第3話 魔法のロマンと第2階層
深い眠りの底。
意識が浮上する、その直前。あの真っ黒な空間に、俺は立っていた。
視界のど真ん中に、宝箱みたいなシルエットが三つ。
横一列に並び、ぼんやりと浮かんでいる。
『睡眠時間:8時間を達成しました』
『睡眠ボーナス:夢の3択が発生します。1つを選択してください』
来た。
昨日と同じ――八時間寝れば、確実に引けるおみくじ。
俺は迷わない。
一番右のシルエットに触れた。
『火属性魔法(初級)を獲得しました』
無機質なアナウンス。
次の瞬間、世界がひっくり返るように引き戻され――
パチリ、と目を開けた。
窓から差し込む朝の光が眩しい。
それだけで、今日が当たりだと確信できた。
俺は反射的にステータスボードを呼び出す。
『氏名:朝倉優馬』
『年齢:21』
『Lv:5』
『SP:1000/1000』
『固有スキル:【睡眠】』
『スキル:【身体能力強化Lv1】【火属性魔法(初級)】』
そこに、ちゃんと刻まれている。新しいスキルの文字。
「……魔法」
口に出しただけで、胸の奥が熱くなる。
「男のロマンだろ」
夢のコマンド画面にずっとあった、未習得の『まほう』。あれが、ついに解禁された。
俺は起き上がり、身支度を整えてアパートを出た。
向かったのは、冒険者ギルドの売店。
昨日稼いだ魔石を元手に、今日はちゃんと装備を整える。
長時間潜れるように、大きなミリタリーリュック。
携帯食料と水。
それから保険として、傷を治癒する低級ポーションも。
「……これで準備はできた」
だが、俺にはその前に検証しておきたいことがあった。
買い出しを終え、ボロアパートへ戻る。時刻はまだ昼前。
俺は床に横たわり、静かに目を閉じた。
「睡眠」
泥のような眠りが、意識を丸ごと飲み込む。
――パチリ。
目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。
壁掛け時計を見る。きっちり八時間。
なのに。
あの真っ黒な空間は現れない。夢の三択も、出ない。
「……出ないか」
つまり、おみくじボーナスは一日に一回。
昼寝で乱獲できるような都合のいいバグ技は、最初から潰されているらしい。
「まあ、そうだよな」
ルールの限界が見えただけでも、十分な収穫だ。
俺は起き上がり、スマホを開いた。
気になっていた自分の配信アーカイブを確認する。
ドローンの映像を再生し――俺は絶句した。
画面の中の俺は、完全に目を閉じたまま突っ立っている。
そこへ岩陰からゴブリンが飛びかかる。
次の瞬間。
俺の身体が勝手に動いた。
首をわずかに傾け、爪を紙一重で躱す。無駄な力みが一切ない。流れるようなステップで死角へ回り込み、手首の返しだけでショートソードを急所へ――
「……客観的に見ると、マジで気持ち悪いな」
寝ぼけた顔で、動きだけが達人。ギャップが異常すぎる。
同接が増えたのも、コメント欄が狂うのも納得だった。
『素人のスニーカーであのステップ踏めるわけないだろw』
『なんだこの変態機動!?』
『明日も配信あるなら絶対見るわ』
俺はスマホを閉じ、新しい大きなリュックを背負った。
昼間に八時間寝てしまったせいで、頭は冴えきっている。
夜のダンジョンは危険だ。だが――
今の俺には、人がいなくて、魔法の実験ができる夜の方が都合がいい。
向かう先は、未知の敵が待つ第二階層。
◇
第二階層へ降りた瞬間、空気が変わった。
第一階層の剥き出しの岩肌とは違う。鬱蒼とした植物と苔に覆われた、森のようなエリア。
むせ返る土と緑の匂いが鼻を突く。湿気で肌がじっとりする。
俺はショートソードを抜き、慎重に足を進めた。
背後ではドローンが静かに追従している。
数分歩いた時だった。
巨大なシダの陰から、ぬるりと影が現れた。
歩く巨大な食虫植物。
太いツルを鞭のようにうねらせ、こちらを威嚇している。
「……魔法の的としては申し分ないな」
俺はショートソードを軽く構え、静かに念じた。
「睡眠」
抗えない睡魔が脳を塗り潰し、意識が落ちる。
真っ黒なコマンド空間。
中央で、粗いドット絵の植物モンスターが揺れている。
