そして事件はおこった
「……何やってんだ、お前ら…」
それが、俺の唯一のなごみ場でもあるテリトリー(家)に入ったときの第一声だった。
いつもなら、実家にいた時のクセで
「たーいまー」というのが第一声で、自由な生活に戻るというのに…。
今日は違った…。
「ふぉ!ヒヘヒィ!!」
食べ物を口にこれでもかと詰め込んだ空が出迎える。
いや、出迎えるといっても、ドアを開けると見えるリビングのところから、首だけ回しているだけだが。
空の声で、鍋と必死に対峙していた司もやっと俺の存在に気づいたらしく、顔をあげて
「おかえり、ヒデちゃん♪」と微笑んだ。
「うん、ただいま。で、何やってんだ?」
つとめて優しく、問掛けてみる。もちろん、表情は憎しみの笑顔を浮かべて。
「え…えっと」
流石、司。
賢い妹は、俺の怒りを察知したのか、怯んでなんとかごまかそうとしている。
「見て分かんないのか?やっぱ馬鹿だな〜、ヒデは。鍋に決まってんだろ!ナ・べ!!」
どんなに怒気を含んだ目でにらんでも、空はかわりなく、鼻唄混じりに鍋をつついていた。
「ちょっ、空…」
教育の行き届いた司は、なんとか空に俺の状態を目で訴えているが…。
そこは、馬鹿な我が弟。
ちっとも気づきはしない。
「ふ〜ん…?」
パキパキと手をならして、空にゆっくりと近付いていく。
流石に空も感付いたらしく、ビクリ、と肩を震わせた。
「俺が馬鹿だと?」
「あ、イヤ…」
「今回のテストで全教科満点をとった俺を、全教科合計しても100にも届かなかったヤツが馬鹿にしているのかな?」
「うっ…なぜそれを…」
テストを受け取った時点で、その答案は燃やした空にとっては、なぜ秀秋がしっているのかが不思議だった。
テストの点数をひっぱりだされた上に、口で秀秋に勝てるハズもない空は(力もかなわない)、なんとか距離を開こうと後退していく。
が、そこは独り暮らしの部屋のリビングであって、そんなに広さもないせいで、空はあっけなく秀秋に追い詰められていた。
「あ、兄貴…」
「ん?…なんだ?」
ニッコリと笑いかけてやる。
しかし空は脅えた表情を見せるだけ。
そして俺の手元を指差して、恐る恐る口をひらいた。
「それは、ナンデスカ…?」
「あぁ、コレ?」
俺は手に持っていた箸をカチカチとならした。
「箸に決まってんだろ。やっぱ馬鹿だね、空は♪」
「いや、それは分かるんだけどね?箸だということは一目瞭然なんだけどね?………なにをする気?」
そう尋ねながら、チラチラと空の視線は鍋の方へ向いていた。
もちろん、俺がもっている箸も鍋の方をむいてるんだけどね。
「何って…決まってんだろ?鍋が大好きな空くんに、優しいお兄様が食べさせてあげようとしているんじゃないか」
今から起こるであろうコトを思うと、空は目に涙をためていた。
きっと、鍋の中でグツグツと煮込まれている具を口の中に――――あ゛ぁぁ〜っ!!!
考えただけでも恐ろしい!!
「さぁ…口をあけて?」
「やっ、やだ!!」
フルフルと小刻に首を横にふって、魔の手から逃れようとするが、体格のいい秀明から逃げられるわけもなく…。
「ほら…」
クイ、と長い指が空の顎を捕えて、上を向かせる。
右手には、しっかりと箸でこんにゃくがつかまれていた。ほかほかと湯気が漂っている
「うぅっ…」
歯を悔いしばって、口をなんとしてでも開けないようにと引き結ぶ。
「自分であけないと、無理矢理こじあけるぞ」
ぅ…それもやだ!!
空は泣きたくなっていた。
一方、秀秋は実に楽しそうだった。
どんどん互いの顔が近づき、あと数センチで鼻と鼻がくってきそうな時…。
カシャ…
「「ん?」」
秀明と空は、同時に振り向いた。
「ぁ……」
バツの悪そうに司は、両手で構えていたカメラを後ろに隠した。
それを見た秀明は、空の顎にあてていた左手をはなし、司に近付いていった。
「なにを隠したのかな?ツカサちゃん」
ニッコリ笑顔で。
怯んですぐにカメラを渡すと思っていたが、意外にも
「なにが?」と聞き返してきた。
流石、前世が司魁なだけある。
度胸だけは備わっている。
「なにって、うしろに隠したヤツ」
「あ、コレ?って、ちょっとぉ〜」
とぼけたように、うしろからデジカメを取り出したのを見て、すかさずデジカメを奪う。
カメラを手に取ると、メモリーを開いて液晶を見た。
「………………」
…思わず、言葉を失った。
「…………なんだコレわ…」
「名付けて!!『禁断の兄弟愛(裏)〜☆』キャー、パチパチ」
ご苦労ながら、効果オンまでつけてくれた。
ちっともありがたくないけどな。
メモリーの中には、めくるめく俺と空の○○(ピー)な世界が広がっていた。まさに(裏)。
見事にうまい角度から撮った写真(見ようにはキスしてるようにみえる)や、あきらかに合成だろ!!と突っ込みたくなるようなフフフンな写真。
どうやって撮ったのか全くわからない、カメラ目線の2ショット。
先程撮ったと思われる、危ない雰囲気が漂っている写真。
わ〜、デジカメってこんなに保存できるんだ〜!!
と、感心させるほどの枚数が入っていた。
「禁断の…兄弟、愛…?」
…なんて不吉なモノを作るんだ、この妹は!!!
俺は過去を繰り返すつもりはないのに!!!
「セットで3500円です♪」
なんて恐ろしいVサイン…。
どうやら司は、コレらを売ろうとしているらしい。こんなものを誰が買うんだ!!
とりあえず、没収。
「あ〜!!私のコレクション〜」
「なにがコレクションだ!!肖像権の侵害で没収」
ポケットにしまい、キッチンに向かう。
はぁ、とため息をつく司だが、取り返そうとはしないらしい。
あきらめたか…。
「……ん?」
あれ?
どうして?
ナゼ司がデジカメをもっている!!?
クルッ、と振り返った司は、笑みを浮かべていた。
「甘いよ、オニイチャン♪」
「〜〜…っっ…」
ブン、と腕をふって取り返そうとは腕を伸ばす、が。身軽な司はヒラリとよけてしまった。
勢い余って、空に突っ込む秀秋。
本気で痛がる空。
呑気に笑っている司。
そんなこんなで、夜は更けていった――…。
翌朝――…。
落ち着け…。
少し落ち着けよ、俺?
大丈夫だ。きっと大丈夫!!
「………………」
目が覚めた途端、視界に飛込んできたソレで、俺の目覚めはスッキリ爽快。
それはもう、いままでにないってくらい目覚めのいい朝だ。
気分は最悪だがな…。
「大丈夫…大丈夫…」
何度も自分にいい聞かせる。
なぜかって?
そうでもしないと、今にも雄叫びをあげてしまいそうだからさ。
…ちょっとテンションがおかしいな、俺…。
とりあえず、目をそらしたソレにもう一度視線を戻した。
…が、やっぱりそらした。
無理だ…っ!!
俺に現実を見つめろなんて無茶すぎる!!!
「そ、空くん…?」
とりあえず、今の現状を知るために、俺の腕の中で上半身裸のままで眠っている空を起こした。