第1話 若返り
私はミュゼリア・フローレンス。名前だけは歴史ある貧乏貴族の長女として生まれた。
17歳の年のある日、祖父が婚約を持ってきてご挨拶したのが旦那様となるイアン・ガルドレイク様。
公爵家の人で、黒髪の鋭い眼をした美麗でたくましい身体の持ち主だ。
私の意思とは関係なくあれよあれよと結婚が決まった。
旦那様とは結婚式をしてから一度も会っていない。
結婚後すぐに旦那様は王様の命令で長らく争っていた国々の平和協定のため仲介役兼見届け人として遠い国に行ってしまわれたのだ。
毎月手紙を定期的に送ってくださっていたが、次第に届かなくなった。
すぐに帰ってくるはずだったのに、いざこざが起きて長引いているらしいと最後の手紙に書いてあったが、それ以降何も連絡はなかった。しかし結婚して1年過ぎた後、使用人たちが旦那様は現在王都に戻っているらしいと聞いた。
なら、近々お会いできるだろうと待っていたが、1年経っても帰ってこない。
使用人達に聞くと、さあ?わかりませんと返してくれなかった。
その後、使用人の噂話をこっそり聞いた内容は、旦那様は王都で本命のお相手と暮らしているということだった。。
ああ、そうか、私は元々必要とされてない人間だったのか、とすごく落ち込んだ。
味方が一人もいない生活が続き、憐れだと笑うもの達が増え、私は旦那様に相応しくないと使用人たちのいじめがヒートアップした。それが堪えきれなくなり、今はほとんど使われていない別館に逃げ込んで一人生活をしている。
もともと貧乏だったから自分のことは自分で世話ができたので、苦労はそれほどなかった。
別居生活をして5年。私は23歳になった。
誰一人私の誕生日を祝ってくれる者はいない。
逃げようにも旦那様は家に多額のお金を支払ってくれたので、実家には帰れない。
「私こそが○○様の隣に相応しいのに、この貧乏貴族が!」
目の前にいる美しいが化粧が濃い女性は旦那様と不倫していると言う。早く離婚して妻の席を譲れとやってきたのだった。
「私の一存では離婚できません」
「貴方から○○様に離婚したいって、言うだけでしょ!?」
「貴族の婚姻は家同士の繋がりが主です。結婚も離婚も妻個人ができるものではありません。父の判断が必要となります。」
「なら直ぐ様お願いして!」
「きっと父はお許しになりません。私の家は貴方がおっしゃる通り、貧乏ですから」
私は首を振って相手のお願いを聞けないことを伝える。
離婚できるならしたいに決まっているでしょう。こんな生活から抜け出したいのに。
「ならこれを自分で飲みなさい!離縁ができないなら死別すればいいのよ。」
浮気女は小さな液体が入った小瓶を渡しに向かって付き出した。
「さあ飲みなさい!」
無理矢理渡された小瓶を見つめた。
小瓶に映るやつれた顔、痛んだ髪、手をみれば掃除でボロボロになった手を見た。
こんなので、こんなつらい生活からお別れできるのであれば飲んでみてもいいかもしれない。
毎日の食事も満足に出されていなかった。
私は空腹と救済を求めて、渡された毒薬を一気に飲みほした。
浮気女性はすぐ飲むとは思っていなかったのか驚いている。
たちまち全身が針で刺されている痛みと高熱で意識が飛びそうになる。
立っていられなくなり地面に倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中でどこかから男性の声が聞こえ、その後女性の叫ぶ声がした。
突如私を抱き上げる衝撃がとてつもない痛みを引き起こし、私の意識はそこで途切れた。
ぼんやりと目が覚めた。
見慣れない天井…いや、屋敷に来てから何度も使った本館のベッドの天蓋だ。
「目が覚めたか。君は丸3日眠ったままだった。」
声の方に振り向くと、とても久しぶりに見る旦那様がベッドの横に椅子を置いて座っている。
私は死ななかったようだ。たぶん旦那様が帰ってきて私を見つけたのだろう。
「…お帰りなさいませ、旦那様」
毒を飲んだ影響だろうか、声の高さがおかしい。いつもより子供のような高い音になっている。
「今まで留守にしていて、すまなかった。」
旦那様は頭を下げている。
五年も放置していた罪悪感はあるのか。
「あの…女性は」
「あの女なら今は牢屋にいる」
「?大事な人なのでしょう?」
「誰のだ」
「旦那様の愛人では?」
旦那様は私の言葉を聞くと眼を見開き、眉間に深いシワをつくった。
「違う。俺には愛人など一人もいない。ましてや側室もいない。お前だけだ。」
「そう…なんですか?」
「そうだ!」
「では、何故家に一度もご帰宅されなかったのですか?せめて連絡だけでもよかったのに…」
「それは…すまない」
旦那様は本当に申し訳なさそうな顔で、今までのことを説明してくれた。
平和協定を結んだ後、戦争が続くことを願う派閥に国王達がが署名した謄本を盗まれてしまい、それの捜索にあたっていたとのことだ。国民の命が左右されるとても重く価値のある紙が盗まれたなんて公にすることもできず、極秘に走り回って5年かかってしまったそうだ。
