第12話 ファミレスの密談と異端バディの契約 全自動の前衛と狂気の観測手
夕暮れ時の探索者ギルド。
重いガラス扉を押し開けてロビーに足を踏み入れた瞬間、空気がわずかにざわついた。
普段なら仕事終わりの探索者がその日の釣果を語り合う時間帯だ。笑い声や自慢話が飛び交い、うるさいくらいの喧騒がある。
なのに、俺と栞の姿を認めた途端、周囲の会話がぴたりと止まった。
ひそひそ声が、鼓膜にまとわりつく。
「おい、あいつだろ。さっきの配信でアーマードミノタウロス解体したって……」
「登録してまだ1週間も経ってないぞ。進行速度がおかしい」
「しかも隣にいるの、神城栞だろ。なんで骨折られずに済んでるんだ?」
無理もない。
デビュー直後の新人が、界隈で悪名高い地雷ヒーラーと組んで、推奨レベル15の階層ボスを数秒で粉砕した。奇異の目で見られて当然だ。
だが、外野が騒いでも俺のステータスは上がらない。
俺は視線を気にせず、一直線に換金カウンターへ向かった。
窓口の職員が、少し引きつった顔でこちらを見る。
俺は肩に食い込んでいたリュックを下ろし、第10階層のボス部屋で回収した5つの特大魔石と、道中で拾い集めた魔石をまとめてカウンターへ転がした。
「換金をお願いします」
「は、はいっ。直ちに査定いたします」
ゴトリ、と重い音。
ボスクラスの魔石を見た職員が息を呑みながら計算機を叩く。
やがて無機質な電子音が鳴り、ギルドカードに数十万がチャージされた。今日の稼ぎとしては十分すぎる額だ。
問題は黒鋼の戦斧。
換金してもいいが、目立ちすぎる。今後の装備にも交渉材料にもなる。
俺はダミー用の巨大リュックに、あの重厚な戦斧を無理やりねじ込んだ。柄が不格好にはみ出したが、今は物理的に持ち運んでいるというカモフラージュになればそれでいい。
「行こう。ジロジロ見られるのは好きじゃない」
リュックを背負い直し、隣の栞に声をかける。
「ええ。野次馬に囲まれる趣味はないわ」
栞も涼しい顔で頷いた。
俺たちは踵を返し、ざわめきが本格的な騒ぎに育つ前にギルドを抜け出した。
◇
ギルドから少し歩いた先。大通り沿いのファミレス。
夕食時で店内はそこそこ混んでいたが、案内された奥のボックス席に腰を下ろすと、ようやく肩の力が抜けた。
タッチパネルを引き寄せ、俺たちは無言でメニューを連打する。
しばらくして、テーブルが肉と油で埋まった。
ハンバーグ。ステーキ。山盛りのフライドポテト。ピザ。
俺も栞も黙々と口へ運び始めた。
俺の睡眠スキルの最適化も、栞の限界ギリギリの支援も、肉体と精神に尋常じゃない負荷をかける。
戦闘の反動で襲ってくる飢餓感は誤魔化せない。とにかく胃袋にエネルギーを叩き込みたかった。
互いに3人前近い料理を平らげ、ようやく人心地がつく。
空になった皿の山を横目に、栞がドリンクバーのアイスティーをストローで啜った。氷の鳴る音が、満腹で鈍った思考に心地よい。
「さて」
栞がストローから口を離す。
「今日1日のお試しは終わり。どうする?」
探る視線。
だが答えは決まっている。
「……続けたい。俺の火力不足と、あんたのバフの強さが噛み合ってたのは、さっきの実戦で本物だったから」
紙ナプキンで口元を拭いながら言うと、栞は満足そうに口角を上げた。
「同感。私の全力を注ぎ込んでも壊れない前衛なんて、あなた以外に見つかる気がしない」
そう言って身を乗り出し、俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「だから追加ルール。今日から敬語禁止。よそよそしいのも禁止」
「敬語、か」
「そう。深い階層で命を預け合うのに、壁があると連携が遅れる。ほんの一瞬でもロスは致命傷になるわ」
合理的だ。戦闘中の言葉の無駄は、そのまま死亡率になる。
「わかった。俺もその方がやりやすい」
「よろしい。じゃあ改めて、よろしくね。優馬」
「ああ。よろしく、栞」
互いの名前を呼ぶ。
ただそれだけなのに、空気が少しだけ変わった。利害だけの関係が、相棒の輪郭を帯びる。
