第20話 装備一新と、地下庭園の周回
「まずは、一番肝心なメイン武器からだ」
俺はローテーブルの上に、愛用の軽量ミスリルナイフを置いた。
市販品とはいえ、300万もした高級品だ。
ベースにナイフを選択し、この1ヶ月で拾った質のいい素材――オーク・ウォーリアの剛牙をセットする。さらに、さっき合成で作った魔石(小)を追加。
ウィンドウには???の文字と、ロストの警告が点滅していた。
俺は迷わず確定を選ぶ。
強い光が収まると、ミスリル特有の銀の刃に、うっすら波打つような美しい刃紋が浮かび上がっていた。
鑑定(中級)がはじき出した数値は、元の4倍近い攻撃力。斬れ味の補正まで乗っている。
「よし、いける」
市販の武器でも問題なく強化できる。
続けて栞のメイン武器、深淵の骨杖。手持ちの良質な骨素材と魔石を合成にかけると、こちらも綺麗に通った。杖全体が淡い燐光を帯び、魔力の出力が目に見えて跳ね上がっていた。
◇
火力は整った。
問題は、その裏側だ。
俺の防具は探索を始めた頃に買った数千円の安物ジャケットに、くたびれた革手袋、履き潰したスニーカー。栞も似たようなもので、一般的な魔道士のローブに革のブーツ。アクセサリーに至っては2人とも何もつけていない。
「……攻撃力に対して、防御がペラペラすぎるわね」
栞が呆れたようにため息をついた。
試しに、俺のジャケットをベースにして鋼鉄の欠片を合成してみる。布地に鉄の繊維が編み込まれ、たしかに防御力は上がった。だが、数値にして微々たるもの。重量だけが増えて、動きが鈍くなる。
「鉄片や牙じゃ、防具の強化には限界があるな。重くなるし、動きにくくなる」
「ええ。本格的な防具を作るなら、ベースになる強靭な獣皮や特殊な布が必要よ」
それに、と栞が俺と自分の装備欄の空白を指差した。
「アクセサリー枠。ステータスや耐性を底上げする重要装備なのに、2人ともゼロじゃない」
「これも素材から作れないか?」
「ただの石ころや鉄の塊じゃダメ。魔力を帯びた指輪や首飾りの素体が必要なの」
栞は手元のタブレットを操作し、ギルドのデータベースを開いた。
「池袋ダンジョン群の中で、目当ての素材が落ちる場所を探すわ……ここがいい。Dランク上位エリア、猛獣の地下庭園」
「猛獣?」
「道中の魔物が、防具に最適な丈夫な皮や甲殻を落とす。それに、ここのダンジョンボスが低確率で銀の指輪の素体を落とすの」
「なるほど。ボスを周回してアクセの素体を集めつつ、道中で防具素材も回収する」
俺たちは次の目標を定め、頷き合った。
◇
池袋ダンジョン群、猛獣の地下庭園。
鬱蒼とした木々が天井を覆い隠す、広大な地下森林。空気が重い。濃い緑の匂いの奥に、獣の気配がびっしりと詰まっている。
ドローンを起動すると、ホログラムにコメントが流れ始めた。
『地下庭園きた!』
『ここDランク上位だぞ、大丈夫か?』
『ニキの新装備お披露目会か!?』
「いくわよ」
栞の支援魔法が掛かる。全身に熱が満ちた。
俺は敵の群れへ駆け出し、挑発を発動した。
四方から飛びかかってくる魔物たちを視界に収め――意識を手放す。
◇
暗闇の空間に、システムウィンドウが浮かび上がる。
『マンティコア と 毒針蜂×10 が あらわれた!』
まず群れを一掃する。コマンドを選ぶ。
『すり抜け連撃 消費SP:300』
ポン、と確定音。
『ユウマ の スキル:すり抜け連撃 が はつどう!』
眠りに落ちた肉体が、爆発的に駆動を始める。
◇
