過去と未来をつなぐもの
ある小さな病院の前――
一人の青年がそこまで高くもない病棟を見つめていた。
一見、病気の恋人に会えない寂しさを紛らそうと、一目見ようと彼女の部屋の窓を見つめているようにも見える。
彼女への大きすぎる想いがテレパシーとなり、彼女が窓から顔を見せてほしいと願う……そんな切なさそうな表情をしていた。
しかし、それは彼の美貌が生み出した幻にすぎなかった。
青年に魅了されてしまった回りの女性たちは胸打たれていた。
しかし、どこのどいつが言ったかなんて知らないが、「人の夢は儚い」と妙にかっこつけて言っていたヤツがいたとかいないとか…。
その言葉は多くの人間を納得させた(らしい)。
そして、その納得した人間がまた一人と存在したのだった。
「さぁ、ヒデにぃ!!勇気を持って行くのよ!!」
どこからともなく現れた、青年の妹と思われる少女が兄の背中をそっと押す。
幻のままだったなら、きっと弱気な兄を励ます妹という感動の名シーンに見えなくもないだろう。
しかし現実は――…。
「嫌だ!!だってここの医者、絶対ヤブだって!!」
「我儘言わないの!!」
半べそになりながら、美男子は決して病院に入ろうとはしない。
秀秋はアレから1週間、辛い毎日を送っていた。
ギブスをはめたその日から激痛に襲われ、夜はたいして眠ることができない。そのたびに秀秋は「あのヤブめぇ〜…」と医者を憎み、二度とあんな病院に行くかと心に固く誓っていた。
しかし、誓った早々、早朝に司に叩き起こされ、そのまま病院前へと連行されていた。
「ヤブ医者だけには嫌だ〜っ!!」
まるで小さい子どものようにしゃがみこんで、司に引きずられていく。
どうにかして司から逃げなければ!!と思考をフル回転させていると、秀秋はトントンと肩を叩かれていることに気がついた。
「あぁ?なんだ……ょ…」
振り返った瞬間、後悔の念が一気に押し寄せてくる。
「ハロー。ヤブ医者ですが………なにか?」
凄味を効かせた50歳代のオッサンは、無表情に手をあげて見せた。そして、固まっていた秀秋の首根っこをつかみ、病院の中へと引きずっていったのだった――…。
――20分後…。
病院から出てきた秀秋の表情は、診察内容を知らない司にでさえ伝わってしまうような、そんな絶望な表情だった。
「お、お疲れ様。どうだった?」
足元に目をやると、20分前までつけられていたハズのギブスは取り外されている。しかし、妙に脛の部分が赤くなっていた。
「アノヤロー…、ぜってぇヤブ医者って言ったの根にもってやがるぜ」
その脛を擦りながら、秀秋は呟く。
その後ろを悠然とした態度で歩いている医者は、「ハハハ、マタナ少年」と言いながら去っていった。
そんな医者を睨んでいると、今度は司に首根っこを捕まれ、引きずられていく。
秀秋はもう抵抗する気力もなく、されるがままの状態だ。
「あれ?どこ行くんだよ」
「へ?どこって学校に決まってるでしょ」
当然のことかのように言う司に、秀秋は文句タラタラだった。
「はぁ?今から!?確かに制服来てるけど…え〜…さぼる気満々だったのに」
泣き言をもらす秀秋を気にすることもなく、司は秀秋の手を引いて学校へと歩き出したのだった。
「あれ?来たんだ」
人の顔を見るなり、そう呟いたのは一樹だった。食堂近くの自販機から買ってきたと思われる紙パックのジュースのストローをくわえていた。すでに飲み終わったのか、口だけでそれを支えている。
一樹の言葉は訳すると、まぁ…「サボると思っていたのに」だ。
「司が無理矢理引っ張ってきたんだよ…」
「ふ〜ん、今更?」
たしかに。
秀秋と司が学校へとたどり着いたのは、既に昼休み中盤に差し掛かっていた。
行く先々で秀秋はものにしがみついたりと抵抗していたので、時間が長引いてしまったのだ。
秀秋としてはそれが狙いだったのだが、司は気にすることもなく秀秋をわざわざ教室にまで送り届けてから司も自分の教室へ戻ってしまったのだった。
秀秋はとりあえず何かを腹の中へいれようと食堂へ向かっている途中、一樹にバッタリと出くわしたのだ。
「珍しいね〜空が一緒に行かないなんてさ」
「司が言ったらしいんだよ…」
『ヒデちゃんと空が揃うと、二人して学校サボろうなんて言いそうだから、空は学校に行ってて。秀ちゃんは絶対に学校に行かすから!!』
「…って」
「あははは!!流石は司ちゃん!二人の性格よく分かってるじゃん!!」
一樹は腹を抱えて笑う。
秀秋ははぁ、とため息をついた。
「ホントだよ。いつものふざけた司と真面目な司…すげーギャップ…」
「だからもてるんだね〜。ま、もててるのは司ちゃん一人じゃないんだけど」
チラリと俺の方へと目を向けてくる一樹に、俺は胸を張って見せる。
「ん、まぁ、俺様は顔がいぃからな」
そう言って秀秋は前髪をかきあげるしぐさを見せた。嫌味っぽく一樹に言ってみたが、一樹は変わらずニコニコと笑っている。
「それは僕もだけどね」
ニッコリと笑うその表情は、廊下を歩いていた生徒(男女問わず)にとって脳殺ものだ。現に、多くの生徒が足を止めてこちらを凝視している。それを見計らったように一樹は一人の女生徒に近付いていった。
「あれ、顔があかいようだけど…大丈夫?」
下から顔をのぞきこむように、儚げな表情をつくる。
「はははは、はい!!全っ然大丈夫です!!」
顔は真っ赤。
今にも頭が爆発してしまいそうな勢いだ。
「そう。なら良かった」
そう言って再び脳殺笑顔を女生徒に向けて、身を翻し戻ってきた。秀秋は呆れたような視線を一樹に向けている。
「お前…性格最悪…」
「あはは、元々だよ」
「威張るなよ!!」
ビシッ、と一樹の頭にチョップを軽く当てた。一樹は「痛っ」と一瞬顔を歪めて頭を押さえる。
秀秋は気にすることもなく、スタスタと歩き教室へと戻った。
すでに時間は昼休みが終わる3分前。食堂で食べているヒマなどあるわけがなかった。
教室を見渡してみると、クラスメートの半数ほどが教室にいた。
その中には、秀秋のよく知る人物が笑いながら携帯を片手に誰かと電話をしているようだった。
そいつの元へ向かおうと足を向けるが、足を踏み出した途端に一樹に腕を引っ張られる。
「もー、秀秋!この僕にチョップなんて普通は出来ないことなんだよ!?それに、人の恋路を邪魔するやつは何とか…ってしらないの?」
「いや、知ってるけど………え?なに?アイツ彼女出来たの!!!?」
驚きだった。
今まで、そんなそぶりを一度と見たことがないのに…。
「恋人、って言ってあげなさい。付き合ってるのかは微妙だけど…うまくいくといいねぇ」
恋人…?
「え…彼女じゃないってことは………男!!!?」