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29days Honey  作者: 鳴海 葵
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【16日目】 3月1日(日) 卒業式

 よくマンガやドラマに出てくる卒業式は、ひらひら桜が舞っている。

 ついでにこの時期、「さくら」を題材にした歌もバカみたいに流れてる。

 だけど、雪深いこの土地は、いまだ真っ白い雪にすべてが隠されたまま。


 私の両親は、もともとこの町の人間じゃない。

 冬、こんなふうに雪に覆われてしまう、なんとも不便なこの田舎町が好きで、若い頃に移り住んだんだという。

 そんな両親が私につけた名前が「ユキ」


 今日、三年生が巣立つ良き日にも、窓の外には私が降り続けている。

 式はもうすでに終わり、別れを惜しんでいるのか、それともここからの脱出を喜んでいるのか、外では卒業生となった三年生が寒い中、わいわい騒いでいるのが見えた。


「あ、及川」


 隣で同じように外を見ていた高橋が、アミの姿を見つけて指を差す。


「え、どこ?」

「ほら、あそこ。ふたりとも、もみくちゃにされてるけど」

「あ……ホントだ」


 周りから冷やかされながらも、シアワセいっぱいに笑ってる。

 ホームルームも掃除もサボって、アミは彼のところへ向かったのだ。

 彼である先輩は、無事大学に合格して、発表があった日から「超ラブラブ」なんだそうで。

 もともと女の子らしいアミだけど、私もどきっとするほど、ずっと女らしくなった気がした。


「俺たちも、来年は卒業だな」

「実感ないけどねー」


 そう言って、私は教室内に向き直る。

 卒業式の後片付けは二年生の仕事で、三年生の教室の掃除が終わり、あとはホームルームを残すだけ。

 教室では、暇をもてあましたクラスメイトの話し声が響いていた。


 見事に誰も、私と高橋が「付き合ってる」ことには気付いていないみたいだ。

 こんなふうに話していても怪しまれないのは、たぶん高橋のキャラクターのせいだと思う。

 けど、それはそれで、拍子抜けというか、なんていうか。

 付き合うって、実際もこんなカンジなんだろうか。

 秋まで付き合っていたっていう高橋の彼女も、こんな気持ちをどこかで味わっていたんだろうか。


「ユキは、大学行くんだろ」


 ぼんやりと想像しながら高橋の横顔を盗み見ていたら、急にそんな話をされて私は首を捻った。


「うん、たぶん。でも、まだあんまり考えてない」

「やりたい仕事とか、ないの?」

「よく、わかんない。これといって、憧れてる職業とか、ないし」

「なんだよ、夢ねぇな」

「悪かったわね。って、高橋のほうこそ、どうなのよ」


 俺はさ、なんて得意げな顔をして話し始めようとしたとき、ドアの向こうから、クラスメイトの男子が高橋を呼ぶ声がした。

 返事をして、高橋の姿は教室から廊下へと消えていく。


 この二週間で、ふたりでいる時間が、随分と増えたと思う。

 学校にいるとき、露骨にふたりきりになることはないけど、ほとんど毎日、私を家の近くまで送ってくれる。

 家まで歩いて帰れる距離の私と違って、高橋の家は逆方向で、更にバスに乗らなきゃいけないのにもかかわらず、だ。

 夜はルールを決めて、電話は三十分、メールは三回まで。

 だから、ひとりボケツッコミな長文メールが送られてくることもあった。

 私は、嫌でも帰りに話の続きを聞かされるんだろうと、誰にも気付かれないように、密かに笑った。


「マジかよ!?」

「マジマジ、しかも、超美人系」

「そーいえば、高橋、バレンタインにもチョコ貰ったとか言ってたろ」


 突然、さっき高橋を呼んだ子を中心に、男子が色めき始めた。

 その話の内容に、一瞬どきりとしたのも束の間、超美人系っていうのは、たぶん、いや、絶対私なんかじゃない。

 彼らの近くにいた女の子が、何事かと首を突っ込むと、ひとりがにやけた顔で口を開いた。


「高橋、三年の先輩から、告られてるらしいよ」


 声は、そんなに大きなボリュームじゃなかった。

 でも口がはっきりと、そう動いたのが見えた。


 私、ホワイトデーにお返しなんて、貰えないのかもしれない。


 真っ白になった頭の中に、ふと浮かんできたのは、そんなことで。

 私はゆっくりと窓の外を向きなおり、まだバカ騒ぎを続けている三年生をなんとなく見つめた。

 クラスメイトが憶測だけで言ってることなんて、聞きたくないと思ってるのに、私の耳は体とはうらはらに、彼らのほうを向いたまま。


 だいたい、14日までの「お付き合い」なんだから。

 それがちょっと縮まっただけで。

 高橋のこと、ウザイって思ってたし、考えていたよりも早く別れがきたのは嬉しいことだ。

 お返しなんて、要らないし。

 でも、あんなに高いチョコをタダで渡したなんて、割に合わないよね。


 胸が、心臓が痛いほど鳴りつづけているのに、この前の土曜日、頬にキスしてくれたときは、あんなに体中が熱くなったのに。

