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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第22話 Sランクの怪物と、白百合の戦乙女

 池袋ダンジョンの地上出口から歩いて10分ちょっと。探索者たちが集まる賑やかな大通りから1本路地に入った静かな場所に、クラン『白百合の剣』の池袋支部事務所はあった。


 女性限定の中堅クランと聞いていたが、目の前にあるのは洗練されたデザインの立派な3階建てのビルだ。エントランスは清潔感があり、ガラス張りの自動ドアの奥には受付カウンターまで見える。


 ステラのリーダーである綾香に案内され、俺と栞はビルの最上階にある応接室へ通された。


「リーダー、お連れしました」


 綾香が少し緊張した声で、重厚な木製のドアをノックする。


「入れ」


 短く、よく通る声が中から返ってきた。

 ドアが開いた瞬間、応接室の空気が外と違うのが分かった。肌を刺すような微かな魔力の残滓。そこにいるだけで空間を支配してしまうような圧。


 豪華な革張りのソファに深く腰を掛けていた人物が、ゆっくり立ち上がってこちらを向いた。


 年齢は20代半ばくらいだろうか。背中まで伸びた艶やかな銀色の髪。切れ長で知的な瞳。誰もが振り返るような圧倒的な美貌。


 ……なのに、俺の視線はどうしても吸い寄せられてしまった。タイトな黒いインナー越しでもはっきり分かる、暴力的なまでの豊満さ。

 男の悲しい反射というか、完全に釘付けになったその瞬間。


「痛っ」


 脇腹に鋭い痛みが走り、小さな声が漏れた。

 隣を見ると、栞が氷点下の作り笑いを浮かべながら、俺の脇腹の肉を容赦なく捻り上げている。


 俺は慌てて視線を天井へ逸らす。


「ははっ、元気なルーキーたちだな」


 彼女は不快になるどころか、俺たちのやり取りを見て愉快そうに笑った。その笑顔は、さっきまで感じた圧を忘れそうなほど気さくで親しみやすい。


「よく来てくれた。私が白百合の剣のクランマスター、天城凛だ。座ってくれ」


 勧められるまま、俺と栞は対面のソファに腰を下ろした。ステラの5人は、まるで近衛兵みたいに部屋の隅で直立不動。瞳には強烈な憧れと忠誠心が宿っている。


「まずは礼を言わせてくれ。うちの可愛い妹たちを救ってくれてありがとな」


 天城はそう言って、深く頭を下げた。日本最高峰のSランク冒険者が、見ず知らずのCランク相手に躊躇いもなく頭を下げる。

 その姿勢だけで、仲間を大切にしているのが伝わってきた。だからこそ、あれだけ慕われるんだろう。


「いや、俺たちはたまたま居合わせただけです。それに、栞の魔法があったからこそ無傷で突破できたんです」


 俺がそう答えると、天城は顔を上げて興味深そうに俺を見つめてきた。


「謙遜しなくてもいい。君たちの活躍は、もう私の耳にも入ってきている」

「活躍、ですか?」

「ああ。妹たちの件だけじゃない。探索者の界隈で少し話題になっていてね」


 天城がニヤリと笑う。


「君が最近噂の、寝落ちニキか。何でも、寝ながら人間離れした動きをするって?」


 その言葉に、俺は思わず目を丸くした。寝落ちニキ。配信の視聴者が勝手につけた妙な呼び名だ。

 まさか、その噂がSランクの耳にまで届いているとは。


「栞ちゃんのデバフと、君の異常な身体制御。映像も少し見たが、あれは面白いコンビネーションだった。Cランク帯に留まっている器じゃないな」


 底抜けに明るい姉御肌。俺が想像していた孤高のSランクとは少し違う。

 もっと冷酷で、人間味のない戦闘狂だと思っていたが、目の前にいるのは面倒見の良さそうなお姉さんだ。


 その空気に、俺の警戒心は少しだけ緩んでいた。同時に、探索者としての好奇心が頭をもたげる。


 Sランク。彼女のステータスは、一体どれほど規格外なんだ。


 ほんの出来心だった。会話が途切れた隙に、俺はこっそりとスキルを発動した。

 鑑定。


 その瞬間。


 カチン、と。部屋の空気が凍りつく音がした気がした。


 ステータスウィンドウが展開されるより早く、息すらできないほど濃密な殺気が俺の首筋に突きつけられる。

 見えない刃が喉笛に食い込んでいる錯覚。心臓が早鐘みたいに鳴り、全身の毛穴から冷や汗が噴き出した。


 俺は椅子に座ったまま、指先一つ動かせない。

 本能が叫ぶ。動けば死ぬ。瞬きすら許されない。

 睡眠スキルでさえ、この絶対的な暴力の前では起動する暇もなく首を刎ねられるだろう。


 目の前の天城は、相変わらず気さくな笑顔のままだ。口角は上がり、瞳は穏やかに細められている。

 なのに、全身から放たれる圧が桁違いだった。


