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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第27話 Aランクの洗礼と、同期する夢の戦場

 ギルド本部の待合エリアは、いつもより静かだった。


 受付で正式承認書を受け取り、指定された面談室へ向かう。扉を開けると、先に男が待っていた。

 50代手前。椅子に座っているのに、妙な圧がある。がっしりとした体躯。顔に傷が多い。ネクタイもしていない。探索者上がりの試験官だと一目でわかる。


「桐島だ。試験を担当する」


 立ち上がりもせず、そう言った。

 桐島は承認書を一瞥した。それから俺と栞を、順番に見た。


「エンブレムで通したんだろう。天城凛の名前は知ってる。だがそれはあの人の実力であって、お前たちの実力じゃない」


 怒りでも嫌みでもない。事実として、言っている。


「Aランク浅層の魔力密度はCランク帯の3倍以上ある。慣れない探索者は入った瞬間から消耗が始まる。体が重くなる。判断が鈍る。魔法の精度が落ちる。それでも動き続けなければいけない」


 一拍置いた。


「今からでも辞退できる。死にたくなければ、そうしろ」


 俺は桐島の目を見た。嘘をついていない目だ。心配している。ただし、見くびってもいる。


「……辞退はしません。討伐対象を教えてください」


 桐島の目が、わずかに動いた。それだけだった。



 ギルド地下。転送陣のフロア。


「新宿深淵迷宮。Aランクダンジョンの中では浅層寄りの構造だ。討伐目標はブラッド・オーガ。1体の討伐証明を持ち帰れ」


 桐島が試験票を渡してきた。


 ドローンを起動する。電源が入った瞬間、同接カウンターが跳ね上がった。

 15,000。

 平日の昼間だというのに。


 コメント欄が流れ始める。


 『Bランク試験始まる!?』

 『デュオ受験って本当だったのか』

 『Aランクダンジョンに2人で突っ込むの正気か』

 『栞さんのデバフがあれば行けるやろ(震え声)』


「準備はいいか」

「ええ」


 転送光が、2人を包んだ。



 転送完了の瞬間、全身に圧がかかった。

 空気が、重い。


 魔力が空気に溶け込んでいる。肺に入ってくるたびに、体の内側から押し返されるような感覚がある。


 栞が顔をしかめた。片手で胸元を押さえている。


「……これは確かに、きついわね」

「慣れるか?」

「慣れるしかないでしょ」


 石造りの回廊。天井が高い。壁に傷一つない。長い年月、誰にも削られていない壁だ。壁に埋め込まれた魔石が青白い光を放っている。


 足元に、焦げ跡がある。探索者の装備が焼けた痕じゃない。魔物が放った攻撃の残滓だ。


 気配察知が反応した。前方。複数。速い。


「来る」

「わかってる」


 栞が詠唱を組んだ。


 『身体能力強化(大)』『回避補正(大)』


 バフが全身を薄く包む。青白い光が、静かに広がる。


「行って」


 目を閉じた。



 真っ黒な空間。白枠のコマンド画面が浮かんでいる。


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 『ユウマ の こうげき!』



 立ったまま目を閉じた優馬が、先頭の1体へ突っ込んだ。

 強化ミスリルナイフが鱗を叩いた瞬間——弾き返された。黒短剣も試した。同じだった。


 コメント欄が流れる。


 『あ、弾かれた』

 『Aランクの鱗、硬すぎる』

 『2本あっても通らないのか……』

 『これ2人じゃ無理じゃない?』


 『ユウマ の こうげき!』


 今度は角度が変わった。刃が鱗の継ぎ目へ滑り込む。

 1体目が膝をついた。


 コメント欄が沸いた。


 『あ、狙いが変わった』

 『1発目で硬さ読んで継ぎ目狙いにシフトしてる!?』

 『寝ながら学習してるじゃん化け物か』


 背後で包囲が縮まる。


 『防御力低下』『速度低下』


 栞のデバフが飛んだ。でも効きが遅い。


 コメント欄が気づく。


 『あれ、デバフの乗りが悪くない?』

 『魔力密度のせいで魔法の精度落ちてるのか』

 『栞さんも消耗してる……』


 残り3体が動いた。

 2体が正面から来る。そして——もう1体が、栞へ向かって死角から跳んだ。


 コマンド画面の右下で、点滅が急加速した。


 『拡張パッチ【夢の道標】:同期率4% → 8% → 12%』


 敵の軌跡が、薄いラインとして視覚化される。

 次に選ぶべきコマンドが、光った。


 『スキル』→『かばう』

