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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第一話 眠ったら、最強だった

 閉じた目の裏に、世界が見えている。

 轟音。地鳴り。足元が震えるほどの咆哮が、ダンジョンの壁を揺らした。

 配信の同時接続数は、すでに1万を超えている。

 視界の端で、ホログラムのコメント欄が滝のように流れていた。


 『おい寝落ちニキ、また動かねえぞ』

 『ボス部屋で目閉じて突っ立ってるとか、相変わらず心臓に悪いわww』

 『いつものルーティンだ。黙って見てろ、伝説が始まるぞ』


 異形の巨腕が振り下ろされる。

 岩を砕き、空気を裂く、致死の一撃。当たれば、人間の形は残らない。


 俺は目を閉じたまま、半歩だけ横にずれた。

 暴風が頬を撫で、巨腕が床を抉る。その風圧で髪が揺れただけで、俺の足取りは1ミリも乱れない。


 背後で、極大の魔法陣が展開された。

 白銀の髪が舞い上がる。

 視界のないはずの俺の全身に、熱い光の奔流が叩き込まれた。


 筋力が跳ね上がる。知覚が研ぎ澄まされる。世界のすべてが、透き通っていく。

 普通なら壊れる。この劇薬みたいな支援を浴びて、自壊しなかった前衛はいないらしい。


 でも、俺は寝ている。

 意識がないのだから、壊れようがない。


 コメント欄が、爆発した。


 『限界支援、全載せきたああああ!』

 『一秒で前衛が自壊するバフだぞ!? ニキ、本当に人間かよ!!』


 瞼が落ちる。意識が深い闇へと沈んでいく。

 この、すべてを手放す感覚を、俺は知っている。

 3年前。あの、絶望の中にいた夜と同じ――



「ふざけるな朝倉! このミス、全部お前がやったんだろうが!」


 飛び散る唾が頬に当たった。拭う気にもなれない。

 金曜の夜だった。定時はとっくに過ぎている。

 蛍光灯の光が白すぎて、使い古した目の奥がズキズキと痛む。

 デスクの上に広げられた書類は、目の前で顔を真っ赤にしている田中係長が、酒を飲みながら適当に処理して最終チェックをすっぽかしたものだ。


 俺のミスじゃない。

 でも証拠がない。言い返す気力もない。

 18歳で入社してから3年間。そういう『自分を守る心』みたいなものは、全部削り取られてしまった。


「お前がいると周りに迷惑なんだよ。明日から来なくていい。荷物まとめて今すぐ消えろ」


 周りのデスクから、誰も顔を上げない。

 カタカタとキーボードを打つ乾いた音だけが、深夜のオフィスに響き続けている。

 3年間、ずっとこうだった。誰も助けない。誰も何も言わない。

 田中が怒鳴り、俺が頭を下げ、泥のような1日が終わる。


 21歳。高校を出てすぐに入った会社での3年間。

 睡眠時間は毎日3時間。残業代はゼロ。

 俺という人間のすべてが、この理不尽な一言で終わった。


 段ボール1つ分の私物を抱えて、誰にも見送られずにビルを出た。

 深夜の街を歩く。自動ドアが閉まる音だけが、やけに重く、耳に残った。


 カビ臭いボロアパートに帰り着いた瞬間、全身を繋いでいた糸がぷつりと切れた。

 靴を脱ぐ力もない。明かりを点ける気力もない。


 薄っぺらい万年床に倒れ込んで、天井の染みをぼんやりと見つめた。

 明日からどうする。家賃は。飯は。

 何も考えられないまま、次の瞬間、俺の意識は深い闇に飲み込まれた。



 ――パチリ。


 目を覚ますと、窓の外が毒々しいほどの夕焼けに染まっていた。

 壁掛け時計を見て、息が止まる。

 日付が、丸1日進んでいた。


 20時間。死んだように眠り続けたらしい。

 なのに、不思議だった。

 頭の奥にこびりついていた分厚い霞が、嘘みたいに晴れている。身体が羽みたいに軽い。

 3年間、1度も味わったことのないような全能感が全身に満ちていた。


 身を起こした瞬間だった。

 視界の中央に、半透明の青白いパネルが唐突に浮かび上がった。


『条件を満たしたため、固有スキル【睡眠】を獲得しました。これによりステータスボードの利用が可能になります』


 瞬きをしても消えない。目をこすっても消えない。

