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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第14話 完璧な観測手と、手のひら返しの熱狂

 朝の探索者ギルド前。

 冷たい空気が張り詰める中、待ち合わせ場所に指定した石柱の影に、栞はもう立っていた。


 栞の周囲だけ、他の探索者が不自然に距離を取っている。

 地雷ヒーラーに対する露骨な忌避感。まるで見えない結界だ。


 だが、俺も栞もそんな視線は気にしない。


「おはよう。体調は?」

「よく寝たからばっちり。まずは8階層のボスだ」


 短いやり取り。

 昨日までの敬語は消え、自然な相棒の空気ができていた。



 ダンジョンへ入り、7階層に足を踏み入れたところで、栞が配信用の小型ドローンを起動した。

 ふわりと浮いたレンズが俺たちを捉える。


 通知が飛んだ直後から、同接が異常な速度で跳ね上がった。すぐに3000を超える。


 『昨日の寝落ちニキだ!』

 『神城栞の隣にいて無傷なやつ初めて見た』

 『今日は魔法寄りの階層だけど大丈夫か?』

 『昨日はまぐれだろ』


 期待と半信半疑が混ざった声。


 だが7階層の道中を塞ぐ程度の魔物では、俺たちの足は止まらない。

 襲いかかってくる群れを、俺の最小回避と、栞の的確な支援で処理する。


 歩幅は変えない。呼吸も崩さない。

 倒れた魔物は光の粒子になり、残るのは魔石だけだ。


 その光景が続くほど、コメントの温度が変わっていく。


 『え、強っ』

 『動きに無駄がなさすぎる』

 『ガチじゃん……』


 勢いのまま、俺たちは8階層のボス部屋へ辿り着いた。


 重厚な石の扉。隙間から濃密な魔力が漏れ、肌が粟立つ。

 俺は扉を押し開けた。


 室内に充満する冷たい魔力。

 薄暗い空間の奥にいたのは魔法型ボス、アビス・シャーマン。

 取り巻きのアビス・カルトが4体。合計5体。厄介な陣形だ。


 アビス・シャーマンはボロボロの黒いローブを纏い、山羊の頭骨を仮面みたいに被っている。

 骨の杖が不気味に光り、その背後で取り巻きが同じように杖を構えた。


 侵入者を排除するため、5体が同時に杖を振り上げる。

 床に赤い魔法陣が幾つも浮かび上がり、室温が急激に落ちた。


 俺は背後の栞を振り返った。


「じゃ、あとは任せた」

「任せときなさい。完璧に乗せるわ」


 栞が笑うのを確認し、俺は戦闘態勢に入ると同時に意識を落とした。

 ――ここから先は、俺の意識の手を離れる。


 真っ暗になった視界の奥に、見慣れたレトロゲームみたいなウィンドウが浮かび上がる。

 そして現実の聴覚が、炎と氷の魔法弾が放たれる音を捉えた。


 『アビス・シャーマン と アビス・カルトA〜D が あらわれた!』


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ なし』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 脳内が最速で『たたかう』を選ぶ。


 周囲から弾幕が降り注ぐ。

 だが俺の肉体は最適解に従い、首を数ミリ傾け、歩幅を半歩だけずらし、ぎりぎりで魔法の雨をすり抜けていく。


 その後方で、栞は俺の初動を見逃さない。

 避ける瞬間に速度寄り。

 踏み込む瞬間に筋力寄り。

 自壊の気配が出る寸前で支援を切り、次の支援へ繋ぐ。


 コンマ秒のズレも許されないオンオフ。


 俺の最適解と、栞の観測が噛み合った瞬間、弾幕はただの背景に変わる。


 打撃が連続で入る。

 取り巻きが次々と崩れ、光の粒子にほどけていく。


 そしてアビス・シャーマンが防御障壁を展開しようとした、その瞬間。

 無防備な懐へ、限界支援の乗った致死の打撃が突き刺さった。


 ドゴォッ!


 鈍い破裂音。

 ボスの体がくの字に折れ、壁まで吹き飛び、そのまま光の粒子となって消えた。


 短時間。

 多対1の魔法陣形は、瞬殺で終わった。



 パチリと目が覚める。


 床には5つの魔石。

 そしてボスが残した漆黒の杖、深淵の骨杖。

 魔法使いなら喉から手が出るレアだろう。


 空中のウィンドウを見る。

 瞬間の静寂の後、コメント欄が滝のように爆発した。


 『は?? 今、避ける瞬間にバフ切り替わったぞ!?』

 『弾幕の中を歩いて避けた……嘘だろ……』

 『神城栞、タイミング完璧すぎる』

 『今まで組んでた前衛が追いつけなかっただけ説』

 『寝落ちニキもやばいし、観測手としての神城もバケモノ』


 見事な手のひら返し。

 それを見た栞が、ドローンに向かって優越感たっぷりに鼻で笑った。


「さて。8階層のボスもあっけなかったわね。予定通り、10階層を目指すわよ」

「ああ」


 俺は深淵の骨杖をダミー用のリュックに無造作に放り込み、次の階層へ続く階段を下りていった。



 8階層を抜け、9階層の道中も止まらずに進む。

 そして10階層へ続く階段の直前。巨大な柱が並ぶ円形の広間に出た時だった。


 5人組の探索者パーティが、道を塞ぐように待ち構えていた。

 先頭に立つのは、派手な装飾の鎧を着た剣士の男。


 その瞬間、栞の足がぴたりと止まった。

 横顔から感情が抜け落ちる。


「……何の用かしら。わざわざ先回りして」


 声の温度が氷点下まで落ちていた。

 男はドローンをちらりと見ると、恩着せがましい笑みを作って口を開く。


「栞、配信見たぞ。お前のバフ、やっぱり使えるじゃないか。俺が地雷のお前を拾ってやった恩を思い出せ。俺の指示通りに動くなら、特別にパーティに戻してやる。だから、そこの訳の分からん寝落ち野郎は捨てて来い」


