金の王子の独り言
この世のもっとも純粋な黄金を溶かし込んだような髪と、明るい空の色をした眼。肌はミルクに僅かにばら色を溶かし込んだようで、すらりと伸びた体はしなやかな若木のように美しい。
血筋だとて、さほど大きくない国とはいえ国王と、隣の大国から嫁いだ正妃の嫡子だ。生まれた時から彼が次代の王になることは決まっているようなものだ。
小さいころはやんちゃないたずらも多くしたが、それも子供時代を脱しつつある最近は大人びた言動をするようになり、もともと頭が良かったこともあり、国民からは「金の王子」と呼ばれ、内外で有望な王子とみなされている。
その「金の王子」は、ここ数日私室に戻ると落ち着きなくうろうろと部屋の中を歩き回り、椅子に座っても足を組み替え飲みたくもないだろうお茶を要求してはげんなりした顔で飲み干している。
誰に対する、落ち着いてくつろいでいるアピールなのかはしらないが、膝に置いた本のページがこの数日でたらめに開かれてはその日の内に一ページも進められていないのは、部屋に控える近侍や侍女たちには明白だった。
しかしそれは風の強い午後。ここ最近いつもそうであるように勉強の一環として手伝っている執務を早々に投げ出して私室に戻ってきた王子は、待望の知らせが来たことを知った。
伝令は、国の端からやってきて疲れているところを休息はおろか衣服を整える間もなくヒダルド王子の私室に呼び出された。無論汚れた身なりで王子の御前に顔を出すわけにはいかないと固辞し、暫くの猶予を申し出たが却下され、埃に汚れた姿のまま王宮を歩いて通り過ぎる使用人にまで白い眼で見られ、肩身の狭い思いをしながら王子の私室へ連れてこられた。
「入れ」
入室の許しを得て伝令が部屋に入ると、王子は窓辺の椅子に腰掛け、本を読んでいた。本からちらりと眼を上げて伝令を見て興味なさげな顔をした。
「カエデ兄上から伝令だとか。何用だ」
「は。カエデ王子より、ヒダルド殿下の成人の祝いを言付かってまいりました。また、王都で行われる祝賀では殿下にお会いしてお祝いを申し上げたいとのことでございました」
よしっ! と小さな、けれど力強い声を拾った伝令は、王子の居室で誰がそんな無作法な声をあげたのかと眼の端で部屋を見回したが、部屋にいる侍女は何もなかったような顔で王子の前のカップに茶を注いでいたし、扉の前に立つ近侍も無表情を崩していなかった。
空耳だったのだろうかと内心で伝令が首をかしげていると、伝令の伏せた眼に、王子がカップを取り上げたのが映った。
「ご苦労」
王子の声が聞こえ、伝令は頭を下げたまま退出した。眼の端に再び王子がカップを持った姿が見えたが、カップからお茶がこぼれているように見えたのは気のせいだろうか。
「うあっちっ!」
伝令が出て行った途端、王子は椅子から飛び上がるように立ち上がって膝まであるチュニックがひっつくのを少しでも離そうと手で引っ張る。
一人の侍女が奥の部屋から着替えを持ってきて、ほかの侍女が濡れた床を拭いている間、王子は近侍の手で濡れた衣服を着替えさせられていた。太ももが少し赤くなっているのも、冷たい水でぬらしたタオルで丁寧に拭かれている。
「うふふふ、うくく、兄上が、兄上がやっと王都に来るぞ、七年振りだ七年振り、あんな田舎に引っ込んで一度も王都に来なかったのにやっぱり僕の成人祝いは別だな! 特別なんだやっぱり僕は兄上にとって…うふふふふ、はっははっはははぁ!」
赤らんだ腿をつめたい布で拭かれ、新しい衣装を着せられながらヒダルドは不気味な笑みを浮かべ続けている。
近侍も侍女もそんな王子には慣れているので、まったく気にしていない。
子供のころのあれこれ(本人は、かまってほしい一心だったと言い張っているが、あれは身分をかさにきた苛めだと、当時を知る人は誰もがそう思っていた)の果てにすっかりカエデから嫌われているヒダルドだったが、本人だけはそれを認めておらず、七年の月日が昔のことを水に流したと思い込んでいる。あるいは、会えばすぐに溶けるわだかまりだと。
「金の王子」は内外の華々しい評判をよそに、身近で無表情に仕える侍女たちからは残念な王子だと思われていた。
一方そのころ、港町では。
「ヒダルド王子へのお祝いなぁ。干し鱈でいいんじゃないか? 特産だし」
「干し鱈でいいですよね」
「関係ない私が言うのもなんだけどさぁ、それでいいの? 王族の行事ってそんな地元の特産物自慢大会なの?」