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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第29話 緋炎の籠手と、夢の向こうの声

 テーブルの上に、三つが並んでいた。

 Bランク冒険者カード。オーガの籠手。赤黒い魔石。


 昨日受け取ったカードは、まだ少し現実感がない。Cランクのカードより少し厚くて少し重い、それだけのはずなのに、手に取るたびに妙な重さがある。

 籠手と魔石は、昨日倒した相手が光の粒子になる直前に残していったものだ。


 栞がコーヒーを二つ持ってきて、向かいに座った。


「合成、今日やるの?」

「とりあえず鑑定してみる」



 オーガの籠手に鑑定をかけた。

 物理耐性(大)。魔力伝導率(高)。重量は現在の強化ガントレットの1.5倍。

 それから——もう一つの効果が表示された。


「装着者の怒りに比例してステータスが上昇する」


 栞が横から画面を覗き込んだ。少しの間があって。


「……あなた、怒れるの?」

「……怒ったことないわけじゃない」

「怒ったところ、見たことないわね。少なくとも私は」


 俺は黙った。

 確かに、怒りで戦ったことは一度もない。社畜時代も同じだった。理不尽に叩かれ続けても、怒りよりも先に疲れが来ていた。怒るエネルギーすら、残っていなかった。


「……まあ、合成したら変わるかもしれないけど」


 俺は少し考えてから、合成画面を開いた。



 素材を選ぶ。

 ベースはオーガの籠手。追加素材に赤黒い魔石。それから収納を漁って、Aランクダンジョンの通路で拾った鋼鉄の結晶石を一つ引っ張り出した。密度が高く、魔力伝導率を底上げする合成素材だ。


