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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第24話 使者の帰還と、夢の底への道標

 翌朝、リビングが静かすぎた。

 嫌な静かさじゃない。ただ、人が増えたはずなのに音がない。


 寝室から出ると、客間の前の廊下に、カルーンが正座していた。扉は開いている。

 部屋の中の、白い客用布団を、じっと見つめている。


「……何してる」

「見ている」

「何を」

「このふわふわを」


 振り返らないまま、真顔で続けた。


「昨夜、俺は生まれて初めて、地に落ちる前に意識を失った。あのふわふわの中で」

「それ、眠れたってことだ」

「違う。気絶した」


 俺はため息をついて、キッチンへ向かった。



 栞がトースターにパンをセットしていると、背後でカチャリと金属音がした。

 振り返ると、カルーンが腰の短刀に手をかけたまま、トースターを正面から凝視している。


「……それ、しまえ」

「しかし、中で何かが熱されている。罠の可能性がある」

「パンを焼いてるのよ。食べ物。あなたが昨夜食べたやつの仲間」

「……食べ物が、あの箱の中に?」

「そう」

「……なぜ箱の中で焼く。火を使えばいい」

「火災報知器が鳴るから」


 カルーンが「カサイホウチキ」と小さく繰り返した。意味は分からないらしいが、脅威ではないと判断したのか、ゆっくりと手を短刀から離した。

 チン、という音が鳴った瞬間、カルーンが半歩後退した。


「……今のは何だ」

「完成の合図」

「……この世界の機械は、なぜ鳴く」


 栞が深く息を吸って、吐いた。



 朝食はローテーブルに並べた。

 トーストと目玉焼き、それとインスタントのコーンスープ。


 カルーンは椅子への座り方をまず3秒研究してから、ゆっくりと腰を下ろした。トーストを手に取り、観察する。焦げ目のついた四角い何か。昨夜のラーメンとも、今朝のふわふわとも違う形状。

 恐る恐る、端をかじる。


 止まった。


「……」

「どうした」

「……また、だ」

「また、何が」

「**暴力的な美味さ**、だ」


 栞が口元を手で押さえた。

 俺はコーヒーを飲みながら、視線だけカルーンに向けた。


「目玉焼き、食ってみろ」

「これは……卵か。鳥の」

「そうだ」

「……鳥を、狩ったのか」

「養鶏場で育てている」

「ヨウケイジョウ……」


 カルーンがまた小さく繰り返した。それから意を決したように、フォークを手に取り――フォークの持ち方を4秒研究してから、目玉焼きを口に運んだ。


 また、止まった。


「……この世界には」

「ああ」

「どれだけの暴力が、存在するのか」


 俺はそれ以上、何も言わなかった。栞の肩が、小さく小さく震えていた。



 食後。カルーンが湯飲みを両手で持ったまま、静かに切り出した。


「俺は今日、戻る」


 声のトーンが変わった。朝食の間の、どこかぎこちない空気が消えた。


「どうやって」

「池袋ダンジョンの深部から、境界を越えて潜る。師匠をひとりにしておける時間には、限りがある。防衛線は今、ギリギリのところで持ちこたえている状態だ」


 俺は黙って聞いた。栞も、腕を組んで目を細めた。

 カルーンの目の奥に、焦りはない。焦りではなく、もっと静かで重いもの。決めた人間の目だ。


「使命は果たした。救世主を見つけた。あとは、お前たちが動くだけだ」


 一拍置いて、カルーンが続けた。


「夢の欠片について、ひとつだけ伝えておく」

「聞く」

「19個までは、各地のダンジョンボスから集まる。だが最後の1個だけは、違う」


 カルーンが視線を落とした。


「この世界で最も濃い魔力が渦巻く深淵。そこにしか、存在しない」


 その瞬間、ステータス画面が自動で展開した。見慣れた白枠。その中に、今まで存在しなかった新しい項目が追加されていた。


> **『夢の扉まで:残り16 / 最後の鍵の在処:【解析不能 / S級指定領域以上の魔力を検知】』**


 栞が身を乗り出して、画面を横から覗き込んだ。数秒、黙った。


「……それって」静かな声だった。「Sランクダンジョンの最深部、ってことじゃない」


 カルーンは答えなかった。ただ、目を伏せた。それが肯定だった。


 俺はステータス画面を閉じた。数字を頭の中で転がす。残り16個。Sランクの最深部。現状では、入場することすら不可能な頂。

 でも絶望は、来なかった。


[cite_start] **社畜時代に散々叩き込まれた感覚**が、ここだけは役に立つ [cite: 1]。どんな巨大なタスクも、分解すれば必ず順番がある。



 カルーンが立ち上がった。

 靴を履く前に、一度だけリビングに戻ってきた。懐から何かを取り出して、ローテーブルの上にそっと置く。


 暗い色をした石だった。親指の爪ほどの大きさ。表面に細かい彫刻が入っている。見たことのない文様。


「何だ、これ」

「道標だ」

「使い方は」

「夢の底に近づいたとき、光る」

「それだけか」

「それだけだ」


 それだけ言って、玄関へ戻った。扉が、静かに閉まった。



[cite_start] リビングが、元の二人分の広さに戻った [cite: 1]。

 俺はテーブルの上の道標の石を手に取った。ひんやりしている。


 欠片4個。残り16個。Sランクの最深部。

 影すら踏めない頂だ。現状では話にならない。

 それでも、分解すれば必ず順番がある。ゴールが見えているなら、あとは逆算するだけだ。


「まずBランク昇格。欠片集めはその後だ」


 独り言のつもりで言ったら、スマホが震えた。

 ギルドの公式アプリからの通知だった。


> **『Bランク昇格試験 受験資格達成 ——申請可能期間:7日間』**


 タイミングが、良すぎるくらいに良かった。


「何、それ」

「タイミングがいいじゃない」



 池袋ダンジョン。Cランク帯。


「配信、始めるぞ」

「ええ」


 ドローンが起動する。コメント欄に視聴者が流れ込んでくる。

 道標の石をインベントリに収めながら、階段を下りた。


 前方から、Cランクの大型魔物の群れが現れた。

 足を緩めず、目を閉じた。意識が暗い方へ滑り落ちていく。



 真っ黒な空間。白枠のコマンド画面が浮かんでいる。

 だが、今日は違った。


 画面の端が、揺れていた。見慣れない項目が、白枠の右下の端に出現しては消え、消えては現れる。文字の形をしているが、まだ読めない。

 **『どうぐ』**を開いた。

 インベントリの中、道標の石の欄が――かすかに明滅していた。


 迷わず**『たたかう』**を選んだ。



 現実。

 身体が動いた。


 瞼を閉じたまま、神速のステップ。最小限の動きで最大の効率。

「**速度低下**」「**防御力低下**」

[cite_start] 背後から栞の凶悪なデバフが飛ぶ [cite: 1]。群れの動きが泥のように重くなる。そこへ、二閃、三閃。


 昨日より速い。最適解の精度が、一段上がっている。

 理由はまだわからない。でも確かに、加速している。



 何十体目かの魔物が沈んだところで、目を開けた。

 息が切れていない。かすり傷もない。栞の首元の**身代わりの霊力首飾り**が、とん、と一度だけ脈打つように光る。


「SP残量、どれくらい?」

「まだある。続けるか」

「続けましょう」


 栞が先に歩き出した。白銀の髪が揺れる。

 その後を追いながら、インベントリの中の道標の石を確認した。


 最高速度で、Sランクまで駆け上がる。

 その決意と、夢の底から届きはじめた微かな信号を両方抱えたまま、次の階層へと足を踏み出した。


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