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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第17話 池袋ギルドと、3LDKの現実

 新幹線で東京駅に降り立った。

 そこから満員の山手線に揺られること数十分。


 人の波に押し流されるように改札を抜け、駅の外へ出る。

 見上げた空は、周囲を隙間なく囲む巨大な商業施設と高層ビル群に切り取られて、狭く四角く見えた。


「これが、池袋……」

「東京は初めて?」

「ああ。ちょっと、人に酔いそうだ。地元とは全然違う」


 俺が言うと、前を歩く栞がキャリーケースを軽く引きながら、呆れたみたいに笑った。


「すぐ慣れるわ。それに、ただ人が多いだけじゃない。ほら、魔力の密度が向こうの街とは桁違いでしょ」

「確かに、空気が重い気がする。ここが、日本で一番のダンジョン密集地なのか?」

「そうよ。この池袋を中心に、初心者向けの低階層ダンジョンから、Aランクの化け物が潜る深淵のゲートまで、あらゆるランクのダンジョンが網の目みたいに点在してるの。だから、私たちみたいな成長途中の探索者が拠点を置くには一番都合がいい」


 栞の言葉に頷きながら前を見る。

 ビル群の中でも一際異彩を放つ、巨大なガラス張りの建造物がそびえ立っていた。


「あそこが、探索者ギルド・池袋メガダンジョン支部よ」

「……でかいな。国際空港かと思った」

「日本中の有望な探索者と、莫大な金が集まる場所だもの。当然よ」


 すれ違う探索者たちの装備も、地元のギルドとは比べ物にならない。

 傷だらけの革鎧のベテラン。最新の魔力コーティングの防具を纏う若手パーティ。


 見ているだけで、胃の奥が重くなる。

 俺は小さく息を吐き、栞と一緒に巨大な自動ドアをくぐった。



 中は外観の印象そのままに広大だった。

 吹き抜けロビー。巨大な電光掲示板がいくつも並び、魔石の買い取り相場と各ダンジョンの発生状況が目まぐるしく更新されている。


 俺たちは喧騒を抜け、大理石のカウンターが長く続く受付へ向かった。


「すみません。拠点移転の手続きと、前の支部から転送したドロップ品の受け取りをお願いします」

「かしこまりました。ギルドカードをお預かりいたします」


 洗練された制服の受付嬢が、完璧な営業スマイルでカードを受け取る。

 だが端末に読み込ませた瞬間、指先が止まった。


「……えっ。登録からわずか数日で、Dランクへの特例昇格……?」


 受付嬢の視線が、モニターと俺たちの顔を往復する。

 笑顔に、驚きと値踏みの色が混ざった。

 隣で栞が、ふんわり笑う。


「ええ。何か問題でも?」

「い、いえ。大変素晴らしい実績かと存じます。池袋支部へようこそ」


 受付嬢は慌てて姿勢を正し、声色が明らかに丁寧になる。


「移転手続きは完了いたしました。転送手配されておりました深淵の骨杖につきましても、当支部の保管庫で厳重にお預かりしております」

「ありがとうございます。助かりました」

「あの、お二人とも、まだ専属のギルド職員はついておられませんか? もしよろしければ、私が今後のサポートを」

「結構よ。面倒な縛りは増やしたくないの」


 俺が断る前に、栞が食い気味に遮った。

 受付嬢は一瞬だけ残念そうにして、すぐに営業スマイルへ戻る。


 俺は軽く会釈してカウンターを離れた。


「次は優馬の武器ね。併設のショップに行きましょう。どんなのがいいの?」

「前のナイフは、オーク・ディザスターのカウンターの衝撃で完全に砕けた。支援の速度を殺さない軽さと、巨体の骨を断つ硬さ。できればその二つが欲しい」

「要求が高いわね。そんな魔法みたいな武器、そう簡単には売ってないわよ」

「わかってる。手に入る範囲で一番マシな妥協点を探す」



 ギルド奥の探索者用デパートは、規模が頭おかしかった。

 ショーケースに並ぶ武器の値札が、軽く現実を殴ってくる。


 数十万。数百万。

 中には、応相談。


 俺は何十本も見比べて、あるショーケースの前で足を止めた。

 大手メーカーの刻印。

 軽量ミスリル合金のタクティカルナイフ。

 余計な装飾はない。


 刃渡りは前のゴブリンナイフより少し長い。刃の厚みは極限まで薄い。

 これなら、最小動作でも空気抵抗を抑えられる。

 俺の速度に、ついて来る。


 だが、価格タグを見て息を呑んだ。


「300万、か……」

「高い?」

