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29days Honey  作者: 鳴海 葵
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【1日目】 2月14日(日) 聖バレンタインデー

 本日、雪。

 土曜日、午後の教室には、誰もいなくて。

 授業がないから、教室の暖房は切られていて、私はブルーのダッフルコートに白のマフラーをしたまま、ついでに両手をポケットにつっこんで、窓の外を眺めていた。

 地面よりもくすんでる灰色の空から、真っ白な雪が落ちてくるのは、少し不思議だと思う。


「そんなこと、どーでもいーんだけどさぁ」


 溜息混じりに私はひとりごちると、茶色く冷たい机の上にごろんと突っ伏した。

 そして、黒い小さなショッピングバックをぼんやり見つめる。

 金色で記されたブランド名の横文字が、いかにも高級感をたっぷりに出してくれて、なんていうか、私らしくないっていうか。


「はぁ……」


 なーんで、こんなこと約束しちゃったんだろう。

 のっそりと顔を上げて、黒板の斜め上にある時計を見つめた。

 アミが教室を出て行って、もう15分も経ってしまった。

 約束の時間は過ぎているし、もしかしたらもうすぐ帰ってくるかもしれない。

 それまでに、コイツをなんとかしなくては。


「でもなぁ。あぁーっ、どうしよう」


 聖バレンタインデー。

 この日にドキドキ胸を高鳴らせる女子は、少なくない。

 私もチョコレートの入ったバックを前に、脈拍数上昇中。

 といっても、切なく甘いドキドキなんかじゃなくて、不安で後悔一杯で、でもとにかく前に進まなきゃいけないっていう、愛を告白する日にはふさわしくない動悸だ。

 ふと、誰かが教室に入ってくる気配に、私は顔を上げた。


「なんだ、高橋か」

「なんだって、なんだよ」


 やってきたのはクラスメイトで、学園祭の実行委員を一緒にやっていた高橋カイトだった。

 とにかくアミじゃないことに、私はほっとする。

 まだ決心がつかないから、できれば彼女にはまだ戻って来てほしくなかった。


「えっ、柏木、誰かに告んの?」

「あー、いや、そんなんじゃないっていうか、なんていうか」

「つーか、コレ、超高そうなチョコじゃね?」


 私の前までやってくると、高橋は例のバックを指差しながら目を丸くする。


「うん、高かった」


 こんなもののために、バイト代、結構つぎ込んじゃったんだよなぁ。

 そして、私は今日何度目かわからない溜息をつく。


「それなら、何だよ。……もしかして、もう振られちゃったとか」

「はずれ」

「は? じゃあ、アレだ、逆チョコってやつ?」

「それも、はずれ」


 怪訝な顔をして、高橋は首を捻った。

 当然だ。

 あえてどれが正解に近いかといえば、一番最初のヤツだけど。


「もし、高橋がこのチョコ貰ったら、本命だと思っちゃう?」

「そりゃあ、まぁ……な」

「だよねー」


 私がバックを手に取り眉根を寄せると、前の席に高橋が座ってこっちを向いた。


「どーしたんだよ」

「うん……アミと、約束しちゃったんだよね。バレンタインに、一緒に告白しようって」

「何だよ、それ」

「アミ、好きな先輩がいるんだけど、バレンタインに告白するって言ってて。で、チョコ選びに付き合ってる時に、私にも好きな人がいるなら、一緒に買って、14日に一緒に告白しようってことになっちゃって」

「じゃあ、やっぱ告白するんじゃん」

「それが、さぁ。なんていうか、ノリで好きな人がいるって言っちゃったんだよね」

「……ありえねぇー」


 首を左右に振る高橋に、私も激しく同意したい。

 なんて馬鹿なことしちゃったんだろうと、今なら思う。

 でも、正直なところ、本命のチョコ選びをしているアミが、ちょっとだけ羨ましかった。

 私もあげようかなぁ、なんて呟いたのが運のつき。

 誰か好きな人いるの? と目を輝かせながら聞いてくるアミに、気になる人ならいると、つい言ってしまったのだ。

 褐色に光る小さな粒が、まるで宝石みたいに硝子ケースの中に並べられ、バレンタインにチョコレートを送って気持ちを伝えましょう的な雰囲気満載の店内に、私はすっかり飲み込まれてしまっていた。

 実際、チョコを選ぶのは、楽しかったんだけど。

 ホント、溜息が止まらない。


「っていうか、一応、渡そうかなって思った人はいるんだけど」

「マジ?」

「バイト先の大学生で、カッコイイし、優しいし、普段からお世話になってるし。でも、彼女いるの知ってるし、何よりコレが、超本命っぽいじゃん? あげちゃってから、気まずくなるのも、嫌だなぁって思って」

