表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/24

第6話 ピンクの心臓とレベルアップの味

 深夜2時の冒険者ギルド。

 日付が変わっても稼働し続けるこの施設は、昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。


 深夜営業のコンビニよりもさらに冷たい。

 無機質で、どこか殺伐とした空気がロビーに漂っている。


 俺は肩に食い込むリュックのベルトを握り直し、受付カウンターへ向かった。

 歩くたび、背中で硬い塊がごつごつぶつかり合う感触がある。

 かなりの重量のはずなのに、不思議と足取りは重くない。


 レベルが――5から8へ。

 一気に跳ね上がった恩恵か、全身の筋肉と関節には薄いバネが仕込まれたような万能感があった。


 カウンターの向こうには、夜勤の男性職員。

 パイプ椅子に浅く腰掛け、ひどく退屈そうに書類をめくっている。


 俺は無言で、ずっしり重いリュックをカウンターへ下ろした。


 ドサッ。


 鈍い音が、深夜の静寂を割る。


「……はい、お疲れ様です。査定ですか?」


 眠そうに瞬きをしながら、職員が立ち上がる。

 俺は答えず、リュックのジッパーを全開にした。

 そして中身を査定用のトレイへ――一気に流し込む。


 ジャラジャラジャラッ!


 硬質な音がロビーに響く。

 トレイの上に積み上がったのは、第2階層の道中で狩り尽くした数十個の魔石。

 薄暗い照明の下でも、微かに魔力を帯びて鈍く光っていた。


 さらに俺は、その山を崩さないように、リュックの底から『一番の獲物』を慎重に取り出す。


 野球ボールほどの大きさ。

 『ゴブリンキングの魔石(大)』。

 周囲の小型魔石とは比較にならないほど濃密で、禍々しい気配を放っている。


 最後に、さっき手に入れたばかりの『高品質なゴブリンナイフ』を抜き取り、トレイの横へ添えた。


「……査定、お願いします。あと、このナイフの預かりも」

「…………えっ」


 職員の動きが、文字通り止まった。

 限界まで見開いた目が、魔石の山と、異質な大玉と、そして俺のボロボロのパーカーを何度も往復する。


「こ、これ……キングの魔石ですよね!? それにこの小型魔石の数……まさか、これ全部お一人で?」

「ええ。まあ、運が良くて」


 淡々と答えると、職員はごくりと唾を飲んだ。


「……わ、わかりました。こちらの高品質ナイフは規則通り、ギルドの保管庫でお預かりします。点検を済ませておきますので、次回の探索前に窓口でお声がけください」

「了解です」


 ダンジョンで得た強力な武器は、許可なく街へ持ち出せない。

 初日の講習で叩き込まれた基本ルールだ。

 俺にとって武器は仕事道具で、次に潜る時ここにあればそれでいい。


 職員は緊張した手つきで、魔石を一つずつ専用の計量器へ移し始めた。

 カチャリ、カチャリと弾かれる音。


 キングの魔石をスキャナーのような機械に通した瞬間。


 ピピピッ。


 高い電子音が鳴り、職員の顔がさらに引きつった。

 やがて査定が終わり、職員は俺の冒険者証を端末へ差し込んだ。


「……査定、終わりました。報酬をチャージします」


 ピロッ、と軽い電子音。


「ご確認をお願いします」と丁重に返された冒険者証を受け取り、俺はカード右上の小さな液晶パネルへ視線を落とした。

 そこに表示された残高を見た瞬間――呼吸が、ふっと止まる。


(……マジかよ。これ、全部俺の金か)


 数字は、俺が会社員として一ヶ月必死に働いて受け取っていた手取り額を、あっさり超えていた。

 指先が、微かに震える。


 毎日満員電車に押し潰され、理不尽に耐え、泥のように疲労して稼いでいた『一ヶ月』。

 それが、たった一晩でひっくり返った。


 しかも俺がやったことといえば――敵の前で寝て、起きて、魔石を拾っただけだ。


 胃の奥から熱いものがこみ上げる。

 恨みじゃない。怒りでもない。

 生き延びた、という安堵。

 そして爆発しそうなほどの歓喜。


(やった……これで、家賃の催促に怯えなくていい)