 三点を並べて、成功率を確認する。

 58%。

 悪くはない。


 確定を押す。

 白い光がテーブルを覆った。数秒。光が引いていく。


 籠手の表面が変わっていた。

 黒光りする地に、赤い紋様が走っている。重量は変わらないのに、手に取った瞬間の馴染み方がまるで違う。


 鑑定をかける。

 『緋炎の籠手』。

 物理耐性(大)は据え置き。怒りに比例してステータスが上昇する効果も残っている。そこに新たに——火属性攻撃の威力を底上げする付与効果が上乗せされていた。


 怒りは消えていない。炎が加わった。


「火属性まで乗ったわね」


 栞が覗き込みながら言った。


「【火炎突き】と合わせれば、Aランク帯でも最初から鱗を割れるかもしれない」

「次が楽しみじゃない」



 試しに手にはめてみた。

 重い。でも重さが邪魔にならない。握り込むと、ナイフを持つ動作にぴたりと合う感覚がある。


 栞がその様子をじっと見ていた。

 視線に気づいて顔を上げると、栞がコーヒーカップへ視線を落とした。


「……似合うわね」


 ぽつりと言った。


「……まあ、動きやすければいいんだけど」


 栞の耳が、少し赤かった。



 昼過ぎ。スマホが鳴った。

 画面を見る。天城凛。


「もしもし」

「よっ。私のエンブレムをそんな使い方する奴、初めて見たよ」


 笑い声が混じっている。


「……すみません」

「謝らなくていい。面白かったから」


 あっさり言われた。


「Aランクのボスをデュオで仕留めたって、本当?」

「はい」

「嘘くさいな、本当のことなのに」


 また笑い声。


「白百合の剣のメンバーに話したら全員引いてたよ。Cランクから2ヶ月でBランク最速、しかもAランクボスをデュオ撃破って——普通じゃないよね、それ」

「……自分では、あんまり実感ないです」

「そういうとこだよ」


 天城さんが、少し間を置いた。


「まあ、エンブレムは上手く使ってくれてよかったよ。それが言いたかっただけ。あと——」


 声のトーンが、わずかに変わった。


「何か困ったことがあれば連絡して。客分なんだから、それくらいはするよ」

「……ありがとうございます」

「じゃあね」


 電話が切れた。

 栞が横で聞いていた。


「天城さん、怒ってなかった?」

「怒ってなかった。面白かったって」

「……さすがSランクね。器が違うわ」



 夕方。栞がタブレットを持ってきた。


「見て。ギルドの公式サイト」


 画面にランキングが表示されている。

 Bランク最速昇格記録。


 『朝倉優馬 ─── 登録から62日』


「……更新したのか」

「みたい。次点が4ヶ月だから、ぶっちぎりね」


 栞がタブレットを置いた。


 62日。

 田舎のボロアパートで万年床に倒れ込んだあの夜から、62日。靴も脱げずに眠り込んだあの夜から。

 感慨はない。ただ——積み上げた日数が、そこにある。


「次の記録も更新しましょう」


 栞が静かに言った。


「……まあ、やれるだけやってみる」



 夜。

 5個目の夢の欠片を枕元に置いて、目を閉じた。


 欠片が淡く光を放ちながら、システムに干渉していく感覚がある。

 深い眠りの底へ落ちていく。


 『睡眠時間:8時間を達成しました』


 真っ黒な空間に、3つの宝箱のシルエットが浮かんだ。

 次の瞬間。

 3つのシルエットが内側から発光し、白金の輝きへと染まっていく。

 久しぶりに見る光景だ。


 『睡眠ボーナス:夢の3択が発生します。1つを選択してください』


 中身は見えない。完全に伏せられた運任せだ。

 右を選んだ。

 ポン、と軽い電子音。


 『スキル:【夢渡り】を獲得しました』

 『効果:過去に出会ったことのある人物の夢へ意識を送り込む。眠りの中で短時間の意識接触が可能』



 目を覚ました。

 窓の外がまだ暗い。

 ステータスボードを開く。【夢渡り】が、スキル欄の末尾に加わっていた。


 朝食の時間。


「今朝のおみくじ、変なスキル出てさ」

「変なって」

「夢渡り。会ったことある人の夢に入れるらしい」


 栞がトーストを持ったまま、少し考えた。


「……何に使うの?」

「カルーンと連絡取れるかもしれない」

「あ、なるほどね」


 一拍置いて。


「……私の夢には来ないでよ」


 少し間があった。


「……栞の夢に入ったら怒られそうだな」


 栞がトーストを口に運びながら、そっぽを向いた。


「当たり前でしょ」



 その日もBランク帯のダンジョンに潜った。

 Bランク帯の魔物は、Cランク帯より一段手応えがあった。それでも栞のデバフと緋炎の籠手を合わせれば、戦闘の効率は上がっている。欠片は出なかった。


 帰宅してシャワーを浴びて、飯を食って、眠る。翌日も同じルーティンだった。


「残り15個か……」

「急ぐしかないね」

「カルーンも待ってるし」


 それだけで十分だった。



 翌夜。目を閉じた。

 真っ黒な空間。コマンド画面ではなく、見慣れない画面が浮かんだ。


 『【夢渡り】を使用しますか?』

 『対象を選択してください』


 候補が薄く光りながら流れる。

 カルーン。

 選択する。



 暗い空間が、揺れた。

 どこかへ繋がっていく感覚。深い水の中を沈んでいくような。

 それから——光が見えた。

 ぼんやりとした、夢の底の光だ。


「……優馬?」


 カルーンの声だ。鮮明ではない。水の向こうから届くような、わずかなノイズが混じっている。


「……聞こえてるか、カルーン」

「……聞こえる。繋がっているのか、これは」

「新しいスキル。どれくらい保つかわからないけど」


 短い沈黙。


「……師匠は無事だ」


 カルーンが先に言った。俺が聞こうとしていたことを、先回りして。


「防衛線は、まだ持っている。だが——独裁者の侵攻が、予想より早い」

「……欠片、5個まで集まった」

「……そうか」


 カルーンの声に、わずかな安堵が混じった。


「急いでくれ。夢の底で、待っている」


 繋がりが、切れた。



 目を覚ました。

 リビングに出ると、栞がソファで本を読んでいた。


「……待ってたのか」

「別に。たまたまよ」


 栞が本をパタリと閉じた。


「どうだった」

「繋がった。カルーン、無事だった」

「……よかった」


 栞が小さく息を吐いた。


「師匠も無事だって。ただ独裁者の動きが予想より早いみたい」

「急がないといけないわね」

「まあそうだな」


 お茶を受け取りながら、タブレットを引き寄せた。

 ダンジョンのリストが並んでいる。残り15個。

 どこから攻めるか。何日で回れるか。


 栞が隣に座って、画面を覗き込んだ。

 無言で、二人で地図を眺めた。


 夢の底で待っている奴がいる。

 急ぐ理由が、また一つ増えた。

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