 『ユウマ は シオリ を かばった!』


 リザードマンの爪が栞の首筋へ迫る瞬間——優馬が、その軌道へ割り込んだ。

 爪が、強化レザーアーマーを深く抉った。金属が裂ける音が回廊に響く。


 コメント欄が爆発した。


 『今の見えた!? 寝たまま栞さん庇ったぞ!!』

 『死角から来た攻撃なのに!?』

 『かばう持ちだったのか……』


 かばった勢いを殺さず、優馬が回転する。

 銀の刃と黒い刃が交互に継ぎ目を抉る——【すり抜け連撃】が深々と入った。


 『防御力低下(大)』


 栞のデバフが重なる。鱗が、割れた。

 残り2体へ向けて優馬が跳ぶ。刃に炎が纏わりついた。


 『ユウマ の 火炎突き!』


 鱗の継ぎ目から火が入る。内側から焼く。

 2体が同時に沈んだ。


 コメント欄が沸いた。


 『Aランクの魔物が紙みたいに死んでいく』

 『火炎突きまで使えるのかこいつ』

 『デバフとのコンボえぐすぎて草』



 目を開けた。

 4体、全滅。


 背中がじくじくと痛む。血が滲んでいるのが、感覚でわかった。

 SPを確認する。思ったより、削れている。


 栞が1歩近づいた。

 背中の裂傷を確認して、即座にヒールをかける。白い光が傷口を覆った。それから全身に回復魔法が広がる。痛みが、じわじわと引いていった。


 栞の指先が、一瞬だけ震えていた。

 それから、静かに言った。


「……私には、あなたがくれたネックレスがあるのに」


 栞の鎖骨の上で、身代わりの霊力首飾りが静かに光っている。


 俺は何も言わなかった。

 栞も、それ以上は何も言わなかった。



 奥へ進んだ。

 魔力密度がさらに上がっていく。数回の遭遇戦を重ねるたびに、SPが削れていく。


 『速度低下』『防御力低下(大)』


 デバフが飛ぶ。魔物が沈む。また進む。


 バフを重ねるたびに栞の呼吸が少しずつ乱れていく。魔力密度の高い環境での連続詠唱は、栞にとっても消耗が激しい。

 それを繰り返すうちに、SPが危険水域に入った。


 ボス部屋の手前の通路。

 重厚な石扉。その向こうから地響きのような低い振動が伝わってくる。


 ブラッド・オーガ。推定体重2トン。Bランク上位相当。

 SPを確認する。


 足りない。

 壁にもたれかかった。


 そのまま、落ちた。

 気絶するように——崩れ落ちるように——意識が落ちていった。



 真っ黒な空間。

 何もない。

 ただ、後頭部に柔らかい何かが触れていた。


 そこへ、突然、金色のメッセージが流れた。


 『外部からの特殊な魔力支援(身体接触)を検知』

 『特殊条件達成:【女神の膝枕】』

 『深い眠り……SP回復効率:300%』


 ……女神の膝枕?


 何のバグだ。

 SPが凄まじい勢いで回復していくのがわかった。夢の中なのに、体が温かい。外から何かが流れ込んでくる感覚がある。後頭部の、柔らかい感触が続いている。


 道標の石が、夢の中で光っていた。

 さっきより、強く。



 目を開けた。

 最初に見えたのは、天井じゃなかった。


 逆さまの、栞の顔だった。


 後頭部に、冷たい石畳とは違う柔らかい感触がある。微かな体温。白銀の髪が、視界の端に揺れている。


 俺は一瞬、思考が完全に止まった。

 慌てて起き上がった。


 栞は何も言わなかった。耳まで真っ赤にしたまま、スッと立ち上がって、そっぽを向いた。


 俺も何も言わなかった。

 SPを確認する。ほぼ全回復していた。


 ……なるほど。


 ふとドローンのモニターに目をやった。配信のアーカイブが流れている。

 コメント欄を見た。


 『ニチャア』

 『攻略上必須だからな!!!』

 『栞さん最高かよ』

 『寝落ちニキ、気づいてないの草』


 俺はモニターから視線を外した。


 夢の中のシステムメッセージの意味が、ようやくわかった。

 女神の膝枕。そういうことか。


 インベントリを確認する。道標の石が、はっきりと光っていた。

 強化ミスリルナイフを握り直した。


「行くか」


 栞がそっぽを向いたまま答えた。


「……ええ」


 2人並んで、扉へ向かった。



 ギルド本部。モニタールーム。


 桐島はコーヒーが冷めていることに気づいていない。

 Aランクの魔力密度の中で、2人は互いの弱さと強さを補い合って動いていた。少年が1度崩れ落ち、少女が無言で支えた。そして完全に回復して立ち上がった。


「……コネじゃないな」



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