 部屋の隅のステラのメンバーも青ざめ、栞でさえ顔を強張らせている。


 俺は震える意識を必死に繋ぎ止め、咄嗟に鑑定をキャンセルした。展開されかけたウィンドウが、パチンと弾けて消える。


 その瞬間。

 喉元の見えない刃が、ふっと霧散した。凍りついた空気が元に戻り、俺は肺の奥に溜めていた息を一気に吐き出す。


「はぁっ……はぁ……っ」


 汗が背中を伝う。心臓の鼓動がうるさいほど耳の奥で鳴っていた。

 天城はソファの背もたれにゆったり身体を預け、テーブルの上で両手を組む。そして悪戯っぽく片目をつぶって見せた。


「勝手にレディの秘密を覗くのはマナー違反よ、ルーキーさん」


 優しい声。なのに有無を言わせぬ絶対的な重み。

 俺は無言で頷くことしかできなかった。圧倒的な格の違い。

 気さくなお姉さんという仮面の下に隠された、底知れない化け物の本性。俺は今、本物のSランクと対面している。


「すみません……」


 俺が頭を下げると、天城はカラハハッと快活に笑い飛ばした。


「いいさ。若い探索者はそれくらい好奇心旺盛な方が見込みがある」


 さっきの殺気が嘘みたいに消え、また気のいいお姉さんの空気に戻っている。だが俺のシャツは嫌な汗でべったりだ。


「驚かせてごめんなさいね、朝倉さん」


 部屋の隅の綾香が申し訳なさそうに言った。


「リーダーのレベルは200を軽く超えているという噂ですから……不用意に底を探ろうとすれば、スキルの反射による威圧だけで精神を持っていかれます」


 レベル200超え。その数字に、俺も栞も言葉を失った。俺が19で、栞が20だ。隔たりが途方もなさすぎる。


「まあ、レベルの数値なんてただの目安さ。私の本当の強さはステータスそのものじゃない」


 天城が深く座り直し、組んだ指先に顎を乗せる。


「私のユニークスキルは、仲間の応援が力になるって性質でね。自分に向けられた好意や熱狂、そのすべてが私自身のステータスを底上げするバフに変換されるんだ」


 仲間の応援が力になる。ロマンチックな響きなのに、彼女の立場を考えれば恐ろしい意味を持つ。


「リーダーは探索者の公式配信で、平均同接60万人を叩き出す世界トップクラスのカリスマなんです」


 沙織が誇らしげに補足する。

 60万人の熱狂。それが全部、天城自身のステータスを強化するバフになる。


 眩暈がした。災害級の魔物を単独でねじ伏せる生きた戦略兵器。その強さの根幹は、世界中の人々の支持と応援そのものだった。


「さて、世間話はこのくらいにしておこうか。今日君たちを呼んだ本題だ」


 天城が立ち上がり、デスクの引き出しから小さな木箱を取り出した。蓋を開けると、中には2つのアイテムが収められている。


 1つは、白百合の花が精巧に彫り込まれた銀色のエンブレム。もう1つは、鈍い光を放つ拳大の歪な魔石だ。


「うちの妹たちを救ってくれた礼だ。受け取ってくれ」

「これは……」

「白百合の剣の客分エンブレムだ。これを持っていれば、うちのクランの後ろ盾があるって証明になる。面倒な奴に絡まれたら、それを見せな。大抵のバカは逃げていく」


 天城がニヤリと笑う。

 Sランクの庇護。CランクやDランクにとって、金より価値がある防具だ。


「もう1つの魔石は、私が深層で拾ってきたレア魔石だ。まだ未鑑定だが、君たちの役に立つだろう」


 未知の高ランク素材。俺の合成の餌として、これ以上ないほどありがたい。


「こんな高価なもの……いいんですか」

「妹たちの命の恩人に、ケチな真似はできないさ。遠慮なく受け取ってくれ」


 俺と栞は顔を見合わせ、深く頭を下げて木箱を受け取った。



 数10分後。俺たちはステラのメンバーに見送られ、白百合の剣の事務所を後にした。


 池袋の賑やかな大通りを、駅に向かって歩く。ポケットの中の銀色のエンブレム。その冷たい感触を指先で確かめるたび、応接室で突きつけられた濃密な殺気が蘇る。


 レベル200超えの怪物。同接60万の熱狂を力に変える世界的カリスマ。

 俺の睡眠スキルは、まだあの高みには遠い。だが、不思議と絶望はなかった。


 俺もいつか、必ずあの高みに登り詰めてやる。胸の奥底で、静かな熱が燃え上がる。


「……なんだか、いい顔してるわね」


 隣を歩く栞が、俺の横顔を見てふっと小さく微笑んだ。


「そうか?」

「ええ。ブラック企業で死んだ魚みたいな目をしてた頃とは、大違いよ」


 からかうように笑う栞に、俺も自然と口角が上がった。Sランクという遥か高みを知ったことで、探索者としてのモチベーションがかつてないほど跳ね上がっていた。

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