第11話 初陣のバディと限界突破の最適解
第5階層の青い光を背にして、俺たちは下層へ続く階段へ向かった。
セーフエリアを出る直前、指定ドローンのスイッチを入れる。
無機質な起動音。
ホログラムが空中に浮かび上がった途端、視界の端でコメントが雪崩れた。
『寝落ちニキの配信きた!』
『え、隣の美少女だれ!?』
『おい待て、あの白銀の髪……神城栞だぞ!』
『なんで地雷ヒーラーと一緒にいるんだよ!』
『ニキ逃げろ! そいつと組むと骨折らされるぞ!』
荒れ方が一瞬で臨界を超える。
栞の悪名は伊達じゃないらしい。組めば自滅する、壊される、やめろ。警告が滝みたいに流れ続ける。
だが、俺にとって他人の評価や数字なんてどうでもいい。必要なのは絶対的なレベリング効率だけだ。
ホログラムの騒ぎは視界の端に追いやって、前だけを見る。
隣の栞も、空中に浮かぶ辛辣な言葉を一瞥しただけで鼻で笑った。まったく意に介していない。
◇
第6階層へ降りる道中、ひんやりした空気が肌を撫でる。
やがて薄暗い通路の奥から、硬い緑色の鱗を持ったリザードマンが3体、重い足音を鳴らして現れた。
俺は横に立つ栞を手で制止する。
「支援魔法は少し待ってください。まず、今の素の火力がどれくらい通るか基準を見たい」
「了解。計測ね」
淡々と告げて、目を閉じる。
脳髄を睡魔が殴り、意識が深い底へ沈む。
現実。
脱力したままの俺の身体が、リザードマンの群れへ無防備に歩き出す。
先頭の1体が槍を突き出す。
俺の肉体は最小限の踏み込みで切っ先を外し、そのまま懐へ滑り込んだ。
狙うのは鱗の隙間。装甲の薄い関節。
高品質なゴブリンナイフが、的確な角度で差し込まれる。
回避も、攻撃も、間合いも、すべて最適解。
3体は俺に触れることすらできず、次々と関節を裂かれていく。
だが、1撃で沈まない。
どれだけ動きが完璧でも、レベル9の筋力では分厚い筋肉の奥にある急所まで刃が届かない。
システムは被弾リスクをゼロに保ったまま、同じ傷口を何度も何度も削る。
無駄はない。だが手数が多い。執拗に、徹底的に、削り切るしかない。
数十の手数の末、ようやく3体が崩れた。
パチリ。
目を開けると、リザードマンが光の粒子となって消えていくところだった。足元に魔石が転がっている。
栞が小さく息を吐いた。
「動きは完璧。でも基礎火力が絶望的ね。あれに数十手かけるのは、効率が悪すぎる」
俺はナイフの血を軽く払って頷く。
「ええ。俺のステータスだとこれが限界です。このままじゃ上の階層で稼げない。だから、あなたの提案に乗りました」
「ふふ。いいわね、そのいびつな器。劇薬を注ぐには最高の空っぽ具合よ」
栞は楽しそうに口角を上げた。
俺たちは魔石を回収し、さらに奥へ進む。
◇
第6階層の最奥。
表面に無数の傷が刻まれた重厚な鉄の扉の前で、俺たちは足を止めた。
短い休憩。
俺は巨大な空のリュックに手を入れるふりをして、収納からペットボトルの水を取り出し、喉を潤す。
チート隠しのカモフラージュ。
パーティで潜り続けるなら、いずれ収納のことも栞には話す必要が出る。だが今じゃない。まずは互いの価値を証明する。
栞が扉を見上げる。
「この先、何が出るの?」
俺は即答した。
「アーマードミノタウロス。推奨レベル15。全身を黒鋼の鎧で覆った物理耐性の塊です。レベル9の俺じゃ、本来は傷一つつけられない」
「知ってる。だからこそ、限界ギリギリの支援を入れる価値がある」
俺は短く頷く。
「作戦は単純。俺が踏み込んだ瞬間、遠慮せず限界出力を叩き込んでください」
「了解。負荷は強烈よ。振り落とされないでね」
空になったボトルを収納へ戻し、呼吸を整える。
俺は両手で扉を押し開けた。
広大な石造りの空間。
その奥に待ち構えていたのは、巨大な牛頭の魔物。アーマードミノタウロス。
だが単体じゃない。
同じ巨体が、横一列に5体。
威圧感が5倍じゃない。空気が薄くなった錯覚がする。
コメント欄が悲鳴になる。
『うわああ! アーマードミノタウロス5体!?』
『推奨レベル15だぞ! 物理通らないやつじゃん!』
『地雷ヒーラー連れてるとか終わったな』
俺はナイフを逆手に構え、短く息を吐く。
そして目を閉じた。
睡魔が脳髄を殴り、意識が深い底へ沈む。
真っ黒な空間。
