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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第13話 悲しき習慣と、裏切らない数字

 栞と別れ、夜の冷たい空気を吸い込みながら一人で歩く。ファミレスで限界まで肉を詰め込んだせいで、胃袋ははち切れそうに重かった。


 ――それなのに。


 気づけば俺の足は、帰り道にあるスーパーの方向へ向かっていた。


「……何やってんだ、俺」


 見慣れた看板を前に、思わず自嘲気味な笑いが漏れる。今は夜の8時過ぎ。半額シールの時間にはまだ早い。そもそも今日はもう何も口にする必要がない。


 なのに、無意識のうちに一番安くカロリーを摂取できるルートを歩いていた。胃じゃない。習慣が歩いている。


 ブラック企業に勤めていた頃に骨の髄まで染み付いた、悲しき癖だ。


 苦笑して踵を返し、アパートへの道に戻る。その道すがら、いつもなら素通りするコンビニの明るい照明が目に留まった。


 普段なら節約のために絶対に入らない場所。けれど今の俺のギルドカードには、さっきチャージされた数十万の残高がある。


 俺は吸い寄せられるように自動ドアをくぐった。


 目的の品なんてないはずなのに、足は自然とスイーツコーナーへ向かう。そこで目に入ったのは、少しだけ値段の張るプリン。


 手に取った瞬間、反射的に値札を見る癖が出る。だが今日は、棚に戻さなかった。


 レジに並び、プリンを一つだけ差し出す。


「スプーン、おつけしますか?」

「お願いします」


 家にスプーンすらない現実が、ほんの少しだけ胸に刺さった。



 築数十年のボロアパートに帰り着き、真っ直ぐユニットバスへ向かった。シャワーを浴びて、ダンジョンの埃と魔物の血の匂いを念入りに洗い流す。


 曇った鏡を手のひらで拭い、自分の体を映した。


 今日の戦闘で負った傷は一つもない。栞の限界ギリギリのバフを受け止めきった肉体は、まったくダメージを残していなかった。


 それでも鏡を見つめていると、あの日の感覚が蘇る。


 圧倒的な重力。肺の空気が絞り出され、床の染みを舐めるように這いつくばらされた屈辱。


 理不尽なリストラで社会から弾き出され、スキルだけを信じてダンジョンへ潜った。だがそこで待っていたのは、才能という名のもっと残酷な理不尽だった。


 魔法。異能。生まれ持ったスペックの差。それが絶対的な暴力となって、目の前に立ち塞がる。


「あいつだけは……絶対に許さない」


 低く漏れた声は、換気扇の音に吸い込まれて消えた。俺は鏡から目を逸らし、回想を断ち切るようにバスタオルを羽織った。



 シャワーの湯気が消えかけた部屋で、冷蔵庫を開ける。さっき買ったプリンを取り出し、スプーンで一口すくって口に運んだ。


「……甘い」


 強烈な甘味が脳を叩き、ようやく現実感が戻ってくる。


 今日、地雷と呼ばれるヒーラーとバディを組んで、推奨レベル15の階層ボスを倒した。ギルドで数十万を手に入れ、今こうしてコンビニのプリンを値札を気にせず食べている。


 数字じゃなく、この一口がそれを実感に変えた。


 ふと、栞の顔が頭をよぎる。


 地雷ヒーラーという悪名は嘘じゃない。けれど戦場での観察眼と、こちらの動きに合わせてバフを切り替える判断の速さは本物だった。


 それに――俺がAランクを物理で殴り倒すと口にした瞬間。彼女は悪役みたいに目を輝かせて笑った。


 あのギラギラした好戦的な笑み。危ういのに頼もしい。


「顔も……結構好みだしな」


 空になった容器をゴミ箱へ放り投げ、俺は小さく息を吐いた。腹も満たされた。現実感も戻った。


 あとは明日の探索に向けて、淡々と準備をするだけだ。



 部屋の明かりを落とし、ベッドに腰掛けたままステータスボードを呼び出す。


 『氏名:朝倉優馬』

 『年齢:21』

 『Lv:12』

 『HP:320/320』

 『SP:2200/2200』

 『固有スキル:【睡眠】』

 『スキル:【身体能力強化Lv1】【火属性魔法(初級)】【収納】【取得経験値UP(小)】』


 表示された数字を無言で見つめる。


 レベルは2桁に乗り、12。HPとSPも順当に伸びている。栞の限界バフを受け止められたのは、この耐久力と莫大なスタミナがあったからだ。


 確実に強くなっている。だが、まだ足りない。


 Aランクを倒すには、まだまだ遠い。


 奴らは生まれ持った才能と強力なスキルで、格下を簡単に踏み潰す。あの日床に這いつくばらされた屈辱は、絶対に忘れない。


 この画面に並ぶ数字こそが、俺にとっての唯一の武器だ。裏切らないのは、ここだけだ。


 目標を再確認し、ウィンドウを閉じる。そのままベッドに横たわり、深い眠りへ落ちていった。



 翌朝。


 脳内に無機質なアナウンスが響く。


 『睡眠時間:8時間を達成しました』

 『睡眠ボーナス:夢の三択が発生します。一つを選択してください』


 真っ暗な空間に、3つの宝箱シルエットが浮かび上がった。この能力に目覚めた日から続く、朝のルーティン。


 左。真ん中。右。中身は完全にランダム。悩んだところで結果が変わるわけじゃない。


 俺は迷わず、真ん中へ意識を向けた。指先がシルエットに触れた瞬間――


 『スキル:【状態異常耐性(小)】を獲得しました』


 基礎ステータスの微増を期待していたが、これはこれで悪くない当たりだ。ダンジョン探索において、毒や麻痺といった状態異常は死に直結する。特にこれからの深い階層や、未知のギミックが待ち受ける場所では、常時発動する耐性スキルの価値は計り知れない。魔物だけではない。対人トラブルにおいても、厄介なデバフ魔法を弾ける可能性がある。


 ――パチリ。


 目が開いた。


 窓の隙間から朝日が差し込み、部屋の埃が淡く光っている。8時間きっちり管理された睡眠のおかげで、疲労は抜け落ち、頭は驚くほどクリアだった。


 ベッドから身を起こし、軽く首を鳴らす。


 栞と約束した第8階層のボス討伐。そして、次の10階層への挑戦。


 睡眠妨害耐性という新しい札を手札に加え、俺はダンジョンへ向かう準備を始めた。

値札を気にせずプリンを買う。たったそれだけのことが、成り上がりの実感になる。


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