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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第30話 池袋Bランク制圧と、膝枕のルーティン

池袋ギルドの地下。

 Bランク以上の探索者だけが立ち入りを許される、専用の転送陣フロア。


 重厚なゲートの前に立つ職員にギルドカードを見せる。Cランクの頃のような面倒な手荷物検査はない。武器はギルドで自宅整備許可の申請を通しているため、腰に提げたまま通過できる。


 転送光が晴れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 池袋ダンジョン群、Bランクエリア。


 Cランク帯とは空気が違う。新宿深淵迷宮のAランク帯ほど肺を潰すような重さはないが、それでも魔力が濃く、肌に薄い膜が張り付くような嫌な感触がある。


 背負っているダミーリュックのベルトを握り直す。はたから見ればただの大きな荷物だが、中身は空っぽだ。

 ドローンを起動すると、ホログラムに一気にコメントが流れ始めた。


 『きた! Bランク帯初潜入!』

 『Aランクボス倒した2人なら余裕っしょ』

 『でもBランクから魔物の格が変わるぞ』


 前方から重い足音が響く。

 現れたのは、深紅の鱗に覆われた巨大な二足歩行の蜥蜴、ブラッド・リザード。Bランクの魔物だ。

 鋭い牙の隙間から、チロチロと炎が漏れている。


 俺は短く息を吐き、強化ミスリルナイフを抜いた。


「……行くか」

「ええ。支援、乗せるわ」


 栞の杖から魔力の波動が広がり、俺の身体を包み込む。

 俺は迫り来る深紅の巨体を見据え、立ったまま目を閉じた。


 睡魔が脳髄を殴り、意識が底へ落ちる。



 真っ黒な空間。

 白枠のコマンド画面が浮かび上がる。


 『ブラッド・リザード が あらわれた!』


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ なし』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 『ユウマ の 火炎突き!』



