人は死ぬけど
「うーん……」
目覚めが悪い。私は昼遅くに起き上がり、恐らく見たであろう嫌な夢の内容を思い出そうとする。
こういう夢は思い出さないに限るのだが、夢を見るのはとても久しぶりで、少しの新鮮さがあるかと好奇心に任せてみる。
「メモリア」
人差し指をこめかみに当て、魔法を唱える。
夢の内容を魔法で掘り探る。するとすぐに浮かんでくる。
何年も近寄ってもいなかった本棚から、分厚い夢日記を取り出し、その内容を記す。
『もう今は亡き、勇者パーティーのひよっこ達と酒屋で酒を飲み、語っている夢だった。途中で、馬が窓と壁を突き破って酒屋に侵入してきて、何故か私が手にしていたニンジンを、私の手ごと咥えてまた壁を突き破り、駆けずり回される夢だった。ひよっこ達はずっと未覚醒の黒い眼で私を見つめてはいたが、助けてくれることはなかった』
「ふぅ……」
情報量の多さに少し手間取ったが、まとめて見返してみるとやはり夢とはよく分からないものだな。
たまたま今日のように、夢の中で夢を自覚できないのは面倒だが、逆に自覚してしまうと夢からすぐ抜けてしまう。基本的に見ないのが一番。
夢日記を閉じると埃が舞う。
「プルゴ」
埃が綺麗に消えてゆく。
一般家庭魔法、プルゴ。やはり掃除で使うには最低量の魔力を込めてしないとな。
魔力を最大量込めれば一般家庭魔法の範囲でもこの家は消し飛ぶだろう。
寝起きで使うとたまに暴発する。でもこれが魔法。
今日は久しぶりに魔法を全力で試したい日だと感じ、近場のダンジョンに向かう準備をする。
「うん、水は魔法で出せるし、食べ物は魔物を狩って食べればいいし、持ち物はそもそもアイテムボックスに詰めればいいわけで……。おでかけ気分を味わいたいものだな」
外へ出るのは多くても一ヶ月に一回、食料調達するぐらいだ。それも人と関わるものではない。ダンジョン付近の魔物と、そこらに生えている名前は知らないが、栄養が非常に高い万能な野草。それらを取って狩って家の地下で処理や保存をしている。それらが基本的な食料。
私は魔女に成ったので食べなくとも生きていけるのだが、何かを口にいれたい時がある。そのような時に好きなだけ食べて寝る。まさにこれに尽きる。酒とかあったらさらにいいんだけどな。
「……人は死ぬから」
とても音が重たく、誰にも聞かれない、聞かれたくない私の独り言が、重力に身を任せるように下に沈んでいく。見たくないものは見ない方がいい。失いたくなければ得なければいい。
私の、最適解。
「ふっ、まあピクニック気分で水も魔法瓶に入れて……。あと肉と野草でも炒めて持ってくか」
すぐに地下の倉庫から食料をワープさせ、炎を魔法で点け、炒めていく。そして味付けは魔法による旨味の素、サポールアップ。味見をする。
「うっふ、材料とか食感があれば何でもいいよな、この魔法があれば……。ふふふ」
いつもよりピクニック気分をと、魔力を込める量を多くしたがこれは美味しすぎる。噛む度に感じるこの旨味。
危うくこの薬物……いや私の手作り料理を今ここで全て食べようとしたがその感情を抑えて、箱に詰め込む。
「料理に味付けするのも久しぶりだ。いつもは面倒臭くて生でいくからなぁ。正直、元の味と食感があれば私は何でもいいな。飽きないし」
水も魔法瓶に入れて、全ての準備を終えたのでダンジョンに向かうため、扉を開いた。
家の扉を開けるとそこには少女がいた。
「あ、あの!」
ダンジョンの研究は進んでいるのかな。私が関わってた頃は確か深層の六十五層まで進めたが、着いてきた研究家どもが、マップの記録や床の材質研究などで、一部屋一部屋調べていて腹が立ったので途中で投げ出したっけな。それでも六十五層、私一人なら足手まといがいないから最下層まで行けるはずだがそれは攻略と同じなので国に怒られる……。
まあ、急ぐか。ダンジョンまで私は飛んでいこうと思ったのだが、さっきから目の前で髪の触覚がぴょんぴょん飛んで鬱陶しい。
「あの!聞こえてますか!」
「……」
人間。良い思い出もあるがあまり関わりたくないからな、どうするか。まあ面倒そうなら帰ってもらおう。でもそれをするには話さないといけないわけで……。
「……何だ」
「聞こえてたのですね!それならすぐ反応してくれても良かったのに……。お話があるんです」
「聞きた……」
「──魔法を教えてください!」
こちらの回答を待たずに挟んできた。魔法を?
