第7話 オークの洗礼と看破する眼
冒険者ギルドの受付窓口。
俺はリュックを背負い、昨日と同じ窓口へ向かった。
「昨日預けたナイフの受け取りを」
「朝倉様ですね。お待ちしておりました」
窓口にいたのは、昨日の夜勤とは違う――ベテランの女性職員だった。
彼女は奥の保管庫から『高品質なゴブリンナイフ』を取り出し、カウンターに置く。
「メンテナンスは完了しております。それと、昨日の記録ですが……第二階層の『ゴブリンキング』をソロで討伐されたのですね?」
「ええ、まあ」
「討伐記録がギルドカードに刻まれましたので、本日から入り口の『転送システム』がご利用いただけます」
「……転送システム?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、彼女はにこやかに説明を続けた。
「ダンジョンは二階層ごとにボスが存在します。ボスを倒してゲートを開放すれば、以降は入り口の転送陣から直接その階層へ飛べるんです。帰りも一瞬ですよ」
(……マジかよ。知ってたら昨日の夜、キング倒した後にわざわざ歩いて戻らなかったのに……!)
初心者の情報不足を呪いつつ、気を取り直す。
つまり今日からは退屈な道中を丸ごとスキップして、一気に第三階層の稼ぎ場へ行けるってことだ。
「ありがとうございます。早速使わせてもらいます」
俺はナイフを腰に差し、ゲートへ向かった。
◇
入り口の青く光る魔法陣。
冒険者証をかざして足を踏み入れると、一瞬の浮遊感。
視界が切り替わった。
「……ここが、第三階層」
第二階層までの湿った土と苔の森とは違う。
古代遺跡みたいな石造りの通路。少し開けた空間。乾いた冷気。
俺は肩のドローンを起動し、配信をオンにする。
ホログラムを開いた瞬間――目を疑った。
『待ってたぞ寝落ちニキ!!!』
『うおおおおお配信始まった!!』
『昨日のキング戦の切り抜き見て来ました!』
同接が、みるみる増える。
数百を超え、なお増え続ける。
(……バズったのか)
状況を説明するより先に、通路に重い足音が響いた。
ズシン、ズシン。
現れたのは、ゴブリンとは比べ物にならない巨体。
分厚い脂肪と筋肉の鎧――オーク。
通路の奥から次々と出てきて、合計五匹。
粗末な斧や棍棒を握り、こちらを睨みつける。
『うわ、いきなりオークの群れだ!』
『おいソロでオーク5体はキツいだろ!』
『ニキ逃げて! 前衛3人でも事故る数だぞ!』
コメント欄が一気にパニックに染まる。
オークたちは地響きを立てて突進してきた。
なのに――俺の心は、恐ろしいほど冷静だった。
「……なるほど。これが第三階層か」
呟くと同時に、目を閉じる。
全身の力を抜き、意識を手放す。
強烈な睡魔が脳を打ち据え――俺は立ったまま、深い眠りへ落ちた。
◇
真っ黒な空間。
いつものレトロなコマンドウィンドウが浮かぶ。
『オーク×5 が あらわれた!』
『たたかう 消費SP:10』
『まほう』
『どうぐ なし』
『スキル:カウンター 消費SP:500』
『にげる 消費SP:100』
目の前のドット絵には、五匹のオーク。
魔法なら一体50。五体で250。
でも今の俺はレベル8。武器は高品質ナイフ。通常攻撃なら――五体倒しても50だ。
答えは決まっている。
俺は迷わず『たたかう』。
ターゲットは『オークA』。
『ユウマ の こうげき!』
◇
ドローンが捉えた映像に、コメント欄が発狂寸前で跳ねる。
『は!? いきなり寝た!?』
『いや寝てる場合じゃないって! オークの斧が!』
巨大な斧が、無防備な俺の頭上へ振り下ろされる。
――が。
完全に脱力した身体が、最小動作でふらりと横へ揺れた。
紙一重。ミリ単位。
ドゴォォンッ!
