第2話:夢のおみくじと最適解の剣
夢のおみくじ、この仕組みが後々効いてきます。
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深い眠りの底。
浮かび上がるように意識が戻っていく感覚の中で、俺はまた、あの真っ黒な空間に立っていた。
静かで、冷たくて、音がない。
なのに、胸の奥だけが妙にざわつく。
視界のど真ん中に――
宝箱みたいなシルエットが、3つ。
横に並んで、ぼんやりと浮かんでいる。
「……夢か? いや……」
昨日のコマンド画面と同じ匂いがする。
これは俺の脳が見せている都合のいい夢じゃない。スキルの領域だ。
「俺、昔からクジ運だけは悪いんだよな……」
ぼやきながらも、手は勝手に動く。
迷っても仕方ない。
直感で真ん中を選ぶ。いつもこういう時に後悔するのに、なぜか今回は真ん中が『正解』に見えた。
指先がシルエットに触れた瞬間、
『身体能力強化Lv1を獲得しました』
無機質なアナウンスが響いた。
次の瞬間、真っ黒な世界がひっくり返るように引き剥がされて――
パチリ、と目が開いた。
窓の隙間から、まぶしい朝日が差し込んでいる。
「……身体が、軽い」
万年床から起き上がっただけでわかる。
関節が鳴らない。筋が痛まない。昨日のあの断裂しそうな筋肉痛が、嘘みたいに消えている。
そして――思い出す。
あの宝箱が出る直前、確かに聞こえた。
『睡眠時間:8時間を達成しました』
つまり。
毎日しっかり8時間寝ると、あの『おみくじ』が引ける。
「……やば」
笑いが出そうになって、喉の奥で噛み潰す。
ブラック企業時代、睡眠は削るものだった。
生きるために削ってたはずの睡眠が、今は『最強の稼ぎ頭』になった。
「よし……今日からは絶対に、毎日8時間以上寝る」
俺は急いでステータスボードを呼び出した。
『氏名:朝倉優馬』
『年齢:21』
『Lv:2』
『HP:120/120』
『SP:650/650』
『固有スキル:【睡眠】』
『スキル:【身体能力強化Lv1】』
レベルが上がって最大値が増えたのもわかる。
そして新しいスキルが、しっかり刻まれている。
軽く拳を握る。
内側から押し上げてくる力が、昨日より確実に強い。
「……ハズレじゃないな」
寝ればスキルが増え、戦えばレベルが上がり、レベルが上がればHPとSPが全回復する。
そして睡眠中は、俺の身体が最適解で勝手に動く。
詰んでる。いい意味で。
身支度を整え、俺は足早にボロアパートを出た。
◇
向かったのは、昨日と同じ冒険者ギルド。
探索者の武器はダンジョン外への持ち出しが厳しく制限されている。
ギルドの専用ロッカーか受付に預けるのが義務だ。
「おはようございます。昨日預けた武器の受け取りをお願いします」
探索者証を提示する。
対応したのは昨日と同じ、タイトな制服をパリッと着こなした受付嬢だった。
彼女は俺の顔を見るなり、目を丸くする。
「朝倉様……本当に、またいらっしゃったんですね」
「はい。どうかしましたか?」
「いえ……最下層とはいえ、初日で逃げ出さない方は珍しいので。それに……」
彼女は、呆れたようにため息をついて奥へ引っ込んだ。
戻ってきた手には、例の刃こぼれした粗悪なショートソード。
「こんな刃こぼれした武器、誰も盗みませんから。わざわざギルドに預けて帰るなんて、少し変わっていらっしゃるなと……」
完全に変人を見る目だ。
だが元ブラック企業の社畜としては、コンプライアンス違反で目をつけられる方がよっぽど怖い。
規則は守る。守って生き残る。染みついた習性だ。
「すみません。癖で」
「……癖で、ですか」
受付嬢は口元を引きつらせつつ、ドローンも一緒に渡してきた。
「配信ドローンの起動は義務です。昨日と同様、必ず――」
「わかってます」
俺はショートソードの柄を握り直し、ゲートへ向かった。
このダンジョンは田舎にある。
アクセスが悪く、ドロップも渋い。だから人気がない。
つまり――過疎。
他の探索者と出くわす心配がほとんどない。
俺の異常な戦闘スタイルを見られずに済む。
それだけで、今日の難易度が1段下がる。
◇
最下層の洞窟に入ると、ひんやりした冷気が肌を撫でた。
ドローンを起動すると、ふわりと宙に浮く。
昨日と同じく、俺の斜め後ろの『最適な位置』に自動で収まった。
数歩進んだだけで、前方の岩陰がぬらりと動く。
半透明の青い粘液の塊――スライム。
ショートソードを構え、ゆっくり息を吐く。
心臓は早い。けど、恐怖が違う。昨日のような絶望じゃない。
俺には『寝る』がある。
「睡眠」
念じた瞬間、抗えない睡魔が脳を塗りつぶした。
立ったまま、意識が落ちる。
真っ黒なコマンド空間。
『たたかう 消費SP:10』
1番上が光って見える。昨日は500も使ったカウンターしか手札がなかった。それが今は、たったの10。迷わず、たたかうを念じた。
『ユウマ の こうげき!』
『スライム の かくを せいかくに ついた!』
『スライム を たおした!』
陽気なファンファーレ。
パチリ、と現実に戻る。
ショートソードの切っ先が、スライムの核を貫いていた。
粘液が崩れ、魔石だけがコロンと転がる。
ドローンの配信画面に、ポツリとコメントが流れた。
