過去と未来をつなぐもの(続)
「マジ!?」
「声がでかいよ、ヒデ」
そう一樹に言われて秀秋は慌てて自分の口を両手で覆う。チラリ、と盗み見るように横目でトモヤを見てみる。
聞こえてしまってはいないかと、内心ドキドキしていたが、トモヤは変わらず携帯で楽しそうにはなしていた。
心の中でほっと、安堵の溜め息をつく。
廊下の窓に隠れるようにして、背中あわせにしゃがみこんだ。
「い、いつから…?」
初めて知った親友の恋人います発言に、秀秋は少しショックを受けていた。もちろん、トモヤが同性愛者だったことではない。
幼馴染み兼親友の自分が知らなかったことに対してだった。
幼馴染みのトモと一樹は、もうかれこれ17年間の付き合いだ。
「ん〜…俺も知ったばっかだよ。今朝初めて知った。朝も電話してて、しかもめっちゃ楽しそうに話してたから、誰かなって思って、トモがトイレ行ってる間にメモリ見たら、恋人カテゴリでコウって名前が入ってた」
「へ〜…コウ、ね」
確かに男の名前っぽいな。
「コウ…?」
秀秋はその名前の響きに覚えがあった。しかし秀秋にそんな名前の知り合いはいない。
まさかと思い、記憶を巡らす。
「敵だ!!」
ふっ、と頭に浮かんだ顔に、秀秋は思わず叫んでいた。
「コウってあれか!?妙に神経が図太くて、負けず嫌いで、生意気で、弱いくせにつっかかってきてたやつ!!!?」
「え…いや、俺はしらないけど…」
あまりの秀秋のいきおいに、一樹はたじろいた。
「いつもいつも勝てないくせに、空也や俺に歯向かってきたあきらめの悪い…!!」
ぜぇはぁ、と息を切らせながらも語る秀秋は、もう完全に我を失っていた。
一旦呼吸をおいて、その場に再びしゃがみこむ。
「あんなヤツのどこが…」
「へー…お前、コウのこと知ってんだ?」
後ろから聞こえてきたその声に、秀秋はぎくりとした。
振り返ると、窓際越しにトモヤが秀秋と一樹を見下ろしている。
その顔は恐ろしく笑顔だった。
「あ…あれ〜?トモ君たら電話してたんじゃないの?ほらほら、戻って思う存分と話なさいな」
あははは…と苦笑いでトモヤを肘で軽くつつく。
トモヤの表情は、笑顔には笑顔なんだが、腹黒い笑みだ。
なんとかこの場をやり過ごそうと、秀秋も必死に笑顔を取り繕う。
「楽しいおしゃべり…してたんだけどねぇ。ヒデの叫び声が聞こえたから電話切ってわざわざ駆け付けてきたんだけど…電話切ることなかったじゃんって後悔してたとこだけど……おもしろい話が聞けそうだから、まぁいいよ」
「あ、あれはきっと…そう!!お前の言ってるコウと俺の知ってるコウは別人なんだよ!!きっと、うん」
秀秋は自分で言って自分で頷いた。これでトモヤが納得してくれればと期待していたが……そううまくいくハズもなかったのだ。
わずかながらも後退していた秀秋は、トモヤの力強い腕によって引き戻される。
運動神経だけなら、コイツに勝てるやつなどいるのだろうかと疑ってしまうほどに、トモヤの体力&身体能力は秤しれなかった。
秀秋は抵抗することもできずに、ずるずるとトモヤの方へと引きずられる。
「そのわりには、結構性格があってたりするんだよね〜。負けず嫌いでプライド高くて諦め悪くて…」
「へ、へ〜…。偶然だな、きっと偶然だよ、きっと!!同一人物はないよ!!」
「…ま、いぃけどね。どーせ次の日曜日は4人で遊ぶんだし」
よ、四人…?
そんな表情をしていたのか、トモヤは、自分・一樹・秀秋の順に指差していった。
「へ…?」
「じゃ、そゆことで」
時が過ぎるのはあっという間だと、昔誰かが言っていた――…。
それにしてもね、僕はあまりにも早すぎると思うんだよ。な〜んか、気がつけばもう日曜日?みたいな?
「みたいな…」
「「は?」」
「あぁ…いや、気にするな。ただの独り言だとも……」
あまりの時の流れの早さについていけない秀秋は、憂鬱に浸っていた。
先日――…
キーンコーンカーンコーンと、ありきたりな鐘がなり、秀秋は解放されたと安堵していた…ところに、担任がやってきてSHRを始めた。
なぜ?と首を傾げてカレンダーを見ると、今日が土曜日だということを知る。
(あれ?じゃぁ…なにか?俺はわざわざ担任の話を聞くためのだけに学校にきたわけ?)
そんな表情でトモヤと一樹にアイコンタクトを送る。ものすごい哀れみの目で見られた…。
SHRも終わり、あまりの衝撃の事実に放心してしまった秀秋は机に突伏していた。
一樹とトモヤに無理矢理立たされ帰途につく。
そして別れ際に言われた。
『『また明日!!』』
そして明日が今日なのだ。
俺はここにいるのだ。
昨日メールで送られてきた時間にその場所で!!
もうすぐコウが来るのだ。すでに待ち合わせ時間まで5分。刻々と時間が刻まれる。
「あ、トモヤ!!」
やってきたのは、小柄で可愛らしい美形君だった。
下手すりゃ、小学生に見えなくもない。
「はじめまして、コウ君。久堂一樹です」
一樹は脳殺スマイルを繰り出した。
それに対し、コウも子どものような無邪気な笑みを浮かべた。これはこれで脳殺ものだった。
互いに握手を交して、さらにコウは秀秋にも握手を求めてきた。
「古賀秀秋です…」
もうどうにでもなりやがれ!!
上辺だけの挨拶を交す。
いい加減にすると、うしろから突き刺さっている視線が怖いのだ。
「よろしく」
一瞬だけ、コウの表情が険しくなったように感じたのは気のせいだろうか?
差し出されたコウの手に、自分の手をかさねる。
しかし、コウの手が触れた瞬間に骨が軋むような痛みを覚えて、反射的にコウの手を振り払った。
「っ…!?」
「あぁ!!ごめん!!力入れすぎたかな?」
そう言うと今度は右手を見せて、と駆け寄ってくる。その時、何かにつまづいたのか、コウの小さな体は俺の方へとバランスを崩した。
トモヤの表情が険しくなったのに気付いたが、秀秋にはそんなことを気にしている余裕がなかった。
転んだ表紙に腹部にねじりこまれた拳の痛みと、コウが耳元で囁いた言葉で頭がいっぱいになっていた。
「何…しらんぷりしてんの?秀前……」