王子 4
馬にのったり馬車にのったり船に乗ったりしたわりに、到着するのがいやに早いなあ、と王都へ入る関所の列に並びながら一人ごちたら、傍らで騎乗するジェダに「一日でも王都到着を遅らせたかった早く感じるだけですよ」と言われた。
当たっていたので黙っておいた。
正直にいって、もう何年前かも忘れたいがここを出発する日、私は二度とここへ戻ってこなくても良いと思っていたから、まさしく後ろも見ずにうきうきと旅立った。父が崩御したら一度戻ってこざるを得ないだろうが、それも何か理由をつけるかいっそ出奔でもして戻らない気でいたから、たかが、弟(という気持ちは全くないのだが、一応、系譜では異母弟だ)の成人祝いで、むざむざとここに戻ってきてしまうとは思わなかった。
大変に、遺憾である。もういっそ今すぐ王政反対派が関所を爆破でもしてくれないだろうか。
「ちなみにその場合、あなたがおそらくこの場にいるなかでは一番地位が高いので、指揮はあなたが取ることになりますね」
「人の気持ちを読み解くなよジェダ。……あーあ、見ろよもうあんなに進んでるぞ、この分じゃすぐに私たちの番が来てしまうじゃないか」
「そもそも王族ですからね、関所に止められる謂れはありません。このまままっすぐ行って紋章を出せばすんなり通れます」
「それじゃあ、大人しく並んでいる民に申し訳ない。王族たるものいつでも民衆の範とならなければな!」
「到着を少しでも遅らせたいだけでしょうが」
当たっていたので黙っておいた。
もちろん関所破りだの爆破だのは起こるはずもなく、関所の役人にまで「なぜ王族が列に並ぶんだ」と白い眼で見送られながら、私は王都にとうとう戻ってきてしまった。
王都は、ゆるい螺旋を描いている。丘の上に王城が建ち、門から入ってすぐに庶民や庶民を相手にする商人の町があり、右側に螺旋を描くように次に知識階級や金融に携わるものたちが多く住む町があり、ゆるやかな起伏に沿ってだんだんと身分が高くなっていく。王城の近くに住むのは貴族ばかりというわけだ。
「だんだんと建物が豪華になって行くのねぇ」
馬車の窓から外を覗いていた人魚の言葉は、馬車のすぐ傍で騎乗していた私の耳にも届いた。
彼女に王都の作りを雑に説明すると、「まあどこもそんなものよね」と呟く。
「海底の国もそうなのか?」
「住み分けはあるわよ勿論。鮫の傍に暮らしたい鰯なんかいないしね。人間みたいにはっきり身分とかあるわけじゃないから、力のある一族の周りに、彼らのお気に入りが住んでる場合が多いかな」
「それはそうか。一番上にいるのはやはり人魚なのか?」
「地域によるわよ。人魚族はわりと暖かい海でないと生きにくいから、北の海では鯨族とかが幅を利かせてるらしいし……まあ、行ったことはないから本当はどうなのかわからないけど。あれよね人間って考えるとまあ便利よね。同じ陸地なら行けない場所ってないものねぇ」
「そうでもないだろう。行けない場所なんかたくさんある。基本的に他国に行くには通行証がいるしな。生きていけない場所は、それは少ないかもしれないが、足を踏み入れたら殺される場所は多い」
「ああまあねぇ、そりゃそうね」
がっかり、といったようなため息を人魚がついた。
それきり人魚は口をつぐんで窓の外を眺め始めたので、私も馬車の傍を少し離れてジェダの隣に並ぶ。
「なあジェダぁ、私が滞在する場所はお前の邸でいいよな」
「甘えた声を出してもだめですよ良い大人が気持ち悪い。兄なら懐柔されるかもしれませんが私には効果がありませんよ。あなたが滞在するのは城です」
「そんな冷たいこと言うなよジェダ。お前の邸だって王宮の中みたいなものじゃないか、大して変わらないって」
「あなたを王宮に滞在させなかったら、我が家の栄達の道は永遠に閉ざされます」
「兄弟二人が僕に付いている時点で栄達なんか望めてないだろ」
「カエデ様。僕ではなく私でしょう」
「はいはい。悪かったよ」
全く、ジェダだろうと兄のベリルだろうと言うことは変わらない。双子じゃないのが惜しいくらいの相似形っぷりだ。私にとっては、口うるさいのが二倍になるだけなので、ぜひどっちかは大人しく小言などもってのほか、な気弱な男であってほしい。
「……カエデ様」
「なんだよ。悪かったって」
「いえ。やはり我が家にお連れします。ご不便をおかけしますがお許しください」
「うん? どうしたんだよいきなり」
「右後方をご覧ください。顔を向けずに眼だけで」
「…あれ、なんだっけ。ヒダルド王子の取り巻きの一人だった気がするな……何してるんだ、こそこそ物陰に隠れて」
「刃物と飛び道具を持ったご友人が同行していますね。貴族街を抜けて王宮へ入る途中に何度か、馬車が一台通れるだけの幅しかないところがあるでしょう。我が家までなら人通りが絶えることはありません」
「彼が私を襲うと? どうして。たんに物騒なお友達を誘って散歩しているだけかも」
「うるさいくらい我々から眼を離さない散歩ですか」
「なんでだろうなぁ。私を襲ってもヒダルドには何の利益もないだろう」
「本当に不可解ですね。しかし私としてはむざむざあなたを襲わせるわけにもいきませんので、このまま王宮に向かうわけにはいきません」
「君に任せるよ」
「カエデ様。嬉しさが駄々漏れです。王宮には必ず行くんですよ」
「……はい」
それでも嬉しいのだからしょうがない。