昨日の敵は今日の友
地方紙の芸能面担当の坂本は編集長のデスクの前に立つと少し早口で話し始めた。
「どうやらガセネタではなく本物らしいんです」
「死臭をかぎつけるって女が?」
「ええ、そうです。彼女の能力は本物のようです」
普段、冷静沈着な坂本が熱い眼差しで語るのを編集長は呆気にとられて見ていた。
坂本は昨日、アイドル歌手とベテラン俳優の不倫現場をおさえようと二人がいつも密会しているというホテル前で張り込みをしていた。
結局、問題の二人は現れず空振りに終わったが思わぬ収穫があった。
昼食の弁当を買いに入ったスーパーで買い物客がレジの店員に尋ねているのが耳に入ってきた。
「永田さんは? 今日、休みなの?」
「永田は先週で退職しました」
「え? そうなの」
「はい」
「ちょっと臭いをかいでもらいたい人がいたのに」
「実は昨日もそういうお客様がいて……」
「でしょう、彼女、百発百中だったもの。だから保険会社から睨まれているって言ってたわ」
興味が沸いた坂本は買い物客を呼び止めて話を聴き、死臭をかぎつける永田という女性の存在を知ったのだ。
坂本は編集長に言った。
「永田という女性は人が死ぬ五年くらい前から死臭をかぎつける能力があるそうです」
「死ぬ五年前から死臭がするというのか」
「はい、スーパーでレジのパートをしていた彼女は買い物客のうち死臭のする人に生命保険に入る事をすすめていたそうです」
「しかし買い物客も驚いただろうな、突然、『貴方から死臭がする、五年以内に死ぬ』と言われて」
「最初は買い物客は皆、ひどく驚き失意にくれたそうです」
「ああ、そうだろう」
「でも、やがて皆、彼女に感謝する様になった。自分の死後、残された家族には多額の生命保険金が入るのですから。その反面、生命保険会社からは敵対視されていたそうです」
「なるほど」
「その彼女の居場所が分かったので、早速、直撃取材してみたいと思います」
「いいね、面白い」
編集長からゴーサインをもらった坂本は頷くとカメラマンを連れて社屋を後にした。
木枯らしに上着の襟を立てながら二人が向かった先には瀟洒なマンションが佇んでいた。
「ここが彼女の新居ですか?」カメラマンが坂本に尋ねる。
明らかに訝しんでいるのが声音や表情に現れていた。
無理もない、坂本自身も驚いているのだから。
先週までスーパーでレジ打ちの仕事をし安アパートに住んでいた彼女の豪華すぎる新居に違和感を覚えた。
その時だった。
彼女がエントランスから出て来た。
真新しいパンツスーツにその身を包んでいた。
「永田さん、ちょっとお時間頂けますか」
「何ですか? あなた達」
坂本は社員証を提示しながら言った。
「新聞社の者です。永田さんは死臭をかぐ事が出来るというのでお話を聴かせてもらえたらと思いまして」
「それって……取材ですか?」
「ええ」
「そんなの困ります。記事にされたら仕事に支障をきたしますから」
「スーパーを辞められましたよね。新しいお仕事が決まったのですね」
「ええ、生命保険会社です」
「え? 生命保険会社とは犬猿の仲だったはずですが……」
「先週まではね」
「どういう事ですか?」
「私、考えたんです。スーパーで死臭のするお客さんに保険に入る事をすすめていた時は良い事をしている満足感はありましたけど、一円にもなりませんでした。ボランティアみたいな物です。だから逆の事をしようと思いました。そうすれば貧乏から抜け出せる」
「はぁ……」
「今も死臭はかいでいます。そしてお客さんに保険に入る事もすすめています。保険会社の社員ですから。ただ前と違うのは死臭のしない人に保険をすすめているという事です」
「えっ」
「私が死臭がしない事を確認して保険に入れた人は、絶対に五年間は死なない、保険会社にとってみれば安全で安泰です。だから厚待遇で雇ってもらえたんです。このマンションも社宅として入居できて」
「……」
黙り込む坂本を見ていた彼女だったが、少しだけ鼻を動かし眉間にしわを寄せた。
そして胸のポケットから名刺を取り出すと
「保険に入りませんか?」と言いながらカメラマンにだけ名刺を差し出した。