「ふーん。じゃあ、素直に及川に言えばいいじゃん。やっぱ、あげんの止めたって」

「そーゆーの、女同士ってキビシイんだよ。抜け駆けしたら、裏切られたとか言うんだから」

「めんどくせぇな、女って」

「まぁね」


 私も面倒だと思うけど、それも友達。

 今頃告白してるだろうアミの、結果が良かろうと悪かろうと、似たような感情や感覚を共有したい気持ちは、私もわからなくもない。

 でも、許容範囲オーバーな今回のことは、自業自得とはいえ、すっかり困ってる。


「あげたふりして、事後報告でいいんじゃねぇの」

「それが、私の告白に、わざわざ付き合ってくれるらしいんだよね」


 呆れかえった高橋と、私も一緒に溜息をつく。

 しばらく何か考え込むような仕草をして、高橋は私の顔をのぞきこんだ。


「柏木は、どうしても告白したくないんだよな」

「うん、できれば、避けたいと思ってる」

「なら、俺がこのチョコ、貰ってやる」


 突飛な提案に、その意図が見出せず、私は思わず首をかしげた。

 そして、高橋はさも面白そうに、にやりと笑う。


「だから、俺がこれを受け取ってやるよ」

「……は? 意味わかんないんですけど」

「今、俺が貰っちゃえば、柏木は、その義理的立場な大学生に告白しなくて済むだろ」

「うん」

「来月、ちゃんと、お返しするからさ」


 そう言って、高級チョコレートの入ったバックを持って立ち上がる。


「その代わり、条件がある」

「あの、私、高橋にあげるとか、まだ言ってないけど」


 訳のわからない展開に、ストップをかけようとする私を無視して、悪いことを考えてるコドモみたいな顔をした。


「ユキ、今日からホワイトデーまで俺と付き合って」

「はぁ!? ありえないしっ、何言ってんの」

「だから、来月14日までのことだって」

「だからって、何? マジで意味わかんないんだけど!」


 返してとバックに手を伸ばすものの、160センチに満たない私の身長じゃ、頭一個分くらいデカイ高橋が手を高く上げれば、届くはずがなくて。

 気が動転して、名前で呼ばれたことなんて、このときはどーでもよくて。


「ちょっと、返してってば!」

「やだよ、いーじゃん、何か面白くね?」

「面白くないっ!!」

「ユキ……?」


 必死にバックを取り返そうとしていた私に、彼女の声が突如聞こえて、嫌な緊張感が再び全身を駆け抜ける。

 見れば、戸口にきょとんとしたアミが立っていた。


「おっ、及川。見てこれ、ユキから貰っちゃった」

「え?」


 そうなの? と今にも言いそうな顔で、アミは私を見て微笑んだ。

 いや、微笑むとか、そういう状況じゃないんだけど。


「それで、ふたりは付き合うの?」


 清楚で大人しそうな雰囲気には似合わない、ものすごくストレートな質問に、私がテキトーな嘘で取り繕う間もなく、高橋がうんと頷いた。


「えっ、ちょっ!」

「あー、けど、今話してたんだけどさ、俺らが付き合ってるの、みんなには内緒にして」


 否定したい私を制するように目で合図をすると、高橋はそう言って、両手を合わせてアミに向かってお願いポーズをする。


「このとおり、ユキってすぐ照れんじゃん。みんなにバレて、気まずくなるの、嫌だっていうからさ。頼むよ、及川」

「うん、わかった」


 わからなくって、いいから…!

 って、実際口に出せない私の事情を知ってる高橋に、腹が立つ。

 どうしようもできない歯がゆさに、くらくらして倒れそう。

 このままじゃよくないけど、こんなふうになった事情をアミに話すわけにもいかないし。

 だからって、取り返したところで、結局私は誰かに告白しなきゃならないし。

 どうしよう。これで、いいの? いや、やっぱ良くない。でも。


「あ、の……私、か、帰る」


 ぼそりと呟くと、高橋とアミが呼び止めるのも無視して、私は逃げ出すように教室を後にした。

 追いかけてきたアミの質問攻めも適当に答えながら、動揺を無理やり押さえつけようと、今起きてしまったことを反芻してみる。

 流されるまま、なんとなく切り抜けたみたいなことになってるけど。

 とりあえず。

 余計な告白をせずに、あのチョコレートが手元を離れたことにはほっとしてる。

 高橋がフォローしてくれたから、付き合っている嘘をつくのは、アミだけでいいし。

 けど。

 玄関まで来ると、カバンの中でケータイが鳴った。

 高橋からのメールだ。


『約束、ちゃんと守れよ』


 問題は、コイツが言ってることの信憑性。

 付き合うって、本気なの!?

 やっぱり、全っ然意味わかんない。

 私はディスプレイを睨みつけると、即座にケータイを閉じた。


 とにもかくにも、こんな私たちの29日間は、この日から始まった。



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