『あ、昨日の寝落ちチート野郎だ!』
『また寝てるしwww』
昨日一人で大騒ぎしていた、あの物好きな古参リスナーだ。
今日も来ている。相変わらず暇なのか、嗅覚が鋭いのか。
俺は小さく笑い、さらに奥へ進んだ。
岩陰から現れたのは――ゴブリン。
昨日、俺を殺しかけた相手。
錆びたナイフを構え、黄色い目でこちらを睨んでいる。
だが、今はもう恐怖が薄い。
身体能力強化のおかげか、足元が地面にしっかり根を張っている感覚がある。理由があるから、怖くない。
「睡眠」
意識が落ちる。たたかうを選ぶ。
1撃では倒しきれない。ファンファーレは鳴らない。もう1度、たたかう。
パチリ。目の前のゴブリンが霧散していた。
「2ターン。合計20SPか」
コメント欄が狂ったように流れる。
『完全に寝てるのに、なんであんなステップ踏めるんだよ!?』
『2ターンで仕留めた……最下層のゴブリンとはいえ、初心者がやる動きじゃねぇぞ』
なるほど。
俺が夢の中で次のコマンドを選んでいる間、現実の身体は勝手に敵の反撃を完璧に回避していたらしい。
文字通り、最適解。
驚いている暇もなく、ステータスボードが激しく明滅した。
『レベル が あがった!』
『レベルアップボーナス! HP と SP が ぜんかいふく した!』
「……レベル3」
全身に、熱い何かが満ちる。
回復じゃない。充填。全能感に近い。
「これなら……次からはゴブリンも1ターンでいける」
俺は自然と、口角が上がるのを止められなかった。
通路の先から、足音が2つ。ゴブリンが2匹。横並びでこちらを威嚇している。
「睡眠」
落ちる。ターゲットを順にA、B。たたかう。たたかう。
レベルが上がった分、2匹とも1ターンで沈んだ。ファンファーレ。
パチリと目を開ける。
足元にはゴブリンが残した魔石が2つ、コロコロと転がっている。俺の身体は無傷。
「俺がAを斬ってる間、Bはどうしてた?」
配信画面を見ると、コメント欄が異様な速度で加速していた。
『1匹目の首斬り飛ばしながら2匹目の爪をスレスレで避けたぞ!?』
『複数相手のヘイト管理どうなってんだよ』
『回避が完全に未来予知レベル』
……なるほど。
俺の肉体は、勝手に敵の死角に入り、勝手に反撃を避け、勝手に最短距離で急所を斬っていた。
俺がやってることは一つだけ。
寝る。
選ぶ。
起きる。
拾う。
たったこれだけ。格闘技の心得もなければ、剣術を学んだこともない。
なのに、俺の身体は完璧に戦っている。
そこから先は、ただひたすらのルーティンだった。
人気のないダンジョンの利点を活かして、他の探索者に邪魔されないルートを選び、奥へ進む。
遭遇する端から睡眠を発動し、最適解で屠り、起きて魔石を拾う。
スライム。ゴブリン。さらに奥では天井から襲いかかる大蝙蝠。
初見の軌道だろうが関係ない。睡眠。たたかう。目覚めた時には一刀両断。
敵が何であれ、俺がやることは変わらない。眠って、選んで、起きて、拾う。
探索開始から、およそ3時間。
「……ふう」
ゴブリンの群れを処理して目覚めた俺は、足元の魔石を拾い上げ、リュックへ放り込んだ。
リュックはもう限界だ。
大量の魔石でパンパンに膨れ、これ以上入れたらチャックが閉まらない。
ドローンの配信画面の同接は、数十人。
明らかに増えている。
あの古参リスナーが、どこかのまとめサイトにでも晒したのだろうか。「寝てるだけで無双する奴がいる」とか書かれてそうだ。コメントの熱量が昨日とは違う。
ステータスボードを呼び出す。
レベルは5。
レベルアップのたびにHPとSPが全回復するから、身体の余裕はまだある。
このままなら、さらに深い階層に進むこともできる。
――だが、俺は歩みを止めた。
「今日はここまでだな」
一番の理由は、準備不足。
第2階層に入れば、出る敵も罠も変わる。
情報も装備もないまま突っ込むのは、自殺だ。
元ブラック企業の社畜として、事前の予習と準備を怠ることがどれほど致命的か、骨の髄まで知っている。
無理はしない。
確実に寝て、確実に勝つ。
それが俺のプレイスタイルだ。
踵を返し、俺は来た道を引き返した。
◇
冒険者ギルドの受付カウンター。
俺は、ゴトッと重いリュックを置いた。
「買い取りを、お願いします」
対応した受付嬢は、俺の姿を見て小さく目を瞬かせた。
「朝倉様……もうお帰りになられたんですね」
その声には、3時間で怖くなって逃げ帰ってきたのだろう、という呆れと納得が混じっている。
「ええ。中身の確認をお願いします」
俺が促すと、彼女は慣れた手つきでチャックを開け――
次の瞬間、動きが止まった。
「え……っ?」
彼女の顔から、ビジネスライクな仮面が剥がれ落ちる。
「こ、これ……全部、魔石ですか!?」
リュックの中には、ぎっしり詰まった魔石。
スライム、ゴブリン、大蝙蝠。
その数、ざっと50個以上。
「嘘……これだけの数を、お一人で? たった3時間で……?」
受付嬢の視線が、俺と、腰の刃こぼれしたショートソードを行ったり来たりする。
周囲にいた探索者たちも、何事かと振り返り、ざわつき始めた。
「ええ。よく寝たんで、調子が良くて」
受付嬢は口を開けたまま固まる。
俺はその反応を横目に、胸の奥で静かに確信した。
最強の探索者生活は――まだ、始まったばかりだ。




