第18話 白金の連撃と、すり抜けの剣
これから始まる戦いを思うだけで、胸の奥から熱がこみ上げてくる。
朝の冷たい空気を吸い込み、俺たちはギルドの外へ歩き出した。
目指すのは、池袋ギルドから少し離れた場所にあるダンジョン。
歩きながら、俺はぽつりと言った。
「新しいスキルを手に入れた」
栞が不思議そうに首を傾げる。
「なんで、ダンジョンに行ったの?」
「行ってないよ」
「じゃ何でよ」
「そのうち分かる」
栞は納得いかない顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。
◇
目的のダンジョンは、地下鉄の廃駅みたいな構造だった。
薄暗い階段を下りると、コンクリートと鉄骨が剥き出しの閉鎖空間が広がっている。
空気はひんやり冷たく、古いカビと微かな魔力の匂いが混ざって鼻を突く。
足元には砕けたタイル。奥の通路は深い闇に沈んでいた。
入り口のホーム跡地で、栞が足を止める。
「ここは池袋ダンジョン群の登竜門ね。難易度は、この前制覇した田舎の初心者ダンジョンと同じくらい。ひとまず、軽くここをクリアしましょう」
「ああ」
探索開始に合わせて、栞が専用ドローンを起動した。
ふわりと宙に浮いたレンズが俺たちを捉え、ホログラムモニタにコメントが一気に流れ始める。
『1週間ぶり!』
『生きてたのか寝落ちニキ!』
『東京編きたあああ!』
『Dランク昇格おめ!』
『神城の杖、禍々しすぎだろww』
『ニキの腰のナイフ、ミスリルの高級品じゃね?』
音沙汰がなかったぶん、流れが異常に速い。
栞がドローンへ微笑んだ。
「おはようございます、栞です。今日から東京編。まずは池袋の登竜門からよ。Dランクになった私たちの初陣、しっかり目に焼き付けなさい」
◇
薄暗い通路を歩き出して数分。
不意に、俺の頭の中で警鐘が鳴った。
未検証の睡眠ボーナスの一つ、気配察知。
前方の暗がりから、複数の敵意を拾った。
俺は無言で足を止め、ナイフの柄に手を掛ける。
物陰から飛び出してきたのは、金属みたいに鈍く光る外殻を持った四足歩行の魔物だった。
俺は意識して、もう一つの新スキルを発動させる。
鑑定(初級)。
脳内に、文字がすっと浮かび上がった。
『装甲猟犬』
名前だけ。初級だからか、弱点までは見えない。
「装甲猟犬が5体。来るぞ」
俺が短く告げた瞬間、栞が深淵の骨杖を天に掲げた。
「いくわよ、優馬!」
次の瞬間、全身を莫大な魔力の圧が駆け巡った。
新しい杖の破格の性能。栞の支援魔法が淀みなく細胞の隅々へ浸透し、肉体が爆発的な熱を帯びる。
先頭の装甲猟犬が床を蹴って飛びかかってきた。
俺は目を閉じる。
深い睡魔が脳髄を殴り、意識は真っ暗な底へ落ちた。
◇
真っ暗な空間。
システムウィンドウが浮かび上がる。
『そうこうりょうけん×5 が あらわれた!』
『たたかう 消費SP:10』
『まほう』
『どうぐ なし』
『スキル』
『にげる 消費SP:100』
2つ目の夢の欠片を取り込んでから、初めての戦闘。あの真っ黒なコマンド空間に繋ぎ直された感覚が、妙に懐かしい。
俺はスキルを選択した。
表示されたリストから、新しい力を選ぶ。
『すり抜け連撃 消費SP:300』
ポン、と軽い電子音。
コマンドが確定した。
『スキル:すり抜け連撃 が はつどう!』
◇
深く眠りに落ちたはずの肉体が、完全に脱力した状態から爆発的な速度で地を蹴る。
敵と敵の隙間を縫う見えない通過ラインを、なぞるみたいに。
そこには新スキル、短剣術(初級)の恩恵が乗っていた。
ナイフの最適な握り。刃を入れる角度。眠ったままの身体が、本能だけでそれを実行する。
軽量ミスリル合金のタクティカルナイフが空気を切り裂いた。
一瞬で懐へ入り込み、分厚い装甲の隙間へ極薄の刃を滑り込ませる。
抵抗がない。豆腐みたいに急所が断たれた。
止まらない。
2体目。3体目。