 ニュースで何度も見たことがある。10年前、世界中にダンジョンが出現してから、ごくまれに一般人が覚醒する現象。

 覚醒した者だけに見える画面。探索者のステータスボードだ。


 まさか、俺が。

 震える手で、ステータスを確認する。


 筋力も体力も、魔力も攻撃力もない。数値という数値が軒並み、一般人以下の最低値に張り付いている。

 あるのは、レベルとHPと、SPという見慣れない数値だけ。


 スキル欄には、たった1つ。

 【睡眠】。

 それ以外は、真っ白な空白だった。


「……これだけか」


 呟いた声が、誰もいない狭い部屋に溶けた。

 普通なら、ハズレスキルだと絶望する場面なのかもしれない。

 でも今の俺には、払えない家賃と、空っぽの財布と、明日食う飯すら怪しい現実しかなかった。


 蜘蛛の糸でも、掴むしかない。


 俺は着古したパーカーを引っ張り出して袖を通し、震える足でアパートを飛び出した。



 近所のゲート入口に併設された冒険者ギルドは、夕方でも人でごった返していた。

 タクティカルベストにスーツ姿、それに学生服。

 現代の探索はスキルが主流だ。鎧を着込んだ戦士なんて、どこにもいない。


 古びたパーカーにスニーカーという俺の格好に、何人かが値踏みするような視線を向けてくる。

 胃が縮み上がるのを必死に押し殺し、俺は受付カウンターへと向かった。


「新規の探索者登録ですね。身分証をお預かりします」


 カウンター越しの受付嬢はビジネスライクな声で手続きを進めながら、ちらりと俺のステータスボードを確認した。

 その瞬間、彼女の目の奥が、わずかに、だが確信を持って揺れた。

 どうせすぐ逃げ出すか、死ぬ。そういう目だった。


 俺は全財産の数千円を差し出し、一番安いレンタルの木刀と、配信義務のあるドローンを受け取った。


「配信ドローンの同伴は、探索者登録後の義務です。必ず起動したまま潜ってください」

「……わかりました」


 俺は木刀の柄をぎりりと握り直し、ゲートへ向かった。



 初級ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

 鋭い冷気。剥き出しの岩肌。足元に転がる、砕けた石の感触。

 ドローンを起動すると、ふわりと宙に浮き、俺の斜め後ろへ自動で追従してきた。


 配信画面の同時接続者数は、ゼロ。当然だ。

 無名の新人の初潜りなんて、誰も好き好んで見やしない。


 数歩進んだだけで、前方から低い唸り声が聞こえた。

 岩陰から現れたのは、緑色の肌をした不気味な子鬼。ゴブリンだ。

 画面越しじゃない。本物の殺意が、真っ直ぐに俺を射抜いている。


 木刀を握る手が、ガクガクと震え出す。

 足が床に縫い付けられたみたいに動かない。

 呼吸が浅くなって、喉の奥が張り付くように乾いていく。


 格闘技の経験なんてない。武道も知らない。

 体力だって、あの3年間で削り切られてしまっている。


 ゴブリンが金切り声を上げ、俺に向かって飛びかかってきた。


 もう終わりだ。

 そう覚悟して、俺が目を閉じようとした、その時だった。


 視界の端で、満タンだったSPが激しく明滅した。

 直後、抗えないほど強烈な睡魔が、脳髄を直接殴りつけてきた。


「……っ」


 ゴブリンの爪が迫っているのに、まぶたが鉛みたいに重い。

 生存本能が必死に目を開けようとするのに、身体の主導権が、意識とは全く別の場所へと引き剥がされていく。


 ゴブリンの爪が届く、その直前。

 俺は立ったまま、深い、深い眠りの底へと落ちていった。



 真っ黒な空間に、俺は立っていた。

 恐怖がない。心臓の音すら聞こえない。

 妙に凪いだ意識の中に、ぽつんと画面が浮かんでいる。


『たたかう 消費SP:10』

『まほう 未習得』

『どうぐ なし』

『スキル:カウンター 消費SP:500』

『にげる 消費SP:100』


 レトロゲームのコマンド画面だ。


 夢か。

 指が動く。選択肢に触れられる。これは操作できる夢だ。

 安全策なら『たたかう』だろう。あるいは、生き延びるために『にげる』か。


 でも、俺の意識は一番下の選択肢に釘付けになった。

 『スキル:カウンター』。消費SP500。

