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王子 3





 なんだって魔女を地下牢から引き出してきたのか。

 

 私はしたり顔で魔女の背後に佇むジェダをきつく睨みつけた。


「魔法でどこかに逃げ出すまで地下牢へ放置しておけばいいものを! せっかく見張りも置かずにいたのに何故わざわざ牢から出したんだ」

「残念ですが王子。こちらの方は魔女ではなく人魚だそうです。放置しておけば干物が出来上がるだけです」

「人魚…?」


「はいはぁい人魚ですよ。魔女ではないし例え魔女だからって地下牢放置はどうなのよ」


「いや人魚というのはアレだろう? 海底に広大な領土を持つ一族だろう。東国や南国では海産物に関する取引が行われているというが、この近隣の国で人魚族と関りがある国はないだろう? それに使者ならば人間の格好などしているはずもない。彼らは大変に自尊心の高い一族だと聞いているぞ」

「えぇ? ジェダさん、あなたの王子様ってちょっと視点が斜め上じゃない? 人魚で女っていったらまず御伽噺にいかないかしら。まあだいたい王子様の言うとおりだけど」


 

 自称人魚が半笑いでジェダを振り返って言ったが、ジェダは黙殺している。




 

 ほんの幼い頃に母から聞き、それから人づてに聞いたことばかりなのだが(なにしろ母の生家がある東の小国は遠い上に気風の違いもあってほとんど交渉がない)、母の国は人魚族と昔から付き合いがあったそうだ。

 それは日照りのとき神に祈りをささげて雨を待つ、よりは現実的で、けれど人間相手とはやはり全く異なるものであるのだと、聞いた覚えがある。海に捧げものをして人魚族の訪れを待ち、約束を交わすのだとか。


 さまざまな異類に関する話がある母の国でも、やはり異類は敬して遠ざけるのが一番だといい、なまじ異類との関りのうすい国がことさらに竜殺しや海蛇討伐に赴くのは愚かなことだ、と数年前偶然にこの港に立ち寄った母の国とは違う、けれど東の国の出身だという男は言っていた。

 さまざまな異類のなかでも人魚族は、東国の人間にとっては馴染み深く、そしてもっとも恐ろしいものなのだと。


 


 目の前に立っている女は、赤毛緑眼の、どう見ても絵本で見たとおりの魔女だ。顔立ちは若く(私よりも年下に見える。人間ならば成人しているかどうかという年齢に見えた)、美しいとまではいえないが、つり眼がちの大きな眼やそれに比して小さな鼻や口はどこか神秘的で、惹かれる人間もいるかもしれないが。

 少なくても私は、なんの好感も抱かなかった。私の好みは年上ふくよか垂れ眼涙黒子だ。総合すると色っぽい年上できれば未亡人だ。


 



「……もし、この女が人魚だとして、それが何か私に関わりがあるのか? お前が地下牢から出したのだから私ももう二度と地下牢へ戻そうとは思わない。さっさとどこでも自分の好きなところへ行けよ」


「お待ちください王子、人魚といえばアレです」

「あれ?」

「恋した王子の生き血を……違ったこれはまだ後でした。人魚姫は王子に恋をして尾びれを捨てて人間の足を手に入れて地上に」

「はあ? 私は心当たりがないぞこんな女! 大体私の好みは亜麻色の髪をした農家の未亡人だ!」

「うわぁ……」


 女の呆れたようなため息が聞こえたが気にしない。この身に降りかかるかもしれない火の粉を払うのに必死だ。

 ジェダも女とそっくりの表情を浮かべたが、それでも口を開いて出てきたのは、私を追及する言葉ではなかったので安堵した。



「ヒダルド王子ではないかと思うのです。最近外遊に出られたのはヒダルド王子だけですし、確か海洋の島諸国を巡ったはずですから、そのときに会ったのではないかと。夜の闇でも見分けられるほどの金の髪の持ち主の王子は、我が国ではヒダルド王子くらいでしょう。ヒダルド王子ではなかったら、その時は好きな場所に行ってもらえればいいことですし、彼女を王都へお連れになってはいかがでしょう、王子」



 提案のような形をした強制だった。ジェダは、彼女を連れて行け、と言っている。しかも私がどんな理由を作ってもヒダルドの成人祝いなど行く気もなかったのも承知でだ。

 一応同じ王を父に持つ異母兄弟といえ、正妃の腹から生まれ王位継承権一位のヒダルド王子と、ほぼ庶子のような私では、公式の場でなければ顔を合わせる機会もない。

 まあ一応は兄弟であるから願い出れば面会も叶うだろうが、会いたくもないし。




「どうしても行かなきゃ駄目?」

「駄目です」



 ジェダの厳しい声にかすかに含み笑いが感じられるのは気のせいだろうか。

 どうせ兄に似た腹黒で何か企んでいるのだろうが、関りたくない、心底関りたくない。



 

 私はしょうがなく魔女ではなく人魚、ということになった女に眼をやった。

 そして彼女の名前をジェダから聞いていないことに気づく。



「いまさらで申し訳ないが、名前は? 私はカエデという」




「エイメィよ、王子様」





 それは私の耳にレイメイ、と聞こえた。黎明は、私の母の名前だった。


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