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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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15/21

第15話 限界支援と、最深部の主

 10階層の最深部。


 重厚な両開きの扉の前に立つ。

 ここが初心者ダンジョンの終点だ。

 踏破推奨レベルは20のフルパーティ。現在の俺はレベル12、栞はレベル14。


 扉の前で、栞が鋭い視線を向けてきた。


「相手は初心者ダンジョンの主よ。基礎ステータスが違いすぎる。限界まで支援を乗せても、刃が届くか分からないわ」

「……遠慮しなくていい。限界まで出してくれ」

「……壊れても知らないわよ」

「……行ける、と思う」


 短いやり取り。

 俺は扉を押し開けた。



 広大な石室。冷たい空気が肌を刺す。


 奥に鎮座していたのは、見上げるほどの巨躯だった。

 最下層のボス。オーク・ディザスター。


 丸太みたいな四肢。鋼みたいな極太の筋繊維が、縄で縛ったみたいに盛り上がっている。

 どす黒い皮膚には無数の傷跡。これまでの魔物とは次元が違う、歴戦の暴力がにじんでいた。


 手には、大岩に無骨な鉄の柄を突き刺しただけの巨大な槌。


 ただ立って、低く濁った息を吐くだけで、室内の空気が重くきしむ。


 格が違う。

 本能が警鐘を鳴らすほどの死の気配。


 だが、俺は高品質なゴブリンナイフを逆手に構え、短く息を吐いた。


 そして目を閉じる。


 睡魔が脳髄を殴る。

 真っ黒な視界。白枠のウィンドウ。


 『オーク・ディザスター が あらわれた!』


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ なし』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 俺は迷わず『たたかう』を念じた。