「……生憎と私は今急いでるんだ。着いてこれるなら教えてやる」
「本当ですか!」
「あぁ、嘘はつかない」
「なら、全力でついていきます」
顔を引き締めて少女は言う。
「──ステルスジャンプ」
私は上に向かい、空を蹴り見通しの良い景色を眺める。
「街まで空見たのは何ヵ月ぶりかな。……まあいい」
私はダンジョンへ向かうために脚力強化の魔法をかけつつ、空を足の裏に圧縮しスタートの土台を作る。
「ステルスジャンプ!」
下の方から何度も空を蹴り、ジャンプしてこちらに来る少女が見える。
「空を作れるのか」
私の家までたどり着けたぐらいだ。それなりの可能性を秘めているのだろう……。可能性という言葉の舌触りは良く、よく日が当たる言葉だ。だが、失敗すれば期待を裏切り成功すれば忘れようとしても忘れられない過去となる。
可能性は才能だ。勿論、本人のたゆまぬ努力あってこそ。でも才能が可能性に至る九割を占めていると私は考える。
私には才能の可能性はなかった。今となれば色々な魔法を扱え、武術もだいぶ上達したが全て努力の一割だ。
少し、羨ましく思う。
でも、私がまた誰かの可能性を受け入れてしまわないようにさっさと見えないところまで行くとするか。
「一、二、三」
空で作った足場を思い切り蹴る。凄まじい速度で加速していく。
空というのは魔法と武術の合わせ技だ。魔法で空中の実体を掴み、武術の気で空を出したいところに集中させ、魔法で実体化させる。文字通り地上より上、主に空中で足場のように使うのが一般的な使い方だ。
あっという間にダンジョンに到着した。
自分だけの隠し通路までのんびり歩いていく。
ふむ。魔法を教えてほしいと少女は言っていたが何のためにだ?そこは気になる。まあ……もう会わない人のことを考えるのは無駄だな。
メモリアこそ私が暇潰しで開発した魔法だ。
今日の調子から考えるに本気の魔法を試せるな。ダンジョンが攻略されたとて見つからなければいいんだしな。あの時はずっと監視されてたから無理だったけど。
「わ!わ!」
私が来た方向からまあまあなスピードで飛んでくる少女が見えた。空で顔にかかる風は、なんとか流しているみたいだがこのままでは壁に激突して死ぬだろう。
「はぁ……」
『柔軟なる土の自動人形』
ダンジョンの壁から俗にいうゴーレムの形が創られ、勢いを殺しつつ彼女を受け止める。
「は、は、し、死ぬかと思った」
「空を使えるのだろう?」
私は問いかける。
それに、少女は突然の問いで困惑といった表情を見せる。
「ならば武術もそれなりなはずだ。だが私は放っておけばお前は死ぬと感じた。何故だ?魔法と武術の気で空を掴み、魔法で柔軟化させ、勢いを殺せばいいはず。それだけだ」
少女は狼狽えた様子でゴーレムが崩れていく様を眺めていた。
「あの、えと、まずは助けていただきありがとうございました。そもそも空って何ですか?私の目にも確かに空と気という単語は出てきましたが……あ、」
「ふむ……。お前、模倣眼か」
「え、……はい。村の皆には狙われるからと、誰にも言うなと言われてました……」
「否定はしないのか」
「はい」
「ならもう片方の目は?そもそも模倣眼は緑色なはずだが」
少女は先程より更に狼狽え、目の焦点が私から逸れる。
「何で、そのことを……。まず、私の未覚醒に見えるこの黒色の両目ですが、これは眼の情報を隠せるように作られたカラーコンタクトというものです……」
自分の眼を指差し言う。
聞いたことないな。何十年も街にも村にも行っていない間にそんなものがあったのか。
「ステルスジャンプというものは簡単な空とほぼ魔法なので模倣眼で何とか再現できたのですが……」
「そうか。ならもうひとつの眼は?」
「……」
模倣眼だけで空を蹴り、ここまで飛べたとは考えにくい。
「答えたくないなら答えなくていいが私は知的好奇心とやらが強いらしい。魔法は教えてやる。素質はある。だからその眼の名前だけ聞かせてくれないか」
太陽がじりじり焼いている地面の上に長居するのはさすがに鬱陶しい。
「まあ、中で聞かせてくれないか」
「……中?」
「こっち」
ダンジョンの壁の横側に着くと少し穴が開いているところに解錠の魔法をかけて岩の中に入り込む。
「え!?岩に入っている!?……ってこれ普通の壁じゃない?」
「いいから」
私は少女の手を取り壁の中に入っていった。
少女は私の手を強く握った。少し手汗があった。
ダンジョンの中、隠し部屋に二人で入った。
私がここの素材で作った椅子に少女を腰掛けさせる。
「魔女さん、誰にも言わないなら……教えられます……」
「そもそも人と会わないから心配ない」
「そうですか、……私のもう片方の眼は賢者眼です」
「ほう」
賢者眼……。
「ご存知かもしれませんが、賢者眼というのは魔力などの基礎補強に、万能なる思考と完全記憶、見た者が使った魔法や空地拳の再現が出来る眼なんです」