 持っているSPのすべてを吹き飛ばす、一番重い選択。


 どうせ夢なら、派手な方がいい。

 それに、もう安全策ばかりを選んで、理不尽に耐え続ける生活には飽き飽きしていた。


 俺は『スキル:カウンター』を、思い切り叩き込んだ。


『ユウマ は スキル:カウンター を えらんだ!』



 ――パチリ。


「痛ぁっ……!!」


 全身を駆け抜けた激痛に、俺は膝から崩れ落ちた。

 目の前には、首があり得ない方向に曲がって絶命したゴブリンの死体。

 死体はすぐに黒い靄になって霧散し、後には小さな魔石と、粗悪なショートソードだけが転がっていた。


「……は?」


 痛む腕を押さえながら、俺はドローンの配信アーカイブを再生した。

 映像の中の俺は、目を閉じたまま、完全に眠った状態で佇んでいる。


 そこへゴブリンが飛びかかる。

 次の瞬間。

 俺の肉体は、最小限の動きで爪を紙一重で躱し、流れるような動作で木刀を敵の急所へと叩き込んでいた。


 素人の肉体が、熟練の暗殺者のような最適解を強制的に実行させられている。

 これでは筋肉が悲鳴を上げるのも当然だった。


 気づけば、ホログラムのコメント欄が回っていた。


 『は? 寝てる??』

 『木刀でカウンターワンパンwwヤバすぎww』

 『今の回避見た? 予備動作ゼロだぞ』

 『動き完全にプロだろ。誰だこいつ』

 『同接3人で何が起きてんだww』

 『切り抜き作っていい???』


 同時接続は、たったの3人。

 それでも、そこに流れる熱量は異常だった。


 理解が追いつかない。

 でも、とんでもないことが起きた。それだけはわかった。


 俺は魔石とショートソードを拾い上げ、痛む身体を引きずってダンジョンを後にした。



 ギルドで魔石を換金し、カビ臭いボロアパートへ帰還する。

 査定額はたったの1000円。木刀のレンタル代を差し引けば赤字だ。

 それでも、胸の奥がじわりと熱い。


 これは、俺が3年間削られ続けた『睡眠』を対価に、初めて自分の手で稼いだ1000円だ。


 万年床に腰を下ろし、俺は固有スキル【睡眠】の詳細を再度確認した。


 眠っている間だけ、最適解の戦闘を自動実行する。

 眠りに落ちるタイミングと、目覚める時間を完全に制御できる。

 そして、睡眠時間はSPとして蓄積される。


「……睡眠を、コントロール?」


 試しに『2分だけ眠る』と強く念じて目を閉じてみる。

 次の瞬間、意識が途切れ、パチリと目を開けた。

 壁掛け時計の秒針は、正確に2周していた。1秒の狂いもなく、俺は自分の意思で目覚めたのだ。


 核になる部分は、もう見えた。

 しっかり寝てSPを溜める。ダンジョンで敵の前に立つ。そして、ただ眠るだけ。


「明日から、毎日8時間寝る」


 3年間、毎日3時間しか眠れなかった俺の決意としては、たぶん世界一ふざけている。

 でも、笑いが込み上げてきて止まらなかった。


 眠る前に、配信アプリの数字を確認する。

 初潜りのアーカイブ。再生数は、2桁だったはずが、すでに4桁に届こうとしていた。


 コメント欄をスクロールする。驚きと笑いの中に、1件だけ、妙に理知的なコメントがあった。


『この動き、最適解だ。予備動作がゼロ。受けてから返すまでのフレーム数が理論値と一致している。何者だ、こいつ』


 誰かが、俺を見ている。

 背筋がざわついた。


 アプリを閉じ、俺は万年床に横になった。

 天井の染みは相変わらず不格好だが、俺の心は昨日とは全く別の場所にある。


 明日、もう1度潜ろう。

 俺は目を閉じた。今度は自分の意思で。

 2秒後には、深い眠りの底にいた。

お読みいただきありがとうございます。

本作は「眠るだけで最強」の全自動バトルと、劇薬級の支援をぶち込む地雷ヒーラーとの異端バディもの。

成り上がりの物語は、ここから加速していきます。

面白いと感じていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

感想もお待ちしています。

毎日更新中です。次話もぜひ。



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