第19話 グループ攻撃と、1ヶ月の躍進
重い鉄扉を押し開けた先は、地下スタジアムみたいな広大なドーム空間だった。
最奥の玉座に、ボロボロの王冠を被り、大剣に寄りかかる巨大な骸骨が座っている。
「なんだ。ボス1体だけか」
俺が呟くと、栞も不思議そうに目を細めた。
「みたいね。登竜門の主にしては、ちょっと拍子抜けというか」
油断が顔を出した、その瞬間だった。
カタカタ、カタカタカタ。
不気味な音が床を這う。
石畳の隙間から、白い骨が湧き出してくる。
10体。30体。50体。
気づけば、100体近いスケルトンが盾になるように陣形を組んでいた。
ホログラムのコメントが、即座にパニックへ染まる。
『うわっ、ハズレボスだ!』
『お供100体とかふざけんな!』
『囲まれたら終わりだ、早く逃げろ!』
「……冗談でしょ。大軍団じゃない」
栞が顔をしかめる。
だが、その目に恐怖はない。
「一掃できる?」
「ああ。さっきのスキルがぴったりだ」
俺の答えに、栞が深淵の骨杖を天に掲げた。
「いくわよ、優馬!」
禍々しい魔力の波紋が広がり、限界突破の支援魔法が叩き込まれる。
熱い。全身の細胞が歓喜している。
大軍勢が錆びた武器を構えて迫ってくるのを見据え、俺は目を閉じた。
深い睡魔が脳髄を殴り、意識が真っ暗な底へ落ちる。
◇
真っ暗な空間。
システムウィンドウが浮かび上がる。
『スケルトン・ロード×1 と スケルトン×100 が あらわれた!』
俺は内心で笑った。
100体いようが関係ない。
システム上、あれはスケルトンという『グループ』だ。
俺はスキルを選択する。
『すり抜け連撃 消費SP:300』
ポン、と軽い電子音。
コマンドが確定した。
『ユウマ の スキル:すり抜け連撃 が はつどう!』
◇
深く眠りに落ちたはずの肉体が、爆発的な速度で地を蹴る。
100体の骸骨の隙間を縫う、見えない通過ライン。
短剣術(初級)の恩恵が乗った動きは、淀みない軌道を描いた。
軽量ミスリルナイフが空気を切り裂く。
群れに飛び込み、頸椎の隙間へ極薄の刃が滑り込んでいく。
抵抗はない。乾いた骨が砕ける音だけが、小気味よく鳴り響く。
止まらない。
スケルトンたちが錆びた剣を振り下ろす頃には、もうその場から姿を消している。
群れを駆け抜け、最後尾にいたスケルトン・ロードの目の前で、刃の旋風がピタリと止まった。
配下を失い、戸惑うように動きを止める骸骨王。
だが自動化された戦闘本能は止まらない。
無防備に取り残された王の首へ、流れるように踏み込み、ミスリルナイフが突き立てられる。
あっけないほど簡単に、頭蓋骨が宙を舞った。
巨大な身体が崩れ落ち、ひときわ眩しい光の粒子へ変わる。
そして――
ズバァァッ!