 毎晩スーパーの惣菜コーナーを徘徊して、半額シールを待つ。

 残り一つの弁当を他人と奪い合う。

 そんな惨めで、心がすり減る生活から――抜け出せる。


 明日からは、値札を気にせず温かい唐揚げが買える。

 ほかほかの白飯が食える。腹いっぱい、うまい飯を食って、誰にも文句を言われず眠れる。


 ただ息をして生きるだけで精一杯だった俺の日常に、初めてはっきりと『希望』が差し込んだ。


「ありがとうございました! お疲れ様です!」


 俺はにやけそうになる頬を引き締め、足早にギルドを後にした。



 カビと埃の匂いが染み付いた4畳半。

 ガチャリと鍵を閉めた俺は、床に空っぽのリュックを下ろし、そのまま万年床へダイブした。


 ポケットから冒険者証を取り出し、仰向けのまま両手で掲げる。

 小さな液晶パネルの数字を思い出すだけで、勝手に口元が緩んだ。


「……最高だな。ほんと。生きてて良かった」


 しばらく天井に向かって余韻に浸り――ふと起き上がる。

 床に投げ出したリュックを引き寄せ、念のため逆さにして底の砂や埃を払おうとした。


 その時。

 コロン、と軽い音。

 換金し忘れた小さな物体が、床へ転がり出た。


「ん?」


 拾い上げる。

 ピンクのハート形の石。

 ゴブリンキングの死体が消えた後に落ちていた――あれだ。


「なんだこれ……変な石だな」


 手のひらの上で、石は淡く妖しく明滅を繰り返していた。

 まるで本物の心臓みたいに、鼓動するようなリズム。

 冷たいようで、温かい。触っているのに、掴みきれない感覚。


 鑑定スキルなんて便利なものはない。

 素材なのか、アイテムなのか、使い道はさっぱりだ。


 それでも――手放したくない。

 昔ハマったRPGでレアアイテムを拾った時みたいな、妙な引力がある。


「……ま、寝ればわかるか」


 どうせ今考えても答えは出ない。

 俺はその石を、お守りみたいに枕元へコトリと置いた。


 ボロボロの掛け布団をすっぽり被る。

 レベルも上がった。生活費も稼いだ。変なドロップも拾った。


 理不尽な世界で、ようやく見つけた生きる術。

 その喜びを胸の底で確かめながら――俺は最高の報酬である8時間の睡眠へ落ちていった。



 深い眠りの底。

 浮かび上がるように意識が戻っていく感覚の中で、俺はまた真っ黒な空間に立っていた。


 静かで、冷たくて、音がない。

 だが今日は――いつもと違う『異物感』がある。


 視界のど真ん中に、いつもの3つの宝箱シルエット。


 『睡眠時間:8時間を達成しました』

 『睡眠ボーナス:夢の三択が発生します。一つを選択してください』


 ここまでは同じ。

 8時間きっちり寝た証拠。


 俺がどれかに触れようと、手を伸ばしかけた瞬間だった。

 足元から、ふわりと淡いピンクの光が波紋みたいに広がった。


「……なんだ?」


 真っ黒な空間が、その光に照らされていく。

 光の源は、俺のすぐ傍らに浮いていた。


 枕元に置いたはずの――あのピンクのハート形の石。


 石は意志を持ったみたいに激しく脈動し、心臓の鼓動のようなリズムを刻み始める。


 ドクン、ドクン。


 音のないはずの空間に、確かに響いた。

 そして次の瞬間。


 パリンッ。


 薄いガラスを割ったような小気味いい音とともに、石は無数の光の粒子になって弾け飛んだ。


 『夢の欠片 が 反応しています』


 無機質なアナウンスが脳内に響く。

 同時に、目の前の3つの黒いシルエットが、内側から発光するように――眩い黄金色へ染まっていった。


「……マジか」


 形は同じ。

 だが『格』が違う。直感でわかる。

 昨日手に入れた初級魔法なんて比じゃない。