 ブラッド・リザードが巨体に似合わぬ速度で爪を振り下ろす。

 だが、優馬の身体は紙一重でそれを躱し、懐へ滑り込んだ。


 『防御力低下』『速度低下』


 栞のデバフが的確に飛ぶ。魔物の動きがわずかに鈍る。

 そこへ、新装備『緋炎の籠手』の恩恵を受けた一撃が叩き込まれた。


 刃に纏わりつく炎が、籠手の効果で爆発的に膨れ上がる。

 ミスリルナイフが深紅の鱗の継ぎ目に突き刺さり、内側から激しい炎が噴き出した。


 断末魔の咆哮。

 巨体が崩れ落ち、光の粒子に変わる。


 コメント欄が沸く。


 『寝落ちニキ、Bランクでも相変わらず寝てて草』

 『Aランクボス倒したのにリュック係やらされてるのシュールすぎる』

 『でも動きバケモノだろ。Bの魔物ワンパンって』



 パチリと目を開ける。

 床には魔石と、深紅の鱗が転がっていた。


「……弾かれないな。でも、Cランクの時みたいに豆腐を切る感覚じゃない」

「Bランクだもの。装甲の密度が違うわ」


 俺は素材を拾い、ダミーリュックの中に手を入れて収納へ放り込む。

 手応えはある。コンボも機能している。

 だが、魔力密度を帯びた空気の中で動き回るのは、やはりSPの消耗が早い。


 それから数フロア。

 遭遇する魔物を順調に処理し続けたが、俺のSPは確実に危険水域へ近づいていた。


 フロアの節目。

 青い光に包まれた空間が現れた。モンスターが侵入できないセーフエリアだ。


 俺は青い光の中に入った途端、壁にもたれかかった。

 そのまま力が抜け、床へ向かって崩れ落ちるように意識を手放した。



 真っ黒な空間。

 金色のシステムメッセージが流れる。


 『特殊条件達成:【女神の膝枕】』

 『深い眠り……SP回復効率:300%』


 後頭部に伝わる柔らかい感触と微かな体温。

 すさまじい勢いでSPが回復していく。



 パチリと目を開ける。

 逆さまの栞の顔と、至近距離でバッチリ目が合った。


「……」

「……」


 数秒、無言の時間が流れる。

 栞の白い頬が、みるみるうちに朱色に染まっていった。


「……起きてるんだったら、早くどきなさいよ」


 栞がぷいっとそっぽを向いて、ツンとした声を出した。耳の先まで真っ赤だ。


「……悪い。重かったか?」

「重いに決まってるでしょ。足痺れたわ」


 俺は慌てて体を起こした。栞も逃げるように立ち上がり、ローブの裾をバサバサと払っている。


「……次からは、もう少し早く起きる」

「別に。効率のためなんだから、完全に回復するまで寝てなさいよ。……って、何言わせるのよ」


 栞が一人で勝手に照れて、勝手に自己嫌悪に陥っている。


 俺は少しむず痒い空気を誤魔化すように、ダミーリュックに手を突っ込んだ。

 今朝、家を出る前に栞から「とりあえず入れといて」とだけ言われて預かっていた包みを取り出す。


 開けると、立派な弁当箱が二つ出てきた。ほんのりとした温かさが残っている。


「……朝預かったの、弁当だったのか」

「そうよ。昨夜のうちに作っておいたの。あなたの収納なら時間が止まるから、温かいまま持ってきたの」

「俺のスキル、完全に保温バッグ扱いだな……」

「効率的でしょ。文句ある?」

「いや……助かる」


 俺はブラック企業時代の冷え切った深夜の半額弁当を思い出しつつ、素直に箸を割って卵焼きを口に運んだ。


 ドローンのコメント欄が荒れる。


 『なんだ今のラブコメ空間!!!』

 『栞さんツンデレ可愛すぎるだろ!!!』

 『「足痺れた」とか言いながら絶対我慢してたやつ』

 『からの、リュックから手作り弁当www』

 『ほかほかじゃねーか。四次元ポケットかよ』

 『栞さんの手作り弁当……10万円で買わせてください』

 『ニキそこ代われマジで。ふざけんな爆発しろ』

 『お前ら戦闘より弁当で盛り上がるのやめろ(血涙)』



 休憩を終え、再び階層を潜る。


 眠って、選んで、起きて、拾う。

 Bランク帯の魔物にも、俺たちの最適解は通用した。


 栞のデバフで速度を奪い、緋炎の籠手と火炎突きのコンボで弱点を焼き切る。

 数フロア進んでSPが減れば、セーフエリアで膝枕。全回復してまた潜る。


 これが、Bランク帯での新しいルーティンになっていた。


 コメント欄も次第に呆れ始めている。


 『また寝たよこいつ』

 『戦闘→寝る→膝枕→飯→戦闘の永久機関』


 ドロップする素材も質が高い。

 ブラッド・リザードの深紅の鱗。鋼鉄の牙。魔力結晶(中)。


 俺はそれらをすべて、ダミーリュックの奥の収納へ放り込んでいく。


「ナイフの強化素材、そろそろ揃ってきたんじゃない?」


 戦闘の合間、栞が魔石を拾いながら聞いてきた。


「もう少しかな。できれば防具の素材も一緒に揃えたい」

「両方一気にやるつもり?」

「……何度もやるのは面倒だしな。一気に終わらせた方が早い」


 帰りはギルドに寄って魔石だけを換金し、素材は収納に入れたまま家に持ち帰る。


 『ニキ、帰りいつも手ぶらだな』

 『収納スキル持ちか? 便利すぎるだろ』


 コメント欄の鋭い指摘をスルーしながら、俺たちは連日Bランクダンジョンを周回した。

 だが、問題が一つあった。


「……出ないな」


 数日後。

 Bランク帯のボスを倒し、光の粒子が消えた後の床を見下ろして、俺は小さく息を吐いた。


 レベルは順調に上がっている。素材も溜まっている。

 だが、夢の欠片が出ない。


「焦っても出るものじゃないわ。回数を重ねるしかないでしょ」


 栞が淡々と言う。


「わかってる」

「……カルーンのこと、気になってるんでしょ」


 図星だった。


 夢渡りで繋いだ時の、かすかにノイズの混じったカルーンの声。

 『急いでくれ。夢の底で、待っている』


 独裁者の侵攻が早まっているという事実が、頭の奥に引っかかっている。


「まあな。でも、焦って雑になっても意味がない」

「そうね。まずは足元を固めましょう」



 その夜。

 タワーマンションのリビング。

 ローテーブルの上に、この数日で集めたBランク素材を並べた。


 まずは俺のメイン武器、強化ミスリルナイフだ。

 ベースにナイフを選択し、追加素材に『深紅の鱗』をセットする。


 成功率は64%。悪くない。

 確定を選ぶ。


 半透明のウィンドウが光を放ち、ナイフを包み込んだ。

 強い光が収まると、波紋模様の刃に赤みがかった光沢が加わっていた。


 鑑定(中級)をかける。

 斬れ味が底上げされた上に、『炎との親和性(小)』という新しい付与が乗っている。これで火炎突きとのシナジーがさらに高まるはずだ。


 次は、強化レザーアーマー。

 ベースにアーマー、追加素材に『魔力結晶(中)』をセットする。


 成功率57%。

 確定。

 光が収まる。


 黒い獣皮の表面に、かすかに青い魔力のラインが走っていた。

 物理耐性が上がり、さらに『魔力の流れを整える』効果が付与された。これでAランク帯特有の重い魔力密度への対策になる。


「栞のローブもやるぞ」


 深紅の鱗と魔力結晶(中)を使って、栞の魔導ローブを合成にかける。

 これも無事に成功し、ローブの魔力効率がさらに底上げされた。


「……ありがとう」


 栞がローブの袖を指でなぞりながら、珍しく素直な声を出した。



 翌日。

 池袋ダンジョン群、Bランクエリア。


 いつも通りのルーティン。

 眠って、選んで、起きて、拾う。セーフエリアで膝枕。また眠って、また選んで、また起きる。


 そして、階層ボスの部屋。

 強化されたミスリルナイフの火炎突きが、ボスの急所を的確に焼き切った。


 パチリと目を開ける。

 巨体が崩れ、光の粒子に変わる。

 床には魔石。深紅の鱗。


 そして——淡いピンク色に発光するハート形の石が一つ、転がっていた。


「……出た。6個目ね」


 栞が静かに息を吐く。


「ああ」


 俺は欠片を拾い上げ、誰にも見られないようダミーリュックの中へ放り込んだ。


 インベントリを確認する。

 夢の欠片、6個。残り14個。


 最下層に表示されている『拡張パッチ【夢の道標】』の項目。

 そこにある同期率の数字が、また少しだけ上がっていた。


 夢の底まで、まだ遠い。

 でも、一つずつ確実に近づいている。


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