第4話 死闘のコマンドと切り札
真っ黒な空間。
目の前には、巨大なゴブリンキング。その背後に並ぶ二匹のゴブリンウィザード。
粗いドット絵が、じわり、じわりと揺れている。
やることは、ひとつだ。
寝る。選ぶ。起きる。生き残る。
俺は迷わず『まほう』を選び、『火属性魔法(初級)』を指定する。
ターゲットは、当然キング。
『ユウマ は 火属性魔法(初級) を となえた!』
『ゴブリンキング に ダメージ!』
『しかし ききめ は うすいようだ……』
「……なるほど。効き目が薄いか」
夢の中の俺は、テキストを読んで状況を理解した。
そして――向こうのターンが来ていることも。
『ゴブリンキング の こうげき!』
『ユウマ は こうげきをかわした!』
回避。つまり現実の俺の身体は、もう動いている。
◇
ドローンの配信画面は、かつてない阿鼻叫喚に包まれていた。
ゴブリンキングが振り下ろした丸太のような棍棒が石畳を粉砕し、爆風と粉塵を巻き上げる。
だが、その土煙の中心で――朝倉優馬は、完全に目を閉じたまま立っていた。
紙一重。いや、ミリ単位。
脳天を叩き潰すはずだった一撃を、首をほんのわずか傾けただけで躱している。
『嘘だろ、今の避けたのかよ!?』
『推奨レベル10のボスだぞ! ソロでかすったら即死だ!』
◇
真っ黒な空間。
魔法の効きが薄い。キングは硬い。タフい。時間を食う。
なら、手順を変える。
セオリー通り、まずは後ろの厄介な魔法使いからだ。
ターゲットをウィザードAへ。魔法を三発叩き込む。
『ゴブリンウィザードA を たおした!』
続けて、ウィザードB。同じく三発。
『ゴブリンウィザードB を たおした!』
◇
配信画面では、目を疑う光景が続いていた。
二匹のウィザードが放つ火球。キングの暴風のような棍棒。逃げ場のない波状攻撃。
だが優馬は、踊るようなステップでそれらをすべてすり抜けていく。
そして目を閉じたまま、指先を突き出し――ノーモーションで炎を連射した。
『無詠唱連発キタァァァ!』
『ウィザード2匹落ちたぞ!』
『何者なんだよこの寝落ち野郎!』
同接は跳ね上がり、1000人を突破していた。
◇
夢の中。
取り巻きが消え、画面にはゴブリンキングだけが残った。
ここからは削り合い。俺は『たたかう』と『まほう』を交互に叩き込む。
たたかうを八回。まほうを二回。
それでもキングは倒れない。だが俺は確かな手応えを見つけた。
ウィンドウに表示されているボスの名前。最初は真っ白だった文字が、いつの間にか――オレンジ色に変わっている。
「……よし。半分は切ったな」
昔のRPGにありがちな、親切なUI。助かる。
俺はさらにコマンドを叩き込む。しかし文字色は、オレンジのまま動かない。
やはり推奨レベル10。桁が違う。
そして、消費したSPの感覚が告げる。
――そろそろ残りが半分を切る。
このままでは、いずれSPが尽きる。SPが尽きたら回避も鈍る。最適解の動きが鈍る。
それは、この部屋での死に直結する。
そう思った矢先だった。
『ゴブリンキング は いかりくるっている』
『ゴブリンキング は おおきく いきを すいこんだ!』
初めて見るテキスト。
オレンジ色の文字が、激しく明滅している。大技。全体攻撃。避けきれないタイプ。
俺の直感が、耳元で警鐘を鳴らす。
現在のSP残量――570。
敵のHPは、まだ半分近い。小細工で削り切るには遠い。
俺は、ウィンドウの下に眠っていたあの選択肢を、強く念じた。
『スキル:カウンター 消費SP:500』
――切り札。
◇
全身を真っ赤に染め上げたゴブリンキングが、怒りの咆哮を上げた。
棍棒が致死の風を纏って大きく振り上げられる。
『あの大振り、回避スペースがないぞ! 部屋全体が攻撃範囲だ!』
『終わった……避けきれない!』
絶望が流れる中。
優馬は――逃げなかった。
目を閉じたまま、刃こぼれだらけのショートソードを、ゆっくり上段に構える。
直後。
必殺の棍棒が振り下ろされた。
石畳を粉砕し、部屋全体を地響きと粉塵で圧砕する、圧倒的な暴力。
それが優馬の頭上に直撃する――まさに、その瞬間。
『スキル:カウンター が はつどうした!』
鼓膜を破るような、高い破砕音が響いた。
棍棒が直撃した。誰もがそう思った。
だが土煙の中から飛び出したのは、キングではない。
優馬だった。
棍棒が当たる紙一重の瞬間、最適解の軌道で懐へ滑り込んでいたのだ。
キングは自身の棍棒の風圧と勢いで体勢を崩し、完全に死角を晒す。
その喉元へ。
目を閉じたままの優馬は、迷いなくショートソードを――
掻き切った。
喉から噴き出すのは、黒い靄のような液体。
巨体は棍棒の重みに引かれるように前のめりに崩れ――そのまま霧散した。
もうひとつ、何かが砕ける音。
優馬の手から、ショートソードの柄だけが転がり落ちた。
カウンターの圧力と、ボスの硬い皮膚。それに耐えきれず、刃が根元から折れ、宙を舞って石畳へ突き刺さる。
『ゴブリンキング を たおした!』
『ボスの とうばつ に せいこうしました!』
陽気なファンファーレ。
――パチリ。
現実で目を開ける。
静まり返ったボス部屋。宙を漂う黒い靄。
足元には、バレーボールほどもある巨大な魔石。そして淡く光る、奇妙な宝箱。
転がるのは、柄だけになった初期装備。
「……終わったのか」
寝ぼけ眼で呟き、俺は折れた剣を見下ろした。
「まあ……こんな低品質な剣だ。よくここまでもった方だな」
全SPを叩き込む覚悟の一戦。ここが最初の山場でした。
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