 能力と数字だけを都合よく利用したい顔。

 手のひら返しにも程がある。


 栞は冷たく見下ろすように嗤った。


「は? 冗談でしょ。私を追放したあんたたちみたいな雑魚じゃ、私のバフに1秒も耐えられず自壊する。用はないわ。邪魔だからどいて」


 ばっさり切り捨てる。

 俺も興味が湧かない。こいつらを倒しても経験値は入らない。時間の無駄だ。


「行くぞ、栞」

「ええ。そうね」


 俺は男たちを無視して階段へ向かって歩き出した。


 その態度が決定打だったのだろう。

 男の顔が羞恥と怒りで真っ赤になる。


 ウィンドウのコメントが踊る。


 『元リーダー公開告白からの即拒否』

 『ダサすぎ』

 『手のひら返し失敗してて草』


 全世界に恥を晒された男が、怒鳴り声を上げた。


「ふざけんな! ならそこで魔物の餌にでもなってろ!」


 男は懐から小瓶を取り出し、床に叩き割った。

 パァン、とガラスが砕け、鼻をつく強烈な異臭が広間に広がる。


 コメント欄がざわつく。


 『おい、今割ったの誘引の香じゃねえか!?』

 『やばい、フロア中の魔物が狂乱して集まってくるぞ!』


 指摘通り、周囲の通路から足音が響き始めた。

 数じゃない。密度が違う。空気が震える。


「ついでに足止めだ! 動けなくなって無様に食われろ!」


 男はさらに、紫色の煙を吹き出す玉を俺の胸元へ投げつけた。

 パーン。


 紫の煙が弾け、俺は真正面から浴びた。


 『うわ、紫の煙って麻痺毒だろ!?』

 『卑劣すぎ! ニキ動けないぞ!』


 男たちは嘲笑いながら、10階層の階段へ向けて逃げ出す。

 だがその瞬間、俺の意識はもう深く沈んでいた。


 ――ここから先は、俺の意識の手を離れる。


 真っ暗な視界に、白枠のテキストが連なる。


 『ゆうま は まひどく を うけた!』

 『しかし じょうたいいじょうたいせい(しょう) が はつどう!』

 『まひ を むこうか した!』


 今朝引いたスキルが、ここで噛み合った。

 そして目前には、数え切れない魔物の群れ。


 『まもののむれ が あらわれた!』


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ なし』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 俺は迷わず『にげる』を念じた。


 『ゆうま は にげだした!』


 ポン、と軽い電子音。

 俺の意識はさらに深く沈み、肉体だけが最適解で動き出す。



 配信画面は、絶望の絵面を映していた。


 『あ、寝た』

 『いや寝てる場合じゃないって! 魔物の群れが!』


 魔物が押し寄せる。

 逃げ道の先には、逃げた連中の背中。


 だが煙が晴れた土煙の中から飛び出したのは、倒れているはずの朝倉優馬だった。

 完全に脱力した肉体が、爆発的なバネで前傾姿勢を取る。


 麻痺毒など最初から無かったかのように、迫る爪をぎりぎりで避け、階段へ向かって弾丸のように走り出した。


 『え!? 麻痺効いてない!?』

 『速っ!』


「は……? なんで動け――ぐはっ!?」


 振り返った剣士の顔面に、優馬の靴底が容赦なくめり込んだ。

 止まらない。


 前を走る男たちの背中、肩、顔面を文字通り足場にする。

 蹴って、踏んで、跳んで。

 人間と魔物の隙間を飛び越えていく。


「いっ……何だこいつ!」


 背中を踏まれ、顔を蹴られた男たちが転がる。

 その後方を、栞がぴたりと追従した。


 栞は自分に速度寄りの支援を乗せ、優馬が切り開いたルートの内側だけを走る。

 結果、優馬を嵌めるはずだった連中は、魔物の群れのど真ん中に置き去りになった。


「待て、ふざけんな! ギャアアアア!」


 背後から悲鳴。

 栞は走りながら見下ろし、ドローンに向かって意地悪く手を振った。



 10階層への階段前で、パチリと目が覚める。

 空中のウィンドウは祭りだった。


 『元リーダー、自業自得すぎて草』

 『物理踏み台エグすぎ』

 『PKしようとした奴らが自滅しててメシウマ』

 『神城の煽り性能高すぎ』


 背後の通路から、くぐもった悲鳴と怒号が遠く聞こえる。


 だが俺は振り返らない。

 小さく息を吐き、無傷のまま階段を下りる。


 人間の悪意すら足場にして置き去りにし、俺たちはついに未知の領域、10階層へ足を踏み入れた。

手のひら返しの熱狂。世間は現金で、だからこそ面白い。


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