 ポン、と軽い電子音。


 意識が深く沈み、肉体だけが最適解で動き出す。



 ドローン越しに、コメント欄が加速する。


 『初心者ダンジョンの主じゃん!』

 『推奨レベル20だぞ! 2人じゃ無理だろ!』


 悲観の声が画面を埋める。


 だが栞はドローンの前で極大の魔法陣を展開した。

 観測するのは、優馬の筋肉の軋みと骨の悲鳴。

 肉体が自壊する直前、99.9%の限界支援を乗せる。


 脱力した俺の身体が、弾けるように加速した。


 オーク・ディザスターが咆哮し、鉄槌を横薙ぎに振るう。

 遅い重撃じゃない。巨体からは信じられない神速の薙ぎ払い。

 風圧だけで床が抉れ、砕けた破片が散弾みたいに飛び散った。


 それを、俺の肉体は紙1枚ぶんで躱した。


 そのまま懐へ踏み込み、ナイフを足の関節へ叩き込む。

 だが、分厚い筋肉の鎧に阻まれ、刃が滑る。

 火花が散った。


 『おい、攻撃通ってないぞ!』

 『ボスの連撃速すぎだろ!』


 ボスの攻撃は止まらない。

 振り抜いた鉄槌を強引に引き戻し、上段から叩きつけ、さらに裏拳。

 暴風みたいな連撃。

 密度の濃い死闘。


 俺の肉体は、死の軌道をミリ単位で見切り、踊るように回避を続ける。

 だが、ステータスの壁が重くのしかかる。


 斬り重ねるほど、ゴブリンナイフが刃こぼれしていく。

 限界支援を受けた筋繊維が悲鳴を上げ、掌から血が滲み始めた。


 栞は額に汗を浮かべ、瞬きも忘れて支援を切り替え続ける。

 避ける瞬間に速度。刃を当てる瞬間に筋力。

 コンマ0.1秒でも遅れれば、俺の肉体が自壊する。


 やがてナイフは限界だった。

 刃はボロボロに欠け、まともな斬撃が通らない。


 その時、ボスが両腕で鉄槌を高く振り上げた。

 全身の筋肉を膨張させた、最大の大振り。

 石室そのものを粉砕するような一撃が、脳天めがけて振り下ろされる。


 だが、最適解は回避に逃げなかった。


 歩幅は変えない。呼吸も崩さない。


 轟音の直前。

 俺の肉体は前傾で、極限まで踏み込んだ。


 狙うのは懐。鉄槌の死角。


 栞が意図を読み取る。

 防御と回避の支援を切り捨て、速度と貫通力だけを1点に叩き込んだ。


 振り下ろされる鉄槌の絶大な運動エネルギー。

 それとすれ違う神速の踏み込み。

 ボロボロのナイフが、ボスの体重とスイングの勢いを逆利用する形で、顎の下から脳髄へ向けて深々と突き刺さる。


 質量を利用した完璧なカウンター。


 パァン、と。


 限界を迎えた刃が、頭蓋の奥で砕け散った。


 巨体が硬直する。

 そして地響きを立てて石畳へ崩れ落ちた。



 真っ暗な空間に、陽気なファンファーレ。

 取得経験値UP(小)の補正が乗り、無機質なテキストが連なる。


 『オーク・ディザスター を たおした!』

 『ゆうま の レベル が 14 に あがった!』

 『しおり の レベル が 16 に あがった!』

 『レベルアップボーナス! HP と SP が ぜんかいふく した!』


 パチリと目が覚める。


 全回復の恩恵で、酷使した筋肉の熱も掌の傷も嘘みたいに消えていた。

 だが、手の中で柄だけになったナイフが、さっきまでの死闘を物語っている。


 床には特大の魔石。

 そして――淡いピンク色に発光するハート形の石。

 かつて睡眠ボーナスの三択を黄金に変えた、あのアイテム。


 2つ目の夢の欠片だ。


「……また出たか」


 俺はそれを拾い上げ、特大魔石と一緒にリュックへ入れるふりをして収納へ放り込む。


 空中のウィンドウは、かつてない熱狂だった。


 『マジで倒したぞ……』

 『初心者ダンジョン制覇しやがった!』

 『最後のカウンター何!? 相手の力利用して脳天貫いたぞ!』

 『神城栞の切り替えもヤバすぎだろ』

 『伝説の始まりを見た』


 俺は小さく息を吐き、柄だけのナイフをダミーのリュックに仕舞った。



 夜の探索者ギルド。


 俺と栞が足を踏み入れると、ロビー中の視線が集まった。

 地雷ヒーラーと、得体の知れない新人。

 嘲笑と好奇が交錯する中、俺たちは歩幅を変えず受付へ向かう。


 顔なじみの受付嬢が、いつもの営業スマイルを浮かべた。


 俺は無言でダミーのリュックを下ろし、中身をカウンターに並べる。

 道中で狩った魔石の山。

 そして最後に置いたのは、主を倒した証。


 オーク・ディザスターの砕けた鉄角と、通常サイズの何倍もある特大魔石。


 受付嬢の笑顔が引きつり、呼吸が止まる。

 周囲の探索者も気づき、ロビーが水を打ったように静まり返った。


「これ……10階層の、主の……? まさか、2人で……?」

「はい。査定をお願いします」


 俺が淡々と告げると、受付嬢は震える手で受け取った。

 その直後、ギルド奥から責任者が駆け出してくる騒ぎになる。


 登録から間もない新人と、地雷ヒーラー。

 その2人による、最速の初心者ダンジョン完全制覇。


 この異常な実績を前に、ギルド側は規定の審査を飛ばす判断を下した。

 結果、俺と栞の冒険者ランクは特例として飛び級し、Dランクへ昇格した。


 手続きが終わり、真新しいDランクのギルドカードが渡される。

 硬い金属の冷たい感触。


 隣の栞が、周囲の唖然とした視線を浴びながら誇らしげに鼻を鳴らした。


 これで初心者ダンジョンはクリアだ。

 中級ダンジョンへの挑戦権を得た。


 そして明日の朝には、2つ目の夢の欠片で引ける黄金の睡眠ボーナスが待っている。


 柄だけになったナイフの重みと、確かな高揚感を胸の奥にしまい込み、俺たちは夜のギルドの扉を押し開けた。

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