敵の牙が残像を噛み砕く頃には、もう5体全部の背後を抜けていた。
『そうこうりょうけん×5 を たおした!』
陽気なファンファーレ。
◇
ズバァッ、と遅れて破裂音が響く。
そこで俺はパチリと目を覚ました。
振り返ると、装甲猟犬が5体同時に崩れ落ち、光の粒子になって魔石へ変わるところだった。
戦闘時間は数秒。
「……嘘でしょ。装甲猟犬の群れを、一瞬で」
背後で栞が息を呑んだ。
ホログラムはコメントの滝で埋め尽くされている。
『は!?』
『速すぎぃぃぃ!』
『アーマード・ハウンドを豆腐みたいに斬ったぞ!?』
『敵の間をジグザグにすり抜けて、全部一撃だった!』
『今の動き何!? 残像見えたんだが!』
『ニキの速度もヤバいけど、神城のバフ出力どうなってんの!?』
俺は軽く刃を確認する。刃こぼれ一つない。
そのまま鞘に収めた。
新しい武器。破格の杖の支援。新たなスキル。
全部が噛み合っていた。
「今のが、さっき言ってた新しいスキル?」
栞が目を丸くして聞く。
「ああ。すり抜け連撃っていうスキルみたいだ。寝てる間に、敵の間を抜けながら急所を突いてくれるらしい」
「デタラメね。本当に」
呆れた声なのに、目は興奮している。
「よし、この調子で行こう」
俺は落ちた魔石を拾い、通路の奥へ足を踏み出した。
◇
それから数時間。
俺たちはDランクダンジョンの内部を驚異的なペースで制圧していった。
途中で出てくる群れも、5階層を守っていた中ボスも、今の俺たちには通過点でしかない。眠って、選んで、起きて、拾う。ファンファーレが何度鳴ったか、途中から数えるのをやめた。
道中の戦闘でレベルが2上がり、14から16になった。基礎がさらに底上げされているのが肌で分かる。
そして今。
俺たちは最下層、10階層のボス部屋の前に到達していた。
重厚な両開きの鉄扉が、行く手を塞いでいる。
「ふぅ……さすがに少し疲れたわね。でも、すごいペースよ」
栞が壁にもたれ、小さく息を吐く。
ドローンは少し離れた場所で待機モードにしてある。
俺は背負っていたダミーのリュックに手を入れるふりをして、意識を集中させた。
ポスッ。
収納から、よく冷えたスポーツドリンクのペットボトルを2本取り出す。
俺はそのうち1本を栞に軽く投げた。
「ほら、お疲れ」
「えっ、冷たっ」
受け取った栞が、ボトルの冷たさに目を丸くした。
「ちょっと待って。これどういうこと? リュックに入れて持ち歩いてたにしては、なんでこんなにキンキンに冷えてるのよ。ダンジョンに入ってから何時間も経ってるのに」
「収納のスキルだ。最近使えるようになった。時間経過が止まるみたいで、入れた時の温度のまま取り出せる」
「……はあ!?」
栞はボトルと俺を交互に見比べ、信じられない顔をした。
「アイテムボックス系なんて、Aランク以上でも滅多に持ってない超希少スキルよ!? それを、ただ飲み物を冷やしておくためだけに使ってるの?」
「便利だからな。……でも、これ以上目立つと面倒だ。悪いけど、このスキルのことは配信でもギルドでも内緒にしてくれ」
「当たり前よ。こんなのバレたら荷物持ちとして色んなクランから引き抜きが殺到してパニックになる。……本当に、あなたの規格外っぷりには頭が痛くなるわ」
栞はため息をつきながらも、キャップを開けて喉を鳴らした。
俺もスポーツドリンクを煽る。冷たい液体が、火照った身体に染み渡っていく。
数分の休憩で、息は整った。
空になったボトルをダミーのリュックへ入れるふりをして、収納へ戻す。
俺は立ち上がった。
「それじゃ、行こうか」
「ええ」
栞も杖を構え、ドローンの位置を調整した。
ホログラムに再びコメントが流れ始める。
『お、ボス戦か!』
『寝落ちニキの無双頼むぞ!』
『東京での初ダンジョン制覇!』
冷たい鉄の扉に手を掛ける。
この奥にいるのが、この登竜門の主だ。
俺たちは顔を見合わせ、同時に重い扉を押し開けた。




