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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第10話 白銀の観察者と、規格外の劇薬

深い眠りの底。

 意識が浮上する、その直前。俺はあの真っ黒な空間に立っていた。


 静かで、無機質で、温度のない世界。

 視界のど真ん中に、宝箱みたいなシルエットが3つ。横一列に並んで浮かんでいる。


 『睡眠時間:8時間を達成しました』

 『睡眠ボーナス:夢の三択が発生します。一つを選択してください』


 日課のおみくじ。


 昨夜、Aランクの理不尽にすり潰された敗北が、寝ても醒めても腹の底で黒く燻っている。


 今の俺に必要なのは、最適解の動きじゃない。最適解を実行しても壊れない肉体だ。

 あの人外どもを、正面から物理で叩き潰せるだけの基礎ステータス。


 祈る気持ちを切り捨て、俺は淡々と一番右に触れた。


 『スキル:【取得経験値UP(小)】を獲得しました』


 ……当たりだ。


 パチリ。


 万年床の上で目を覚ます。

 完治したはずの身体の奥で、まだ重圧の幻肢痛が薄く疼いていた。


 だが、引き当てたスキルは今の俺に刺さる。狂気のレベリングの燃料になる。


 当面の目標は決まった。

 第10階層のダンジョンボス、ソロ討伐。

 そこまで到達し、ボスを一人で狩れるだけの圧倒的なステータスを手に入れる。

 そうすれば、雪辱の道筋が現実になる。


 万年床から這い出し、着替えを済ませる。

 第5階層で血の海に沈んだパーカーは、赤いボロ布になってゴミ袋へ突っ込んだ。

 クローゼットを開け、ブラック企業時代に休日の作業着として着潰していた安い予備のパーカーを引っ張り出して袖を通す。


 腰に高品質なゴブリンナイフ。

 チート隠しのための空の巨大リュック。


 俺はアパートを出た。



 探索者ギルドのロビーは早朝からごった返していた。


 受付カウンターへ向かい、昨日と同じベテランの女性職員の前に立つ。


「おはようございます。新しい指定ドローンを購入したいんですが」

「朝倉様。お待ちしておりました」


 彼女は周囲の目を気にするように視線を巡らせると、カウンターの下から見慣れた黒い箱をすっと差し出してきた。


「ギルドの予備機です。初期設定は済ませてあります」

「……代金は?」

「今回は特別に、無償支給とさせていただきます」


 彼女は声を落とし、困ったように笑いながらも、どこか強い目で俺を見た。


「あの件で、ギルドはあなたを守れなかった。裁けない不手際に対する、せめてものお詫びです。……今回だけですよ」


 規則の縁を踏んだ、彼女なりの応援。

 ここで遠慮して食い下がるのは、逆に彼女を危ない場所へ押し出す。


「……ありがとうございます。助かります」


 俺は短く頭を下げ、箱を受け取った。

 そのまま転送陣へ向かい、第5階層へ。



 第5階層。

 昨日、重力で圧殺されかけた石造りの通路。


 支給されたドローンを起動し、宙に浮かせる。

 配信はオン。だが、愛想を振りまく気もコメントを拾う気もない。


 今日の目的は金でも数字でもない。

 ただ、力が欲しい。


 通路の奥から、豚の頭に筋骨隆々の肉体を持つオークが3体。

 錆びた鉈、鉄パイプ。重い足音で迫ってくる。


 本来なら、レベル9のソロが防具なしで正面から相手にしていい数じゃない。


 ホログラムが騒ぎ出す。


 『おいおい嘘だろ、第5階層でオーク3体同時とか』

 『ソロのベテランでも逃げる数だぞ!』

 『ニキ逃げろ! 死ぬって!』


 俺は無視した。


 ナイフを逆手に構え、短く息を吐いて目を閉じる。

 直後、強烈な睡魔が脳髄を殴りつけ、意識が深い底へ沈んだ。


 真っ黒な空間。

 白枠で囲まれた黒いウィンドウ。


 『オーク×3 が あらわれた!』


 『たたかう 消費SP:10』

 『まほう』

 『どうぐ なし』

 『スキル』

 『にげる 消費SP:100』


 やることは一つ。

 俺は迷わず『たたかう』。


 『ユウマ の こうげき!』


 ポン、と軽い電子音。

 完全な自動操縦が起動した。



 現実の俺の肉体は、完全に脱力していた。


 威嚇も力みもない。腕をだらりと下げたまま、迫り来るオークへ無防備に歩き出す。


 『あ、寝たwww』

 『また寝落ち来た!』

 『いや笑えねえってマジで死ぬぞ!』


 先頭のオークが雄叫びと共に鉈を大上段から振り下ろす。

 俺の体は、当たる直前までピクリとも動かない。


 そして刃が頭頂部に触れる寸前。


 脱力していた脚の筋肉だけが爆発的に駆動した。

 半歩、最小限。鉈の軌道をミリで外し、懐へ潜り込む。

 右腕だけが瞬間的に収縮し、頸動脈へナイフを突き立て、引き抜く。

 すぐ脱力。


 吹き出す血の雨を、紙一重のステップで避ける。


 2体目の鉄パイプの横薙ぎ。

 低い姿勢で滑るように潜り抜け、膝の関節を的確に砕く。

 体勢を崩した3体目へ、眼球を柄で叩き潰すように打ち込み、怯んだ隙に2体まとめて喉笛を掻き切る。


 『は?』

 『今、鉈をミリで避けて首掻き切ったぞ……』

 『動きが機械すぎる』

 『相変わらず最適解の変態回避』

 『初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu:無駄な力みが一切ない。昨日よりさらに殺意が研ぎ澄まされてる』