謄本は魔法で燃えたり濡れたりしないようになっていたから消失は免れたらしい。
「そうだったのですか…長らく大変でしたね」
「それはお前もだろう!聞いたぞ!使用人達を問い詰めるとお前の衣食住満足に世話をせず、お前に使うようにと任せていた金は着服されたいた!何故一枚も手紙を寄越さなかった!」
「お手紙は何度かお送りしましたが…」
「届いていないぞ…?」
ああ、なるほど、メイドが手紙を捨てていたのだろう。私からの手紙は旦那様には一切届いていなかった。
「聴取が終わればすべての使用人は解雇するから安心してくれ。今後についてその身体を治す方法を探していこう。」
自分の手をみると手が小さい。あの毒薬は身体を溶かすものだったかと次は足を見るため掛け布団をめくった。
足が短くなっている。
「鏡で全身をみるといい」
旦那様は私を軽々と抱き上げて全身が映る姿見鏡の前に立たせた。
鏡に映るのは一人の5歳くらいの幼い少女だった。
私が体をよじると同じく鏡の少女も動く。旦那様を見ると上の方に顔があって過去に見た身長差の景色じゃない。
あり得ないと鏡に向かって様々なポーズをとってみたら、反転したポーズがそこに映っている。
「私…子供になった?」
顔を抓ると痛みがある。夢ではないらしい。
「君が倒れたところを見つけた後、みるみる身体が縮んでいったんだ。お前を殺そうとした女は若返りの効果があると知らなかったらしく、解毒薬などは見つかっていない。」
おかしなことがあるものだと私は目を丸くした。
「このまま君を隠しきるのは難しい。だから君は今日から俺の娘として過ごしてほしい。その姿なら結婚してすぐにできた子だと騙せるだろう」
娘?????私が???
思考が追い付かないまま、あれよあれよと王都に移り住むことになった。
私は住んでいた旦那様の屋敷で産後不良でずっと療養しているという話になった。
「旦那さ…」
「旦那様はその年の子供が言うのはおかしいだろう。父と呼ぶように。君の今からの名はミィ…にしようか。あと…二人っきりは名前を呼んでくれ。」
確かに誰が聞いているかわからない。
「わかりました、お父様」
旦那様——イアン様は心臓のあるあたりを掴んで向こうを向いてしまった。
夫婦だったのにお父様と呼ばれるのは違和感があるだろう。私も娘って呼ばれるのは変な気分だ。
冷め切ったと思っていた夫婦の私たちは、親子になった生活が始まった。
生活は激変して、今までできていたことが身長のせいでうまくできないことが増えたが、イアン様をはじめ使用人たちが世話をしてくれるようになった。
もっと驚いたことに、旦那様は私に欲しいものをなんでも買ってくれるようになった。
クローゼットには収まり切れず衣裳部屋ができるほどの大量の子供服、本が好きだと言えば童話から専門書まで次の日には屋敷に届いていた。
毎日と言っていいほど花を買ってくる。
そんなにいらないと止めなければならないほどは旦那様の優しくしてくださる態度に圧倒される日々だった。
王都の生活が始まって1週間後、イアン様は薬の件を報告してくれた。
「ゴホンッ…薬の件だが、あの女が話すには王都の治安の悪い下町で売っていたそうだ。そこに調査に行部下を行かせたが、もぬけの殻で何も情報が手に入らなかった。すまない」
「そうですか…」
私はイアン様のお荷物になってしまっている。本来なら帰ってきた夫を癒し、跡継ぎを作らないといけないのに今はこんな体だ。
「イアン様…今回の事は私の責任です。離縁をお望みなら私はいつでも――――」
「離縁はしない!」
大きな声で否定されてびっくりしてしまった。
イアン様は口を片手で抑え、大きな声を出したことを謝罪してくれた。
「毒を飲みたくなるほど追い詰めたのは俺が原因だ。ミュゼリア、君は悪くない。」
イアン様の目をみると本気で別れる気はないようだ。
この人はとてもお優しい。平和条約の締結に他国へ行かなければ、この人と愛し合い、尊敬しあえたかもしれない。
「ありがとうございますイアン様。私はイアン様が家の援助をしていただけるだけで何もいりません。それだけで多大なる恩を感じておりますから」
これ以上私のためにお金を使わなくてもいいと伝えると、イアン様は困った顔をした。
「俺がしたいからしているんだ。その…好きなものや嬉しいものは素直に受け取ってくれると、嬉しいのだが」
顔を紅くして頭をかいていらっしゃるイアン様を見て、私は胸の奥が暖かくなるのを感じた。
「イアン様、もうひとつ。私がいつ元に戻れるかわかりません。一生戻らないかも…。だから跡継ぎのために側室や愛人をつくっていただいてもかまいませんから。むしろそうした方が…」
「それもしない!俺はミュゼリア以外を抱く気はない!!!」
二度目の叫びに私はひっくり返ってしまった。
「戻ったらすぐに君を抱く。それまで覚悟だけはちゃんと決めておけ」
イアン様は耳まで真っ赤にして部屋から出ていった。
私も熱がうつったかのように顔が熱くなって、心臓がバクバクと鼓動を打っていた。
元に戻ったら抱かれてしまうのかと、それはそれで恥ずかしいような怖いような気持になった。