栞は残っていたポテトを1本つまみ、面白そうに目を細めた。
「それで? バディになったんだし、そろそろ聞かせて」
「何を」
「昨日のこと。どうしてレベル9みたいな低いステータスで、あんな深い階層に潜ってたの?」
真っ当な疑問だ。普通なら浅い階層で安全に積む。
俺はブラックコーヒーを喉に流し込み、少しだけ間を置いてから口を開いた。
脳裏に焼き付いているのは、重力で這いつくばらされ、虫けらみたいに見下ろされた屈辱。
「俺を潰したAランクがいる。あいつを、小細工なしで正面から、物理の暴力で叩き潰したい」
その言葉が落ちた瞬間、栞はグラスを口元へ運ぶ姿勢のまま固まった。
店内の安っぽいBGMと、他の客の談笑だけが耳に残る。
数秒後、栞はゆっくりグラスを置いた。
カチン、と氷が鳴る。
そして肩を震わせ、堪えきれないように笑い出した。
「あははっ! 正気? レベル9の初心者がAランクを正面から殴り倒す?」
涙目で笑う姿に、周囲の客がちらっと振り返る。
だが俺は真面目だ。冗談のつもりはない。
「……正気じゃないとは思ってる。でも本気だ。だから異常なペースで基礎を上げる」
俺は真顔で頷き、当面の目標を言う。
「まずは今日倒した第10階層のボスを、栞のバフなしで確殺できる基礎ステータスを手に入れる。それが第1段階」
栞は笑い涙を指先で拭い、呆れたように息を吐いた。
「なるほど。私を、そのイカれた復讐レベリングの装置にする気ね」
「不服か?」
「まさか」
栞の瞳に、ギラギラした好戦の光が宿る。
安全圏でちまちま狩る探索者の目じゃない。全力を出せる器を求めて地雷扱いされてきた彼女にとって、俺の狂った目標は退屈な世界を叩き割る遊び場なんだろう。
「最高に狂ってて面白そう。安全な階層でちんたら上げるより、ずっとやりがいがあるわ」
「……それじゃ、次は戦い方の話もしたい」
俺は冷めきったコーヒーを飲み干し、本題に入る。
「俺の戦闘中、俺には意識がない」
「意識がない?」
栞が眉をひそめる。
「ああ。だから戦闘中に声をかけられても反応できない。作戦変更も撤退指示も聞こえないと思ってくれ」
「じゃあ今日のボス戦の時も……」
「意識を手放してる間、体が勝手に最適解で動く。詳細は追って話す。とにかく、戦闘中に俺自身が判断を下すのは無理だ。だからイレギュラー対応は栞に任せたい」
栞は数秒黙って、情報を整理しているようだった。
やがて納得したように小さく息を吐き、唇の端を吊り上げる。
「発動条件が意識の喪失。ほんとデタラメ。つまり私があなたの初動を観察して、それに合わせて最適な支援を乗せる観測手になればいいのね」
「ああ。筋力寄りか速さ寄りか、俺の動きを見て決めてくれ。もし俺の体が限界そうだと思ったら、栞の判断でバフを切って撤退していい」
「了解。意識のない全自動前衛と、それを見極めて手綱を握る後衛。役割分担としては完璧ね」
栞がニヤリと笑う。
戦術面のすり合わせは終わった。
「……報酬は半分ずつにしたい。レアドロップは、そのたびに2人で相談する感じで。それでどう?」
「異議なし」
わざわざグラスをぶつけて乾杯するような真似はしない。
役割と狂った目標を理解し合っただけで、俺たちには十分な契約だった。
伝票を手に取り、会計を済ませる。
自動ドアが開くと、夜の冷たい空気が火照った頬を撫でた。見上げれば星のない都会の空。
「さて、明日はどうする?」
栞が背伸びしながら横目で俺を見る。
「……明日も潜る。とりあえず第8階層のボスを倒して、10階層を目指したい」
「ふふ。本当に人使いが荒い。ブラック企業の社長よりタチが悪いんじゃない」
文句を言いながらも、栞の足取りは驚くほど軽かった。
圧倒的な物理を求める男と、全力を出せる器を見つけた狂気のヒーラー。
常識から外れた異端のバディが結成された夜の街を、2人は並んで歩き出した。
全自動の前衛と、狂気の観測手。異端の契約が結ばれました。
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