 嫌な汗がじわりと浮かんで、胸の奥から冷たくなっていくような気がする。

 それから、高橋が教室に戻ってくるまでの間が、永遠に続くかと思うほど長く感じた。


「高橋ぃーっ、で、どうだったんだよ」


 ひとりが声を上げて、私も思わず振り返る。


「なんでもねぇよ」


 否定しながらも、照れたようににやけていて。

 この二週間、隣にいたから、よくわかる。

 アイツが今、喜んでるってこと。

 私は静かに息を吐き出して、席に戻った。

 騒ぎ立てるクラスメイトを尻目に、まるで何の興味もないかのように装って。

 高橋がこっちを見てるのはわかったけど、まともに目なんか合わせられなくて、私は雪が降り続ける窓の外を向いた。

 ほどなく担任が現れて、ホームルームも終了。

 私はさっさと席を立ち、頼まれていたアミのカバンを持って、すぐさま教室を出た。


「柏木!」


 後ろから高橋の声がしたけど、振り返ることができなかった。

 怒りにも似た感情がいっぱいにこみ上げてきて、でも、それを高橋にぶつけるのは間違ってると思うから。

 だから、私はまるで高橋から逃げるみたいに走り出していた。


 何食わぬ顔をしてアミにカバンを渡すと、追いかけてきた高橋と目が合ってしまった。

 私の複雑な気持ちなんて知るはずもなく、大きく口を開けて、目を細くして子供みたいに笑ってる。

 そりゃあ、嬉しいことがあったんだもん、当然だろう。


 こんな時、どうすればいいんだろう。

 どうして私は、こんなに戸惑っているんだろう。

 私は高橋に返す言葉も表情も見つからなくて、ただ顔を背け、卒業生の間を縫うように校門を抜けた。


「ユキ、ユキ! ちょっと待てよ。どうしたんだよっ」


 とにかく、合わせる顔がない。

 だから、振り返れない。

 私はずるいような気もしたけど、高橋に追いつかれても、黙って俯いたまま歩き続けた。


「ユキ? 泣いてんの?」

「泣いてなんか、ないっ」


 つい言葉を返して、高橋のほうを向いてしまった。

 目の前のオトコは、私が罠に引っかかったことを喜んでるみたいに、にっこり笑う。


「だよなー、まさか卒業生の中に好きな人がいて、淋しくて泣いてるとか、そんなことないよなぁ」

「そんなの、有り得ないし。っていうか、高橋のほうこそ、付き合うんでしょ」

「え?」

「とぼけないでよ。告白されたんでしょ、先輩に」

「あ、うん」

「じゃ、今日でお別れね。けど、ホワイトデーはちゃんとお返ししてもらうからっ」

「なんでだよ」

「だって、あのチョコ、マジで高かったんだからね!」

「いや、そーじゃなくてさ」

「は? 何」

「誰が別れるなんて言った?」


 笑ってたはずの高橋の表情が、いつしか曇り始めている。

 少しむっとしたように見下ろされて、私は道路わきに高く積まれた白い雪に視線を逸らした。


「つーか、あれか? ユキ、ひょっとしてさ、もしかして、マジでー……」


 高橋の白い息がふわりと耳にかかる。


「やきもち、だったりするわけ?」


 不覚にも、身体がびくりと揺れた。

 とたんに悔しくなって、私は思いきり高橋の腹めがけて拳をぶち込んだ。


「ばかぁッ!!」

「……ってーっ!!」


 呻く高橋を放ったまま、私は雪の上をひたすらに走った。

 やきもち? それじゃあ、まるで私が高橋を好きみたいじゃん。

 そんなこと、あるわけ、ない。

 頬にへばりつく雪の結晶が、溶けて涙みたいに流れていく。

 私は頬の拭うと、解けそうになるマフラーをぎゅっと握った。


「ユキ、ユキっ。待てって!」


 不意に腕を掴まれ滑った私は、高橋を巻き添えにして圧雪状態の道路の上に転んでしまった。


「いてー……」


 私がそういうよりも先に、私の下敷きになっている高橋が声を上げた。

 そして、私を見て苦笑すると、いつかみたいに、ぽんと頭を撫でる。


「バカなのは、ユキのほうだよ。俺、先輩と付き合うなんて言ってないじゃん」

「……けど」

「俺は今、ユキと付き合ってんじゃん。どうして先輩と付き合わなきゃなんないわけ?」

「けど、私とはホワイトデーまでの話じゃない。そんなの」

「『そんなの』じゃねぇよ。俺は、好きでもないヤツと付き合ったりしない」


 高橋は上半身を起こすと、不貞腐れたように私を上目遣いで見つめた。


「俺は、ユキのことが好き。だから、こうやって一緒にいんの」


 ほんの少しだけ、高橋の頬が色付いた。

 たぶん、それ以上に私の頬が赤くなっているような気がする。

 雪の上に投げ出されて冷たくなった両手を、高橋の両手がそっと包み込んでくれた。

 そして、いつもみたいに白い歯をむき出して、いっと笑う。

 瞬間、泣いてしまいそうになった私は、無理やりに笑った。


 もう、だめだ。

 好きになんかなっちゃいけないって、心に決めてたのに。


 私、高橋カイトのことが、好き。



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