いつものレトロなコマンド画面。
俺はステータス画面を開いた。
ゆうま。
その名前の横に、しおり。白いローブのドット絵。
懐かしい横並びのパーティ画面だ。
俺は迷わず、たたかうを選択し、ターゲットを5体の群れに指定する。
ポン。
軽い電子音。直後、白枠テキストが出た。
『ゆうま の こうげき!』
『しかし アーマードミノタウロス には きかなかった!』
現実では、5体が地響きを鳴らして突進してくる。
巨大な戦斧が振り上がり、無防備に立つ俺を粉砕しようと落ちてくる。
その瞬間、栞の声が背後から刺さった。
「全開で行くわよ。死なないでね」
詠唱完了。
石畳に極大の魔法陣が展開され、魔力の波動が嵐のように吹き荒れる。強風と熱波が室内を揺らし、宙に浮くドローンが体勢を崩した。
真っ黒な空間に、無機質なテキストが連なる。
『しおり は じゅもん を となえた!』
『ゆうま の すてーたす が ばくはつてきに あがった!』
『れんぞくこうげき が はつどう!』
跳ね上がった数値。
その暴力的な増加を、睡眠スキルが一瞬で最適解へ変換する。
俺が1歩踏み込む。
ただそれだけで、足元の石畳が爆発したように粉砕された。
頭上から落ちてくる5つの戦斧。
破壊音が轟く中、俺の身体はブレるような超高速で、その隙間をすり抜ける。
『え!?』
『消えた!?』
『速すぎ! カメラ追いついてない!』
ドローンのレンズが捉えきれない速度。
暴発寸前の筋力が乗ったゴブリンナイフが黒鋼へ激突する。
硬質な破砕音。火花。
分厚い装甲がガラスみたいに砕け、1体目の首が空高く刎ね飛ばされた。
壁を蹴って反転。
弾丸のような速度で2体目の懐へ潜り込み、胸当てごと心臓を抉り抜く。
3体目。膝を砕き、崩れた頭部へ刃を叩き込み、即座に離脱。
4体目。戦斧の柄を蹴り折って隙を作り、鎧の隙間から喉笛を裂く。
最後の1体。振り向きざまの巨腕を紙一重で外し、眉間の装甲ごと刃を深々と叩き込んだ。
数秒。
5体が、順番に崩れ落ちる。
『は?』
『アーマードミノタウロスが鎧ごと斬られてる!?』
『今のバフ何!? ニキ自滅してないぞ!』
『たった数秒で5体瞬殺とかバグだろ!』
真っ黒な空間でファンファーレ。
電子音が連なった。
『アーマードミノタウロスたち を たおした!』
『ゆうま の レベル が 12 に あがった!』
『しおり の レベル が 14 に あがった!』
『レベルアップボーナス! HP と SP が ぜんかいふく した!』
パチリ。
目を開けると、5体の巨体が光の粒子になって霧散していくところだった。
石畳の上に、巨大な魔石が5つ。
黒光りする重厚な黒鋼の戦斧が1本、重い音を立てて転がっている。レアドロップ。
俺は両手を開き、脚の感触を確かめた。
骨折なし。筋断裂なし。関節の崩壊もない。
あの規格外のバフを受け止め、睡眠スキルが自壊せず、全部を攻撃に変換し切った。
「……信じられない」
背後から、震える声。
振り返ると、杖を下ろした栞が頬を紅潮させて立っていた。歓喜で呼吸が浅い。
彼女は俺に傷がないのを確認すると、抑えきれない勢いで歩み寄る。
「本当に、私の全力を受け止めて壊れなかった。あんな出力、普通は自滅するのに。どうやって制御したのよ」
俺は淡々と答えた。
「……俺もあんまりわかってないんですが、戦ってる間は焦りとか恐怖とかが入り込む場所がないんです。制御してるというより、そういう仕組みなんだと思います」
栞は強い光を宿した瞳で俺を見上げ、不敵に言い放つ。
「まだまだよ。私のバフはこんなもんじゃない。もっと強くなってもらわなくちゃ」
現状の結果すら通過点。
それが彼女の顔に書いてあった。
俺は足元の魔石と黒鋼の戦斧を、リュックに入れるふりをして収納へ仕舞い込みながら頷く。
「……まあ、見えてきた気がします。Lv100も」
冷たい石造りのボス部屋。
効率を求める社畜と、全力を出せる器を求める狂気のヒーラー。
互いの欠点を補い合う異端のバディは、さらに深い階層の闇を見据えていた。
異端バディ、始動。ここからが本番です。
ここまで読んでくださった方へ。
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