「前のナイフはドロップ品だったからな。武器に大金を払うのは初めてだ」


 家賃3万円を捻り出していた頃の感覚が、勝手に首を絞めにくる。

 だが栞は、横から覗き込んであっさり背中を押した。


「買えるでしょ。換金した特大魔石と、先週の配信の投げ銭分だけで余裕よ」

「……そうだな。命を預けるものだ。ここで出し惜しみはできない」


 絶対に壊れない武器なんて存在しない。

 なら今の資金と戦闘スタイルに合わせた最適解はこれだ。


 俺は店員を呼び、購入した。

 そしてすぐに保管庫へ登録手続き。外へ持ち出すのは法律違反になる。


 準備は整った。


「よし。それじゃあ、私たちの新しい拠点に行きましょうか」

「ああ。頼む」


 栞の後ろを追いながら、俺はボストンバッグの持ち手を強く握り直した。



 夕方。

 池袋ギルドから少し歩いた場所にある、セキュリティ万全の高層マンション。


 コンシェルジュ常駐。大理石張りのエントランス。

 専用エレベーターで高層階へ上る。


 栞がカードキーをかざして重厚なドアを開けた瞬間、俺は立ち尽くした。


「……随分と、立派な部屋だな」


 3LDK。

 広々したリビング。真新しい巨大なシステムキッチン。最新の大型家電。

 壁一面の窓からは、夕日に染まり始めた池袋の街並みと、さっきまでいたギルドの巨大な建造物が見下ろせた。


 家賃3万円のボロアパートなら、このリビングだけで余裕で三つ入る。

 入り口で固まる俺を見て、栞が得意げに笑った。


「当然でしょ。私たち、もうDランクの探索者よ。稼ぐ力があるんだから、コンディションを整える環境には投資しないと」

「それにしても、広すぎる気がするが」

「この街じゃこれくらい普通よ。ほら、突っ立ってないで入って」


 促されて靴を脱ぎ、恐る恐るリビングへ足を踏み入れる。

 床の感触すら、万年床のカビ臭い畳とは別物だった。


「あっちの一番広い部屋が私。その隣があなたの部屋ね。キッチンとバスルームは共有。自由に使っていいわ」

「ああ……物件探しから契約まで、色々手配してくれて助かった」

「気にする必要ないわ。バディなんだから、これくらい当然」


 栞はキャリーケースを自室前に置き、振り返って少しだけ意地悪な目を向けた。


「ただ、お互い生活リズムには気をつけましょうね」

「生活リズム?」

「私、お風呂上がりは結構薄着でウロウロしちゃうタイプだから。鉢合わせても、変な声出さないでよ?」


 からかう口調。

 同居の現実が、急に距離を詰めてくる。

 柄にもなく、頬に熱が集まった。


「……善処する」

「ふふ。期待してるわ。今日は長旅だったし、外で適当に食べてゆっくり休みましょう。明日からはいよいよ東京での初陣よ」

「ああ、わかった」


 俺は短く咳払いして、逃げるように自分の部屋へ向かった。


 あてがわれた個室も十分すぎるほど広い。

 部屋の隅にボストンバッグを置いただけで、荷解きが終わってしまった。

 真新しいベッドに腰を下ろし、俺は静かに息を吐く。



 翌朝。

 俺と栞はマンションを出て池袋ギルドへ向かった。

 朝のギルドは、これから潜る探索者の熱気と緊張感で満ちている。


 地下の保管庫で装備を受け取る。

 俺は昨日購入した軽量ミスリル合金のタクティカルナイフのホルダーを腰に固定し、柄を握って軽く引き抜いた。


 驚くほど軽い。

 なのに刃こぼれしそうな気配がない。圧倒的な金属の密度が伝わってくる。

 これなら、俺の思い描く最適解の軌道についてこれるはずだ。


 隣では栞が、専用ハードケースから深淵の骨杖を取り出していた。

 禍々しい装飾の杖を握った瞬間、周囲の空気がビリッと震えた。栞を中心に魔力の密度が跳ね上がるのが肌で分かる。


「……すごい。魔力伝導率が前の安い杖とは段違い。支援のロスがさらに減る。もっと精密な調整ができそう」

「頼もしいな」


 準備は万端だ。


 俺の肉体には、この1週間の睡眠で蓄積した未検証の睡眠ボーナスが眠っている。

 それに加えて、新しい武器。

 破格の魔力を秘めた杖。

 最強のバディ。


 保管庫を出て、俺たちはギルドの外へ向かう。

 巨大な自動ドアを抜け、朝の冷たい空気を吸い込んだ。


「行くぞ」

「ええ。私たちの初陣ね」


 俺たちは顔を見合わせてうなずいた。

 これから始まる戦いを思うだけで、胸の奥から熱がこみ上げてくるのを抑えられなかった。

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