客観的に見れば、それは精密機械の暴走に近かった。
眠ったままの俺の身体が、毒針蜂の群れの間を紙一重で縫う。右手の強化ミスリルナイフが銀の線を描き、左手の強化黒短剣が黒い軌跡を残した。10匹の蜂が両断された。
止まらない。そのまま加速。マンティコアの獅子頭が牙を剥くより速く、懐へ滑り込む。2本の刃が、首元と脇腹へ同時に叩き込まれた。
ホログラムが荒れ狂っていた。
『刃が2本ある!? いつの間に二刀になったんだ!』
『右と左で違う軌道で蜂を両断したぞ!?』
『マンティコア秒殺ww Dランク上位だよな?』
『寝てるのに二刀流の動きが完璧すぎて草』
『神城のバフの出力も前と段違いだな』
陽気なファンファーレ。
ドロップ補正(中級)のおかげで、床には強靭な獣皮や鋼の甲殻が溢れんばかりに転がっていた。
◇
「……相変わらず、寝てる時のほうが無駄がないわね」
パチリと目を覚ますと、栞が呆れたように素材を回収していた。
俺たちはそのまま、地下庭園を狂ったような速度で周回し続けた。
2周目以降はもう慣れたもの。眠って、選んで、起きて、拾う。ファンファーレが何度鳴ったか、途中から数えるのをやめた。
10周、20周。ひたすら最高効率で狩り続ける。
コメント欄はいつしか実況から、呆れと畏怖に変わっていた。
『20周目ww バグだろこいつ』
『寝落ちニキ、マジで作業用BGMみたいに周回してる』
『素材の山えぐい……ドロップ運おかしくない?』
そしてついに、狙いのドロップを確認した。
銀の指輪(素体)が2つ。魔力石の首飾り(素体)が2つ。
俺たちぶん、きっちり揃った。
◇
タワーマンションのリビング。
テーブルの上に、山のような素材が並んでいる。
俺たちは手薄だった防御面を補強するため、いっきに合成を進めた。今朝引いた合成成功確率アップ(小)のおかげか、表示される成功率が以前より安定している。
まずは俺の装備から。
防刃ジャケットに強靭な獣皮と鋼の甲殻を重ねて合成。光が収まると、元の布製ジャケットは見る影もなく、黒い獣皮と鋼が一体化した軽量のレザーアーマーに生まれ変わっていた。鑑定を通すと、防御力は元の4倍以上。物理耐性の付与までついている。
手袋とスニーカーもマンティコア素材で作り替える。ガントレットは指先の自由度を殺さず、ブーツは足首のホールドが抜群に良い。数値だけじゃない、動きやすさが段違いだった。
「次は私ね」
栞のローブも、幻影蜘蛛の糸とマンティコアの霊皮で作り直す。深い藍色の魔導ローブに仕上がり、魔力の伝導効率が格段に上がっている。ブーツも状態異常への耐性が付与された堅牢なものになった。
そして、アクセサリー。
俺の指輪には守護石を、首飾りには疾風の羽を合成した。銀の指輪が淡く輝き、嵌めた瞬間に薄い防護膜が全身を覆う感覚がある。首飾りのほうは、身体が一段軽くなる。回避の底上げだ。
栞のアクセサリーも仕上げていく。指輪にはMP消費を抑える賢者石を、首飾りには霊力の核を合成。どちらも綺麗に成功し、栞の継戦能力を大幅に引き上げてくれる装備になった。
「完璧だわ……全身の装備が、最高ランクに更新された気分ね」
栞が新調した装備を確認し、満足そうに微笑む。
防御、機動力、継戦能力。
全部が以前とは比較にならないレベルで底上げされた。
「ああ。これなら、Cランクの深部でも余裕で戦える」
新しい防具の感触を確かめながら、俺は次の目標へ意識を向けた。
Cランクの深部。そこにある、まだ見ぬ高みへ。




