりも早く、勢いを増してセルジスの姿を炎の向こうへと隠していく。

 あまりの驚愕に動けずにいる彼らの前には、怯えを餌にしてすっかり炎の壁が出来上がっていた。道を覆い尽くす熱気に汗が吹き出し、恐怖が心を締め上げる。二人とも思うことは同じだった。


 ――――あの女は魔女に違いない。


 ぼんやりしているところに間を置かず、薪を抱えた少女が現れ、二人は更なる苦難を浴びせかけられる。「か、火事よ! 放火だわ! 犯人がここにいる!」と少女が悲鳴を上げたのだ。

 実のところ、セルジスが彼らに解術して見せたのは火の燃えている様であり、火そのものではない。あくまで火の燃えている映像に過ぎないのだ。

 だから、周りの建物は焼失していない。いくら悪戯好きなセルジスでも、そこまで愉快犯ではない。

 それを本物らしく仕立て上げたのが、二人の感じた熱気。ついでとばかり熱も閉じ込めておいたせいで、通りがかりの少女もそれを感じ、火と間違えたのだ。

 学術都市として有名なウェイベンと言えど、普通に生活していて封来術による幻を見ることなど稀で、一つの素体に二つ以上の要素を閉じ込めるなんてことが出来る術師もまずいないのだから、これは仕方のない誤解であった。

 ともかく二人は追われることになる。その後あの二人が何をするか、セルジスには手に取るように分かる。


「さぁ、早くキーブンを迎えに行かないとね」


 ご機嫌な笑みを浮かべたセルジスは、情報元である学院東のカフェを目指してステップを踏みながら歩いて行った。




 肺に留まっている空気をもれなく吐き出す羽目になるほどの、人だらけで押し合いへしあいしている大通り沿いに、学院の東よりの有名なカフェはある。今回のことで有力な情報をくれた、観光客だけではなく、ジュヴェール都市内でも人気の高いカフェだ。

 当初は入り口で待とうか、と考えていたキーブンだが、あまりの人の濃度に、カフェに着く頃にはすっかりうんざりしてしまっていた。カフェの中だって人が溢れているのは変わらないが、座れれば多少はマシだろう。とにかく、なんでもいいから一息つきたい。

 扉を開けてすぐ、生成り色のエプロンをつけた店員たちが「いらっしゃいませ!」と多重奏をそこここで奏でる。そのうちの一人がキーブンのほうを向いて、驚いた顔をした。


「キーブン様! お珍しいですね、学院に通われていた頃以来ではありませんか?」

「そうですね、ご無沙汰しております。おかげさまで、こちらからいただいた情報の通り、探し人も見つかりました」

「いえいえ、もったいないお言葉です。お役に立ててようございました」


 声をかけてきたのは、学生時代からここで勤めている店員だった。良くも悪くもキーブンは有名人だから、幾度か訪れたのを覚えていたのだろう。

 名前を呼ばれたことに舌打ちしたい思いを堪え、定型句染みた礼を述べると、店員はにこやかにキーブンを奥へと案内する。


「今ちょうど、キッシュが焼けたところです。持って参りますので、奥でお休みになっていらしてください。先刻学院の午前の授業が終わりましたので、混み合っておりまして、申し訳ないのですが……」

「いや、人を待っているので、そう長居はせずに出ますから。お気遣いなく」

「さようでございますか。では、短い間でも、どうぞごゆるりとお過ごしください」


 店員が案内してくれたのは、一番奥からやや手前の一人掛けのソファ席だ。一人を満喫したり、何かに集中したい客層が使うことの多い、壁を正面にする席なので、フードを脱いでもそう目立つことはない。下手に奥まった席だと好奇心溢れる客の目に触れることも多いので、この気遣いはありがたかった。


「スイーツは今、何がおすすめですか?」

「先日仕入れたレシピで、ナッツの香ばしいケーキがあります。ナッツを粉に挽いたものと砂糖を合わせて生地にするのですが、これが大変美味しいと評判です」

「じゃあ、それをお願いします。飲み物は、お任せしますので」

「かしこまりました」


 まだ見ぬスイーツを思って、キーブンはにこやかに店員を見送る。

 学術の発達した町でよかった、と心底思うのはこんなときだ。

 ウェイベン自体は温暖な気候ではあるものの土に恵まれず、作物を作るには向かない土地柄だ。雑草であるハーブくらいなら育つものの、小麦の類は食用になるほどのものが育たない。果樹に至っては、そもそも芽が出ない。

 そんな町で甘い物を食べるのは、本当なら、非常に難しいはずなのだ。

 そこに封来術を学ぶためにと足を運ぶ人のため、書物と、一緒に穀物や果実などが交易されることで、カフェでスイーツを楽しむことが可能となっている。学院で学んだときは、この仕組みのありがたさに感心し、感謝したものだ。


 ソファ席に腰を下ろすと、思わず溜め息が漏れた。

 人混みは疲れる。誰かと歩いているときはそうでもないが、一人のときは誰かに見つかるのではないかと気疲れするので、倍は疲れる気がする。

 机につっぷしたくなるのを堪えて、ソファにもたれかかって気を抜く。

 ざわざわとした大勢の話し声。時々交じる、封来術をかけようと呟く囁き声。

 微かに、滑らかに聞こえてくるのは、何かを書いている音だろう。

 ほんの数秒目を閉じてみれば、まるで学生時代に戻って、教室にいるような錯覚を覚える。


 騒がしくて、僅かに苛立ちすら覚える空気。

 あの頃と何も変わらないな、と苦笑いが浮かんでしまう。

 とにかく今はセルジスを待つだけだし、そうだ、スイーツのことを考えよう。ナッツに砂糖を合わせた粉を焼いた菓子。どんな味なんだろう?ドライフルーツすら入っていないのだから、華やかさよりは、味で勝負の、素朴な感じだろうか……。


「おい、レックス!」


 突然耳に入った聞き慣れた名前に、意識がすべて持っていかれる。

 レックス?このカフェにいるのだろうか?それに、この声はバルド……?


 声のした方へ目をやると、確かに昨日会ったばかりの大柄な友人の姿があった。その先を行く人は……見えない。人が行き交うカウンターの前を通り過ぎる人影は、目線をやったときにちょうど衝立の向こうへ隠れてしまった。その後を、バルドがただならぬ緊張感を孕んで追っていく。

 先を歩いていたのは、レックスと似た人影だったが、似ている別人、と言われれば納得してしまえるくらいしか見えなかった。それでも、どこかで共に暮らすあのレックスだと感じてもいた。


 なん、だろう。バルドとレックスが――――あの人影が本当にレックスだったとして――――お互いに顔見知りだとは知らなかったし、言い合いにでもなったのか、あの様子は一体……。

 いや、でも、バルドの表情は怒っているというより、焦っているようだったし、とにかく必死だった。レックスは何をしたんだろう……?


 ぼんやりと彼らが去った後を眺めていると、セルジスが迷いなくこちらへとやってくるのが見えた。

ねむねむ……奈々月です。


ちょっと話進んだ? な回です。

書き足しまくりなために、二章がずいぶん長くなってますね;

テンポ遅くなってるかな……とひやひやです。はい、ひやひやってことはもう遅くなってますね(汗)

徐行運転だと眠くなってしまいますので、ほどほどにスピード出していこうと思います……が、きっと安全運転ですので、気長にお付き合いください。


それでは、おやすみなさいませ……。

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