 恐怖も、癖もない。

 無駄を削ぎ落とした、冷酷な物理演算の極致。



「……やっぱり、異常ね」


 その戦闘を、通路の暗がりから息を潜めて見ている瞳があった。


 白いローブを纏った白銀の髪の少女。

 神城栞。


 彼女の観察眼は、俺の動きの本質へ一直線に食い込んでいた。


 攻撃の瞬間まで完全に脱力。

 脳の処理落ちを避けるために、自我を切り離し、肉体の操作を何かへ丸投げしているような挙動。


「……あの人なら。私の劇薬を制御できるかもしれない」


 栞の瞳に熱が宿る。


 通路の奥で3体目のオークが霧散し、大きな魔石が床に転がった。


 俺が身を屈めた、その背後。


「見事な立ち回りね」


 凛とした声が響いた。

 心臓が跳ねる。足音も気配もなかった。


 反射的に振り返り、逆手のナイフを構える。


 そこに立っていたのは、純白のローブを纏った少女。

 薄暗い通路で、白銀の髪だけが淡く光って見える。整った顔立ちに、勝気で強引な光。


 コメント欄が一瞬で別の熱に変わった。


 『うおお!? 超絶美少女!』

 『あの白銀……まさか神城栞!?』

 『組んだ前衛を次々と病院送りにしてる地雷の新人ヒーラーじゃん』

 『ニキ逃げろ! そいつと組んだら骨折るぞ!』


 神城栞。

 視界の端に映った白銀の髪。昨日、俺を救って名前も告げずに去った恩人。間違いない。


 俺はゆっくりナイフを下ろした。


 彼女は周囲を飛ぶドローンを一瞥し、真っ直ぐに俺を見た。


「少し込み入った話がしたいの。配信を切って」

「戦闘エリアで急に切ると、遭難扱いになります。話があるなら、セーフエリアまで来てもらえますか」


 俺が淡々と言うと、彼女は小さく肩をすくめ、黙ってついて来た。



 第5階層のゲート前。青い光に包まれたセーフエリア。

 ここにモンスターは入れない。


 俺はドローンのスイッチを切り、配信を完全に終了させた。

 警告音も消え、石造りの空間に静寂が落ちる。


 俺は向き直り、深く頭を下げた。


「昨日は、命を救っていただきありがとうございました。あなたが」

「お礼は結構よ」


 栞は俺の言葉を遮り、強い目で言い切った。


「それより、私とパーティを組みなさい」


 有無を言わせない口調。

 俺は即答した。


「……今は、難しい」


 栞がわずかに目を丸くする。


 命の恩人だ。そこは理解している。

 だが、俺の戦い方はソロで成立している。戦闘中に眠るという異常を、他人に晒すわけにいかない。

 誰かのペースに巻き込まれて不覚を取るのも御免だ。


 俺に必要なのは、ただ効率。機械みたいに経験値を積むこと。


 栞は眉を寄せたが、引かない。


「あなた、自分の反射神経で戦ってないわよね」


 呼吸が止まる。


「攻撃の瞬間まで、あなたは完全に脱力していた。急激な状況変化で脳が処理落ちしないように、意識を手放して肉体の操作を外部のシステムみたいなものに丸投げしてる。違法なアーティファクトか、特異なスキルかは知らないけど」


 1度見ただけで、核心に触れてくる。

 全身の毛穴が開く感覚。


 俺が警戒で固まると、栞は小さくため息をつき、先に自分の事情を口にした。


「安心しなさい。暴くつもりはない。私は支援魔法専門よ。ただ、私のバフは強すぎる」


 彼女の言葉は常識外れだった。


 栞の支援魔法は、対象のステータスを一瞬で数十倍に跳ね上げる。

 だがそれは人間の脳にとっては劇薬。感覚が追いつかない。


 1歩踏み込んだだけで壁に激突し、剣を振っただけで遠心力と筋力で関節が壊れる。

 上級者ほど自分の身体感覚が研ぎ澄まされているぶん、ズレに耐えきれず自滅する。


 だから彼女は、組んだ前衛を次々と壊してしまい孤立している。


「私の全力を受け止められる人は、世界に一人もいなかった。でも、あなたなら違う」


 栞が1歩、距離を詰める。


「脳を通さず、数値で再計算して肉体を動かしているあなたなら、私の劇薬を制御できる。肉体が自壊しない限界値を見極めて、ロスなく最適解を叩き出せるはずよ」


 そこまで聞いて、俺は理解した。


 俺はステータスが足りない。

 彼女はバフを持て余している。

 欠点の噛み合いが、あまりにも綺麗だ。


「今はまだ、あなたのレベルじゃ私の全力には耐えられない。でも、あなたが成長すれば、いつか世界で唯一、私の全力を使いこなせる矛になる」


 栞は白い手を差し出した。


「私の魔法があれば、あなたは今すぐ上の階層で戦える力を出せる。私は、バフをかけても壊れない前衛が必要。これは等価交換よ」


 寄生でも同情でもない。

 俺が求めているのは復讐のための力で、彼女が求めているのは制御の器。

 利害が一致している。だからこそ怖いほど合理的だ。


 俺は数秒だけ沈黙し、結論を出した。


「……とりあえず今日1日だけ。お試しで組む」


 栞が不敵に笑う。


「上等よ。私の魔法で死なないようにね」


 俺は空間をタップし、ステータスウィンドウを呼び出す。

 パーティ編成の項目を開き、目の前の彼女を対象に登録を実行した。


 脳の深いところで、懐かしい電子音。


 『シオリ が パーティ に くわわった!』


 冷たい石造りのセーフエリアで、最強のシステムと規格外の劇薬が交差する。

 のちに世界を震撼させる異端のバディが生まれた瞬間だった。

規格外の劇薬。バディの片割れが、ようやく本性を見せます。


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