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永久の想い  作者: 兎羽
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ナマエ

時は遡り、昨夜のコト――…



「あ〜…やっと眠れるー!!」


秀秋は解放感を味わいながら、ベッドに倒れこんだ。

アレから数時間と、司&空vs秀秋でデジカメ争奪戦を繰り広げられていたため、すでに時計の針は12時を回っていた。

結局、デジカメを取り返すことはできず、メモリーはすべて消去するというので、没収はあきらめたのだった。


空と司はたびたび泊まりに来ていたので、既に二人の部屋(寝床)は確保されていて、そこに二人を押し込めたあと、秀秋はリビングの片づけをすること30分…。


やっとの思いで、自室に戻ってきたのだ。


疲れがたまっていたせいか、仰向けの状態になるだけで眠気が一気に襲ってきた。

ウトウトとしながら、目覚ましアラームをセットすると秀秋はそのまま眠り込んでしまった。




そして数時間後――


規則正しく刻みこまれる秒針は、静かな部屋をより一層強調するかのように響いていた。


突然、秀秋の体がむくり、と起き上がる。


しばらく、何を反応することはなく、それからしばらく経って、虚ろな目があたりをキョロキョロと見渡し始めた。

何を見つけたのか、視点を定めてそこへ手を伸ばす秀秋。

その手につかまれたのは、ガラスの入れ物におさめられた写真だった。

愛おしそうに、秀秋の指がその写真をなぞる。


『く……ぅ、や……』


部屋に響いたその声は、不思議な響きだった。


儚くて、小さくて、今にも消えてしまいそうな声なのに、ソレは空気を震わせた。

秀秋の口から漏れたハズのその声は、どこから聞こえたのかわからない。


音源がハッキリとしないのだ。



秀秋はベッドから降りると、写真立てを持ったまま、部屋を出た。

その足取りは重そうに、若干、右足をひきずっていた。

そして何かに引き寄せられるように、そのまま足は空の部屋へとむかった。

何のためらいもなく、そのドアノブをひねる。


カチャ、という音とともに、部屋には微かな光がさしこむ、そして再び暗くなった。

秀秋がドアを閉めたのだ。


ベッドで眠る空のそばに立つと、ただその顔を見つめといた。

その口は常に小さく開かれており、小さな寝息が呼吸をきざむ。


そんな空の顔を見ながら、秀秋の頬には涙が伝っていた。しかし、その表情は無表情そのもの。


「ん………?」


部屋の空気に違和感を覚えた空は目を覚ました。

普通ではない、部屋の温度。それは身震いするほどの寒さだった。

あまりの寒さに暖房のリモコンを手探りに探す。あたりを見渡すが真っ暗でとても見えたモノじゃない。


「ん?」


手に何かが当たった?

そう思い、暗闇の中で目を凝らす。


「ぅわっ!?秀にぃ!!」


驚きのあまり、眠気が一気に吹っ飛ぶこととなった。

空は少しでも部屋を明るくするために、カーテンに手を伸ばし、月明かりをまねきいれる。


そこで、初めて秀秋の表情があらわとなった。


焦点のあっていない虚ろな両目が、確実に空を捕えていた。

空が驚いたのは、その目に浮かんでいる涙だ。

次から次へと、頬を伝っては落ちていく透明な滴。


初めて見る、そんな兄の姿…。


ベッドから降りると、空は秀秋の真正面に立ち、その落ちる涙を掬い上げるように頬に触れた。


「…ヒデ?」


空は兄のなまえを呼んだ。

すると、秀秋の表情が初めて悲しみの色に染まる。

焦点は定まっていないのに、その虚ろな目が空を見る。


「兄貴……」


空は呼んだ。


しかし、それが秀秋の暴走の引金となった。


「っ!?」


それは一瞬のことだった。

空の小さな体は、あっという間に秀秋によって組み敷かれていた。

空は頭の横に手をつかれ、上には体格のいい秀秋の体という、身動きのとれない状態にあった。


「秀秋…どけよ」


いつもとは違う秀秋。


目の前にいるのは秀秋ではないと気付いた空は、恐怖心にかられていた。


額に冷や汗が浮かぶ。


しかし、傷付いたような表情で涙を流す秀秋には胸をつまらせる何かがあった。


「兄っ…ん…!!?」


何とかいつもの秀秋に戻ってもらおうと、再び呼ぼうとした、その時だった。


言葉は遮られ、口は、秀秋の口によって塞がれた。


「ちょっ…兄貴!?」


なんとか一瞬だけ口を離すことが出来たが、それもまたすぐに塞がれてしまう。

口を塞がれている息苦しさに、空の目には生理的な涙が浮かんでいた。


「…っ…、ハッ」


口から溢れるほどの唾液が、秀秋の舌とともに絡み付いてくる。

必死に抵抗しようと、肩を押し上げてみたりといろいろ試したが、力で敵わない上に体格が違いすぎる。さらに上からおさえつけられているせいで、体重までもがプラスされていた。

空は仕方がない、と思いながら、口が解放される時を狙って大きく息を吸い込んだ。そのまま力を右手にためると、秀秋の溝を的確に狙う。


それは、完璧な溝落ちとなった。


「うっ……」


苦しそうに顔を歪ませて秀秋は力が抜けたのか、全体重を空にかけた。しかしうめき声は聞こえるものの、どうやら正常には戻っていないらしい。


「ヒデアキ!!!」


空は叫んだ。

音楽の授業でしかやったことがないような、腹から声を出すように。

その声は一人部屋に響くには必要以上な声の大きさだった。

その声に秀秋の肩が震え、プツリ、と思考回路が途切れたようにピクリとも動かなくなった。


耳元で聞こえるものの穏やかな寝息に、空はホッとため息をつく。

しかし、落ち着いたのはいいものの、体格が違いすぎる秀秋を上から退かすのは、今の空でなくても無理な話だった。

仕方なく、秀秋を子守唄に空は再び眠りについたのだった…。







「そ、空くん…?」


戸惑い混じりの声で、目が覚めた。

目の前にあるのは、鬼畜笑いがよく似合ういつもの秀秋の顔。

ほっ、と安堵してため息をついた。


「な、なんで…?」


やっぱり、昨日のことは覚えていないらしい。


空は秀秋直伝の鬼畜笑いを浮かべて、耳元で呟いた。


「なに…弟襲っちゃってんの?」


その言葉で秀秋は一瞬にして顔を真っ赤に染めた。

途端に、カシャッ、という音が聞こえる。


二人同時に振り返ると、そこには嬉々とした表情の司の姿があった。


「そこまで妹想いじゃなくていぃのに〜♪」


片手にはもちろん、カメラをかかえていた。

それを見た秀秋は、司からカメラを取り上げるために追い掛けて部屋を出ていく。


空はそれを見送ると、ベッドに座りなおした。

意味深に天井を見つめ、溢れる涙を流した。


「あれ……なんで…っ」



空自身も戸惑っていた。


なんで俺泣いて…?


そこで空の意識は途切れた――。







『秀前……』


その開かれた虚ろな瞳から、涙は溢れた…。




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