「なるほどな。私が今まで出会ってきた人間にはいなかった。各国の王が探すのもよく分かる。だが空地拳を使うのは、前提としてその知識が必要だろう?それはどこで?」
少女は太ももの上に乗せていた手を移動させ、椅子を強く掴む。
「……親から学びました。あの……魔女さんの名前は?」
「名前?ないが人々はこう言う。不死成ル魔女。かっこいい響きだろう」
私はこの二つ名が気に入っている。魔女は基本的に生まれた時から不死という訳ではない。己の基礎能力を高めて窮地に開花する。不死と成ったものは数少ない。でもこれも人間との共闘で得たものだ……。私はこの少女に可能性を期待していいのだろうか。
「良い響きだと思います。名前はないのですね。二つ名はよく知っています。昔の本にもよく出てきました。不死成ル魔女さんについて書かれた作品を読んでいたんです。貴女のことばかりを創作していた作者の散文で不死成ル魔女さんがどこに隠れ住むことになるかというものをかき集めて、見つけて、手当たり次第探して最終的に、魔女さんの家にたどり着けました」
「何が言いたい」
「私の母親も魔女だったんです」
「……。その母親は?」
少女は眉をひそめる。
「あー、眼の情報はもらったし聞かれたくないなら言わなくてもいいぞ」
少女は何かを決意したかのように呟く。
「植物状態になりました。治す魔法なども探したのですが、そのようなものはなく……」
「植物状態にか。また珍しいものだな。だが手がかりは得たのだろう?」
少女は一呼吸置き、私の目を見つめてくる。
「その時に賢者眼が覚醒して、ナナシの花があれば治すことが出来ると」
ナナシの花というのはそれはまた……。
「空想上の神の花だぞ?」
「はい。賢者眼で出たということはあるということだと思います。……それか存在していた、と」
要するに、ナナシの花を見つけて薬を作りたいから魔法を教えてくれということか。
少女の表情は重たく殴っても表情を変えなそうだ。冗談。
「まあ場所に心当たりはある。私の家の本棚に空想の世界を旅した記録の本がある」
「本当ですか……!教えてください!な!何でもします!」
何でも、か。なら……。
「お前の可能性を知りたい」
少女はきょとんとした顔になる。
「あぁ、その前に名前は?何て言うんだ?」
「ナノカ、です」
「ナノカ、ね」
あんなに人間と関わるつもりはないと思ってたはずなんだけどな。真っ直ぐな瞳と、純粋な可能性に惹かれてしまった。
「ナノカ、まず君の賢者眼と模倣眼の限界を知りたい」
「限界、ですか?」
「そうだ。どれほどの位の魔法と武術を扱えるのか。まあ着いてきて」
私は椅子から立ち上がり、ひょいひょいと手招きをしながらまた壁へと進んでいく。
ナノカもつられて壁の先へと歩きだした。
「最深層に着くまでの道は作ってある。隠し道だけどな」
道中のナノカは考え事をしているようだった。
「賢者眼なんて初めて出会ったが、それがあるなら模倣眼は必要なのか?」
「そうですね……。でも少し違うんです。模倣眼は、身体の動きもしっかりと補助してくれるんです。空を掴むものとかも」
「ほう」
「そして賢者眼は使う際のアシストみたいなものですね。一応、賢者眼で情報は出るのですが模倣眼で試してみて賢者眼で応用?みたいな。覚醒してからそれほどの月日は経ってないので詳しくは分かりませんが感覚ですかね」
「なるほどな。ちなみに私の眼は何だと思う」
ナノカはじっとこちらを見てくる。だが数秒見て首をかしげる。
「分かりません。黒いですし未覚醒ですか……?でも聞いてきたから何かあるはず……」
私は少し気分がいいぞ。
「少し黒が薄い気がしないか?」
ナノカは歩くのを止めて、確かに、と驚いた顔をする。
「じゃあ、何の眼ですか?」
「片方は余命眼。他者がそのまま生きたとしてその時の余命が分かる眼だ。これはころころ変わるのであまりあてにしていない」
もう片方は?そう目で聞いてくる。
「もう片方はつまんない魔女眼だ。魔女だけが持つ眼だな。覚醒はしてないから黒だが効果はある」
「どんな効果が?」
「まぁその話はおいおいな。振っておいてなんだが。着いたぞ」
そこには瞬間転移の魔法陣がある。
「これ……瞬間転移……?」
「こことダンジョンの最下層を繋いだんだ。魔法の暇潰しにもってこいだからな最下層は」
「これ、ここでこうなって……?ふ、複雑すぎる!」
ナノカは夢中なようだ。
「これを創るのは大変だったな」
私は魔法陣がある床をさする。手にかかった埃にフッと息を吐く。
魔法を試して心ゆくまで蹂躙しようと思ったが予定変更になっちゃったな。まあこれもまた一興。
「行くぞ、ナノカ」
「はい!魔女さん」
魔力を循環させる。
『イニティ』
神々しい光が辺りを照らし始め、私とナノカはその光に包まれた。