 中身が、明らかに上位だ。

 俺は高鳴る胸を抑え、迷わず一番右の黄金に指先を触れた。


 『スキル:【収納】を獲得しました』


 ――パチリ。


 刺すような朝の光で目が覚めた。


「……収納、か」


 万年床から起き上がる。

 レベル8の肉体の軽さに加え、頭の中に『今までなかった感覚』が定着している。

 見えないポケットが、自分の身体のどこかに縫い付けられたみたいな感覚。


「魔法に続いて……これもファンタジーの定番だな」


 俺は抑えきれず、手近にあったペットボトルへ手を伸ばした。

 触れたまま、強く念じる。


(……入れ)


 フッ。


 音が消えるみたいに、ペットボトルが空間へ溶けて消えた。


「おぉ……っ」


 目を閉じると、脳裏に無限に広がる真っ暗な空洞が見える。

 その中心に、さっきのペットボトルがぽつんと浮いているのが『わかる』。


(出ろ)


 念じた瞬間、手の中に硬い感触が戻る。

 重量も冷たさも、変わらない。


「すげえ……じゃあ、これは?」


 俺はキッチンへ向かい、やかんを火にかけた。

 ピーッという甲高い音。

 欠けたマグカップに、沸騰したばかりの熱湯をなみなみ注ぐ。


 湯気が立ち上り、指先にじんわり熱が伝わる。

 それを――収納。


 そして1時間、時間を潰した。

 シャワーを浴び、探索の身支度を整える。いつもなら憂鬱な時間が、今日は短い。


 1時間後。


(出ろ)


 ポンッ、とマグカップが虚空から現れ、俺の手に収まった。


「……熱っ!」


 思わず声が漏れる。

 注いだ直後と同じ熱量。

 湯気の勢いすら、1ミリも落ちていなかった。


「時間停止……いや、状態保存か」


 鳥肌が立つ。

 これがあれば、大量の魔石も重量ゼロで持ち歩ける。

 食料を入れておけば腐らない。いつでも温かい飯が食える。

 探索の利便性――そんな言葉じゃ足りない。完全にチートだ。


 だが興奮が落ち着くと、同時に厄介な問題が浮かび上がる。


「……これ、絶対バレちゃマズいな」


 『収納』なんて、超レア。

 昨日あれだけ苦労して魔石を運んだのに、次から毎回手ぶらで査定に出したら不自然すぎる。


 俺が欲しいのは、目立つ名声じゃない。

 安全で、豊かな、平穏な生活だ。

 ギルド上層部や厄介な探索者に目をつけられて、モルモット扱いされるのだけは御免だ。


 平穏に稼ぐには、どこにでもいる――『ただ少し運がいいだけの荷物持ち探索者』の皮を被り続ける必要がある。


 俺は玄関の床に転がっていた、空のリュックを見下ろした。

 昨日、肩がちぎれるかと思うほど俺を苦しめた元凶。

 それを拾い上げ、両肩に背負う。

 空っぽだから、羽みたいに軽い。


「……これだな。これが一番安全なカモフラージュだ」


 これからも俺は、このリュックを背負って潜る。

 帰り際も、魔石でパンパンにしている『フリ』をする。

 実際の魔石は全部、収納へ。

 周りの目をごまかしつつ、快適に稼ぐための最適解。


 準備は整った。

 俺はアパートのドアを開け、外の空気を深く吸い込んだ。


 今日は、昨日手に入れた新しい武器の試し切り。

 そして、まだ見ぬ第3階層の探索。


 新しいスキルと、自分の手で掴み取った希望を胸に――

 俺はいつもよりずっと軽い足取りで、ダンジョンの入り口へ向かった。


レベルアップの味、優馬はこの先もっと知ることになります。


ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

感想もお待ちしています。毎日更新中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