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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第7話 この世界は、書かれた通りにしか動かない

 王都を発つ朝は、驚くほど静かだった。


 荷物は少ない。

 着替えと、最低限の筆記具。

 それと、誰にも提出しないノートが一冊。


 記録官としての私の仕事は、昨日で終わった。

 正式には、今日から辺境管理文書室所属だ。

 だが、王都の文書院に、私の居場所はもうない。


 馬車に乗り込む前、私は最後に文書院の建物を振り返った。


 ここでは、無数の歴史が作られ、整えられ、削られてきた。

 勇者も、魔王も、戦争も――すべては文章の中で形を与えられる。


 そして、人々はそれを事実と呼ぶ。


 辺境へ向かう馬車の中、私は一枚の書類を膝に広げていた。


 勇者の戦死報告書。

 最終稿。


 すでに提出され、承認され、封蝋も押されている。

 私の手を離れた文章だ。


 内容は、完璧だった。


 魔王との死闘。

 仲間を庇い、力尽きる勇者。

 世界に残された希望。


 一行一行が、丁寧に磨かれている。

 読めば、誰も疑問を持たない。


 ――疑問を持てないように、書かれている。


 私は、その文章を見つめながら思った。


 この世界は、剣で動いているのではない。

 魔法でもない。


 文章で動いている。


 誰かが書き、誰かが信じ、

 それが現実になる。


「……あなたが、あの記録官ね」


 馬車が停車した時、声をかけられた。


 文官用の簡素な制服を着た男だった。

 辺境管理文書室の責任者らしい。


「勇者の戦死報告書、拝見しました」


 私は、表情を変えなかった。


「よくまとまっていましたよ。

 余計なことも書かれていない」


 それは、評価だった。


 だが、同時に宣告でもある。


「この世界には、

 書いてはいけないことがある」


 男は、穏やかにそう言った。


「あなたは、それを理解できる人だと思っていましたが」


 私は、静かに答えた。


「理解はしています」


「なら――」


「ですが」


 私は、言葉を続けた。


「書かないとは言っていません」


 男は、一瞬だけ目を細めた。


 だが、それ以上は何も言わなかった。


 ここでは、私を裁く権限はない。

 まだ。


 辺境管理文書室は、静かだった。


 勇者も、魔王も、ここではただの名前だ。

 数字と帳簿だけが、淡々と積み上がる。


 だが、私は知っている。


 この数字が、

 どこかで物語に変換されることを。


 夜、簡素な宿舎の机に向かい、私はノートを開いた。


 公文書ではない。

 提出もしない。

 だが、確実に残る。


 私は、書き始めた。


 勇者が生きていた事実。

 魔王と会話したこと。

 王国がそれを消した理由。


 断定はしない。

 評価もしない。


 ただ、並べる。


 読む者が、考える余地を残して。


 これが、私の選んだやり方だ。


 私は分かっている。


 この記録が、明日世界を変えることはない。

 戦争は続き、英雄は称えられ、嘘は守られる。


 だが。


 もし、未来のどこかで。

 誰かが同じ違和感を抱いた時。


 「おかしい」と思った時。


 この記録は、

 その人の孤独を否定する証拠になる。


 それでいい。


 ペンを置き、私は小さく息を吐いた。


 私は、もう文書院の記録官ではない。

 だが――


 この世界が、

 書かれた通りにしか動かないのなら。


 私は、書く。


 誰にも求められていなくても。

 守られていなくても。


 文章だけは、

 剣よりも長く生きる。


 それを、私は知っている。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


次の投稿からは、1日1回の更新になります。


ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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