遅れて、床一面で骨が砕け散る爆音が響いた。
◇
そこで俺はパチリと目を覚ました。
戦闘時間は数秒。
振り返ると、100体のスケルトンとロードが同時に魔石へ変わっていくところだった。
「……嘘でしょ。あれだけの数を、本当に数秒で」
栞が呆然と呟く。
ホログラムは、理解が追いつかないコメントで埋め尽くされた。
『え?』
『100体の群れが、線をなぞるみたいに全滅したぞ……』
『意味がわからん。残像が見えた』
『ボス、ぼっちになって首飛ばされたww』
俺は軽く刃を確認し、鞘に収めた。
光が収まった床に、ひときわ輝くものが2つ落ちている。
1つは、ロードの被っていた王冠。
もう1つは、淡く発光する水晶みたいな石。
「夢の欠片……3つ目だ」
俺はそれらを拾い上げ、収納へ放り込んだ。
◇
それから1ヶ月。
俺たちは池袋ダンジョン群のDランク帯を、驚異的なペースで攻略していった。
制覇したダンジョンは10個。
やることは変わらない。眠って、選んで、起きて、拾う。ファンファーレが何度鳴ったか、途中から数えるのをやめた。
危険察知と罠感知が先に敵を拾い、面倒な区画は気配を絶って駆け抜ける。最短ルートでボス部屋へ直行。無傷で。ほぼ休憩なしで。
Dランク帯の魔物では、足止めすらできなかった。
経験値と素材は雪だるま式に膨れ上がり、レベルと資金も異常な速度で伸びていく。
当然、ギルドがこの速度を放っておくはずもない。
俺と栞は、あっさりCランクへ昇格した。
◇
「お疲れ様。Cランク昇格、おめでとう」
タワーマンションの広いリビング。
シャワーを浴び終えた栞が、濡れた髪をタオルで拭きながらソファに腰を下ろす。
俺は冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを2本取り出し、1本を彼女へ渡した。
「そっちもな。乾杯」
「ん、冷えてて美味しい」
栞はひと口飲んで満足そうに息を吐いた。
「それにしても、ドロップ補正のおかげで素材がすごい量になったわね。ギルドで換金するのも大変だわ」
「ああ。だから、ちょうどいい機会だと思ってな」
俺は自分の分のビールをローテーブルに置く。
この1ヶ月の攻略で、夢の欠片はさらに1つ増えていた。
合計で4個。
今朝の睡眠ボーナスで欠片のおみくじが引けて、そこでとんでもない新スキルを引き当てた。
――もちろん、睡眠システムのことは栞に話さない。
俺は何食わぬ顔で切り出す。
「実は最近、合成っていう新しいスキルを覚えたんだ。余った素材で試していいか?」
「合成? いいわよ」
俺は収納から、腐るほどドロップした魔石(極小)を2つ、テーブルに出した。
意識を集中させ、スキルを発動する。
半透明のウィンドウが浮かび上がり、素材を選ぶと合成結果が先に表示された。魔石(小)。結果を確認して確定を選ぶ。
淡い光が2つの魔石を包み、次の瞬間、1つの魔石(小)へ変化した。
「……嘘。素材のランクが上がったわよ?」
栞が目を丸くして身を乗り出す。
「装備品でも試す」
俺は予備のナイフを取り出す。
ベースにして、装甲猟犬の鋼鉄の欠片、オークの鋭い牙、触媒として魔石(小)を選択する。
ウィンドウの合成結果は、名称もステータスも???。まだ作ったことがないからだろう。さらに赤字の警告が出ている。
『※装備品合成に失敗した場合、ベース以外の素材と魔石はロストします』
「失敗すると、素材と魔石は消えるみたいだな」
「えっ、もったいない……」
「余り物だから痛くない」
俺は迷わず確定を選んだ。
強い光。収まる。
テーブルの上に残ったのは、元のナイフの面影を残しつつも、黒光りする強靭な刃を持った新しい短剣だった。
刃が黒く輝いている。中級に上がったばかりの鑑定が、即座に数値を弾き出した。攻撃力は元の4倍以上。おまけに装甲を貫く付与まで乗っている。
予備のなまくらが、中堅冒険者のメイン武器級に跳ね上がった。
「これ、生産職の最上位スキルじゃない!」
栞が信じられないものを見るように叫んだ。
「失敗のリスクはあるけど、素材さえあれば強い装備が作り放題ってことね」
「ああ。防具やアクセサリーも作れるはずだ」
俺は短剣の刃を確かめながら頷く。
今の俺たちには、300万のミスリルナイフと深淵の骨杖がある。
だが防具やアクセサリーは手薄で、ずっと後回しだった。
「でも手持ち素材は、牙とか鉄片とか武器向けばかりだ。防具に使える丈夫な皮や、アクセサリー用の鉱石が足りない」
「なるほどね……なら、いきなりCランクの深部に突っ込むのは保留にしましょうか」
栞が楽しそうに口角を上げる。
「ああ。まずは装備を全身一新する。素材集めのために周回だ」
俺は缶ビールに口をつけた。
◇
何気なく、ステータスボードを開く。
数字が並ぶ。レベル18。HP450。SP3200。
1ヶ月前のレベル16から、着実に積み上げてきた結果だ。
スキル欄をスクロールして、一つのところで指が止まる。
『二刀流』
3週間前の睡眠ボーナスで引き当てた。手元の予備のナイフと組み合わせてみたが、剣が頼りなくて結局ほとんど活かせなかった。ずっと持て余してきたスキルだ。
テーブルの上に、さっき作った黒短剣が置いてある。黒い刃が、リビングの灯りを静かに反射している。
――これで、やっと使い道ができる。
俺はボードを閉じた。




