ブラックコーヒー
「―――……っ!!」
「ん?」
「ヒデ!!ボーッてしてるぞ」
「あぁ…わり」
トモヤに声をかけられ、思考が回復。
気が付けば、回りの景色はガチャガチャと騒がしかったゲームセンターではなく、実家の近くにある川沿いを歩いていた。時は夕刻を指し、オレンジ色の夕日は山の向こうへ沈みかけている。そして川沿いを歩いているのはいつもの3人。いつの間にかコウの姿はなくなっていた。
「あれ…こ、星野は?」
クセで呼び捨てしそうになり、慌てて言い替えた。
「とっくに帰っただろ?お前、俺たちがジュース買いに行った時から変だぞ?何かコウに言われたのか?」
――お前、ニセモノ。
秀秋はコウに言われた言葉を思い出していた。
「偽物…か」
「は?偽物?」
秀秋はそれ以上、話そうとはしなかった。うつ向いて、トモヤとも目を合わそうともせずにだんまりと歩く。
そんな二人の様子を見ながら、一樹は首を傾げていた。
「ヒデは偽物なの?」
「そんなの…」
俺にだって分かんねぇよ…。
自分が偽物じゃないと断言できないのが悔しかった。コウは本物で自分が偽物だったということを知って、悔しかった。
「……………」
「ん〜じゃあさ、今ここにいるヒデはどっち?本物?偽物?」
「……本物、かな」
自分は秀前ではなくても、秀秋であるのには変わりはない。それだけはハッキリと断言できた。
「じゃ、今日俺らと遊んだヒデも本物だってことだろ?秀秋は秀秋で……偽物とか本物とかあるの?」
秀秋はその言葉に目を丸くして驚いていた。
一樹の言葉は、小さな子供のような意見だったが、今の秀秋を立ちなおさせるには十分な言葉だった。
トモヤは小さく微笑むと、秀秋と一樹の肩に腕を回す。
「そうだな。今、俺と肩を組んでいるのは秀秋と一樹。他の誰でもねぇよ」
トモヤは秀秋にいい聞かせるように呟く。
「そっか…そうだな」
ガシッと肩を組み合うと、3人は川沿いを再び歩き始めた。
秀秋は嬉しそうに微笑んでいた――…。
ウ゛ウ゛ウ゛…
携帯が篭るような音をたてて、ポケットの中で震えた。部屋で漫画を読んでいた秀秋はそれを中断し、ポケットから携帯を取りだしディスプレイに目をおとした。
「………」
秀秋は驚きに言葉を失う。
ディスプレイには、【コウ】の2文字が表示されていた。
ピッとボタンを押して、軽く耳にそれを押し当てる。
「あ、秀前?俺コウだけど」
それは紛れもない、コウの声だった――…。
SHRの終りを告げる鐘が鳴る。
秀秋は鐘とほぼ同時に教室を飛び出していった。
「…どうしたんだ?秀秋のヤツ」
「さぁ?」
分からない、と言うようにトモヤは肩をすくめた。
まだSHRの終わりの挨拶もすまされていなかった。担任は秀秋の行動に動揺しながらも
「解散!」といい放つ。それを合図に呆然としていた生徒たちも、それぞれ動き出した。
秀秋は昨日の待ち合わせ場所へと向かっていた。
『明日、今日と同じ場所に5時ね』
と、一方的に言って電話を切られてしまい、行かないわけにもいかず、秀秋は必死になって走っていた。
コウが指定した時間よりも、今の時刻は遅いのだ。
しかし、待ち合わせ場所に5時03分に着いたが、そこにはコウの姿は見当たらない。
キョロキョロと辺りを見渡してみると、案外あっさりと見つかった。制服を着た女子高生3にんが、コウを囲むようにしてはなしていた。
いや、正しくは女子高生たちが一方的に話しかけている。
その姿は、目立って見付けやすかったのだ。
女子高生の後ろから、コウの姿を捕えようと覗きこんでみる。
猫被りが解かれそうなほどにイライラしている様子のコウ。そんなことにも気付かずに、女の子たちは構わず話し続けている。
「ねー、待ち合わせなんてほっといて私たちと遊ぼうよぉ」
「もしかして彼女とか?だったら私に乗りかえない?」
あ〜…残念ながらコイツには彼女はいなくても、彼氏はいますからね〜。しかも、君らじゃ、そいつの性格に釣り合えませんよ。いや、きっと。
実際に声には出さず、哀れんだようにコウを見ていると、やっと秀秋の存在に気付いたコウは顔を秀秋に向けた。
しかも、その瞳には怒気が含まれている。遅刻に対して怒っているのか、助けないことに怒っているのか、秀秋には判断できなかった。
とりあえず、これ以上コウの怒りを買わないためにも秀秋はコウを助けることが賢明だと判断した。
「………………」
なんて助ければいぃんだ?
秀秋には女の子のあしらいかたが分からない。一人悶々と悩んでいると、痺を切らしたコウが最後の手段に出た。
「も〜遅いよォ!デートの時間が短くなっちゃうじゃん」
濡れた瞳で見上げられ、思わず条件反射で身を引こうとするが、腕がガッシリと捕まれていて、離れようにも離れられない。さらにコウは口パクで何かを伝えようとしていた。
『は な し を あ わ せ ろ』
「あ、あぁ。悪かったな。じゃぁ行こうか」
明らかに棒読みだが、女の子たちは気にした様子も見せず、どんどん近付いてきたあげく、腕をガッシリと捕まれた。
「「「私たちもお供しますっ!!!」」」
語尾にハートマークがついていそうなその言葉に、秀秋は笑顔を引きつらせる。コウから秀秋に乗りかえた女の子たちは根強く絡んできた。秀秋もコウもこれ以上どうすることもできないと腹をくくり、結局二手に別れて女の子たちをまいた。
携帯で連絡をとりながら、喫茶店で落ち合うことになった。
「テメェ、おせぇんだよ!!!」
一番最初に言われた言葉が罵声のそれで、秀秋は仕方なくそれをおとなしく聞いていた。ようやく気分が落ち着いたのか注文していたブラックコーヒーを意味もなくかき混ぜる。
「さて…何から話そうか」
昔と変わらない鬼畜な微笑みに秀秋は苦笑いを浮かべた。