石畳が砕ける。
その瞬間、俺の腕が跳ね上がった。
ゴブリンナイフが、分厚い脂肪を無視して首の動脈へ深々と突き刺さる。
一匹目が崩れ落ちる。
休む間もなく二匹目、三匹目。
俺の身体は隙間を縫うようにスルスルとすり抜け、膝の関節、顎の下、喉元――急所だけを選んで刃を打ち込んでいく。
『は!? なんだ今の動き!?』
『5連撃!? オーク相手にナイフで!?』
『回避の変態すぎる……軌道が全部見えてる……』
十数秒。
俺がパチリと目を開けた時、そこに残っていたのは――五つの巨大な魔石だけだった。
息ひとつ乱れていない。
俺は魔石を拾い上げ、背負ったリュックへ手を入れる"フリ"をして――
実際にはすべて『収納』へ放り込んだ。
重さは、ゼロ。
その時、視界の端でシステムが明滅する。
『オーク を たおした!』
『レベル が あがった!』
『レベルアップボーナス! HP と SP が ぜんかいふく した!』
俺は小さく息を吐き、遺跡の奥へ続く通路を見据えた。
◇
第三階層から第四階層への道中は、文字通りの"作業"だった。
転送システム。
そして『収納』。
この二つが揃うと、探索の常識が壊れる。
重量ペナルティがない。疲労も溜まらない。荷運びのための撤退もいらない。
遭遇するオークの群れは、すべて『たたかう』で各個撃破。
寝る。選ぶ。起きる。拾う。
それだけで、通路が魔石だらけになっていく。
そして二時間後。
俺は第四階層の最奥――ボス部屋へ通じる巨大な両開きの扉の前に立っていた。
重厚な石と鉄。近づくだけで圧がある。
「……さすがに少し腹が減ったな」
俺は立ち止まり、頭の中で念じる。
ポンッ。
虚空から現れたのは、今朝ファストフード店で買っておいた紙包みのハンバーガーと、よく冷えたペットボトルのコーラ。
包みを開けると、肉とチーズのジャンクな匂いが広がった。
一口かじる。バンズはふかふか。パティは熱々。
コーラを流し込む。炭酸が喉を刺し、気持ちいいほど爽快に抜けていく。
『収納』による完全な状態保存。
深層で、最高のコンディションの飯が食える。
――これだけで、心の余裕が段違いだ。
食事を終え、ステータスを呼び出す。
現在のSPは十分すぎる。
ボス戦には問題ない。
俺は軽くその場でジャンプしてみた。
ふわり、と異常に長い滞空。着地の衝撃は、筋肉がバネみたいに吸収する。
確かな自信が、胸の奥で形になる。
俺は両手を扉に押し当て、力強く押し開いた。
◇
ボス部屋は、巨大なコロッセオみたいな円形の石室だった。
中央に陣取るのは、五体の魔物。
奥に鎮座するのは、身長三メートルに迫る巨体。
全身を分厚い黒鉄のフルアーマーで覆い、巨大な戦槌を持つ第四階層ボス――『オークジェネラル』。
両脇を固めるのは、大盾と長剣の『オークナイト』二体。
後衛には、杖を持った『オークマジシャン』二体。
陣形が完成している。
こいつら、知能がある。
『うおおおお出たあああ!!』
『ジェネラルだけじゃない!? 取り巻き4体もいるぞ!』
『陣形組まれてる! マジシャン残すと魔法飛んできて終わるぞ!』
『ニキどうする!? また寝るのか!?』
コメントが滝のように流れる。
俺はナイフを抜き放ち――当然のように、目を閉じた。
◇
真っ黒な空間。
五体のオークが、陣形を組んだドット絵で並んでいる。
『オークジェネラル と オークナイトA〜B と オークマジシャンA〜B が あらわれた!』
『たたかう 消費SP:10』
『まほう』
『どうぐ なし』
『スキル:カウンター 消費SP:500』
『にげる 消費SP:100』
RPGのセオリー通り、まずは厄介な遠距離から潰す。
俺は迷わず『たたかう』。
ターゲットは『オークマジシャンA』。
『ユウマ の こうげき!』