俺は迷わず、『たたかう』の下にある文字を強く念じた。
『まほう』
新しいウィンドウが展開される。そこにある魔法は、ひとつだけ。
『火属性魔法(初級) 消費SP:50』
たたかうの五倍。けど今のSPは1000。余裕はありすぎる。
俺はそれを選び、ターゲットを指定する。
『ユウマ は 火属性魔法(初級) を となえた!』
『しょくぶつモンスター の じゃくてん を ついた!』
『しょくぶつモンスター を たおした!』
陽気なファンファーレ。
――パチリ。
現実で目を開けた瞬間、俺は思わず声を漏らした。
「……熱っ」
目の前で、巨大な食虫植物が炎に包まれて燃え上がっていた。
火柱みたいに噴き上がり、あっという間に燃え尽きる。
やがて植物は灰となり、後にはゴロリと大きな魔石だけが残った。
「無詠唱で……寝ながら、か」
俺の肉体は眠ったまま、最適解で魔法を撃ったらしい。しかも指先から、ノーモーション。
ドローンの配信画面を見ると、コメント欄が昨日の比ではない速度で滝のように流れていた。
『は!? 今なんか撃ったぞ!?』
『無詠唱!? 寝ながら無詠唱で火の魔法撃った!?』
『しかも指先からノーモーションとかエグすぎだろ!』
俺は冷静に、数字を頭で弾いた。
「消費50でこの威力……でも、脳死で乱発はできないな」
最大SPは1000。火属性魔法(初級)は50。
全部魔法で処理すれば、二十回で尽きる。
俺は大きな魔石をリュックに放り込みながら、ルールを決めた。
単体・弱い敵は、消費10の剣。
群れ・厄介な敵は、消費50の魔法。
「……これが今の最適解」
そこから先は作業だった。
新たな敵に遭遇するたびに睡眠。夢のコマンドで、剣か魔法かを振り分ける。
眠って、選んで、起きて、拾う。
第二階層の鬱蒼とした森の中で、その異常なルーティンが繰り返されていく。
『魔法と剣を寝ながら使い分けてるwww』
『しかも全部ノーダメ。回避のステップが神がかってる』
深夜という常識外れの時間帯にも関わらず、同接は一気に膨れた。数百人規模。
視聴者の熱狂など関係なく、俺は淡々と魔石を回収し、リュックに放り込む。
途中、ステータスボードが激しく明滅した。
『レベル が あがった!』
『レベルアップボーナス! HP と SP が ぜんかいふく した!』
「レベル6……」
SPはまた満タン。実質、尽きない。
疲労の欠片もない身体で、俺は森のさらに奥へ進んだ。
◇
不意に、視界が開けた。
木々が切り開かれ、ドーム状になった巨大な広場。空気が、妙に澄んでいる。静かすぎる。
予習をしていない俺でも、直感でわかる。
――ここが、ボス部屋。
ズシン。ズシン。
地響きのような重い足音が、奥から近づいてくる。
現れたのは、通常のゴブリンの三倍はある巨体。
王冠みたいに歪な角。大木のような棍棒を引きずっている。
ゴブリンキング。
その後ろには、杖を持ったゴブリンが二匹。ウィザードだ。
合計三体。
殺意が、肌をビリビリ撫でる。
ドローンのコメント欄が、一気に恐怖と焦りで埋まった。
『おい嘘だろ、ボス部屋入っちゃったぞ!』
『ゴブリンキングにウィザード2匹とか、初心者ソロ無理だろ!』
『バカ、早く逃げろ! 死ぬぞ!』
警告が殺到する中、俺は静かに息を吐いた。
ショートソードを構え、巨体の王を真っ直ぐに見据える。
「予習はしてないが……やることは同じだ」
どんなボスだろうと関係ない。俺には、最強のシステムがある。
「睡眠」
言葉と同時に、抗えない睡魔が意識を塗り潰した。
立ったまま、深い底へ落ちていく。
真っ黒な空間。
目の前には、巨大なゴブリンキング。その後ろに並ぶ二匹のゴブリンウィザード。
そして、視界に浮かび上がるウィンドウ。
『たたかう 消費SP:10』
『まほう』
『どうぐ なし』
『スキル:カウンター 消費SP:500』
『にげる 消費SP:100』
――さあ、俺のターンだ。
第2階層、まだまだ序の口です。
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