ポン、と軽い電子音。
俺の意識は深い眠りの底へ沈んだまま、肉体は完璧な死闘へ躍り出た。
◇
『寝たああああああ!!』
『この構成相手に寝るとか狂ってんだろww』
ドローンの視界。
後衛のマジシャンが杖を振り上げ、炎弾を放つ。
同時に前衛のナイト二体が、大盾を構えたまま左右から突進。
魔法と物理の連携。
逃げ道を潰す、正しい戦術。
――だが。
完全に脱力した俺の身体は、炎弾の軌道を首のわずかな傾きだけで躱し、そのまま低い姿勢で滑るように前へ出た。
ナイトの長剣が空を切る。
俺はその股下をスライディングで潜り抜け、後衛へ肉薄する。
跳ね上がったナイフが、驚愕に目を見開くマジシャン二体の喉笛を、流れるような連撃で正確に掻き切った。
返す刀で反転。
迫るナイト二体の足の腱を断つ。
体勢が崩れた瞬間、鎧の隙間――首の後ろへ刃を突き立てる。
『は!?』
『前衛すり抜けて後衛から狩った!?』
『動きが最適解すぎる……!!』
四体が光の粒子となって消える。
残るは一体。
オークジェネラルが咆哮し、必殺の戦槌を横薙ぎに振り抜いた。
暴風のような鉄塊。
だが俺の身体は、地面スレスレまで上体を反らし、信じられない柔軟性でその下を潜り抜けた。
そのまま右手をスナップするように突き出す。
――ノーモーション、無詠唱。
分厚い装甲に対する"最適解"。
指先から放たれた火属性魔法が、ジェネラルの足元で爆発的な火柱を上げた。
「グォォォォォッ!?」
黒鉄の鎧は熱を弾く。
だが隙間を覆う革は燃える。
露出した装甲の隙間。
俺の身体は火柱の残滓を突っ切るように踏み込み、逆手のナイフを――首元の隙間へ吸い込ませた。
ズバァァァッ!!
動脈を断つ鈍い音。
ジェネラルの巨体が遅れて痙攣し、轟音とともに石畳へ崩れ落ちた。
『マジかよ……』
『回避→後衛処理→無詠唱魔法→首切りコンボ!?』
『しかも全部目ェ閉じたまま!? 意味わからん!!』
熱狂と混乱をよそに、俺はパチリと目を開けた。
ジェネラルの死体が霧散し、特大の魔石がゴロリと転がる。
「……完璧だな」
俺は息ひとつ乱さず、特大魔石を拾い上げ、『収納』へ放り込んだ。
◇
都内、某大型ギルドのロビー。
喧騒から少し離れたカフェスペースで、白銀の髪を持つ少女――神城栞が、スマホの画面を食い入るように見つめていた。
画面には、今まさに話題の「寝落ちニキ」。
第四階層のボスと取り巻きを屠った瞬間のリプレイ。
コメント欄は『未来予知』『無敵の回避』と騒ぎ立てている。
だが栞の視線は、まったく別の場所を追っていた。
「……未来予知じゃない」
彼女は信じられないものを見るように、画面の中の優馬の"筋肉の動き"を追う。
「攻撃される直前まで、全身の筋肉が完全に弛緩してる……。そして、コンマ数秒で避けるために必要な筋肉だけを爆発的に動かしてる」
普通、人は恐怖と緊張で硬直する。無駄な力が入る。
だが彼は違う。
まるで――意識を完全に手放し、肉体を何かのシステムに"自動操縦"させているみたいな挙動。
「……あり得ない。人間業じゃない。でも……」
栞の胸の奥で、トクリ、と心臓が大きく跳ねた。
恐怖じゃない。
抑えきれない好奇心だ。
「もし……私がこの人に『支援魔法』をかけたら」
最適解で動く自動操縦の肉体に、強力なバフが乗った時。
どれほど美しく、どれほど凄まじい動きになるのか。
「……朝倉、優馬」
画面の向こうの非常識な探索者。
誰も気づいていない戦闘の本質を見抜いた栞は、未知の戦い方へのワクワクと、彼と組んでみたいという衝動に瞳を輝かせた。
看破する眼。この世界には、見えないものを見る力がある。
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