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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第6話 勇者の名を、呼んではいけない

 追悼式典の準備が始まった。


 王都中央広場。

 白布に覆われた祭壇。

 勇者の紋章を刻んだ旗が、風に揺れている。


 それを遠目に見ながら、私は足を止めた。


 異動まで、残り一日。

 本来なら、この式典に関わることはない。

 だが――呼ばれた。


「記録官様」


 振り向くと、勇者の妹が立っていた。


 以前よりも、やつれている。

 それでも、背筋を伸ばし、無理に笑っていた。


「少し、時間をいただけますか」


 拒む理由は、なかった。


 文書院の裏庭。

 人の少ない、静かな場所。


「式典の原稿を見せていただきました」


 彼女は、手にした紙を握りしめている。


 追悼式で読み上げられる、勇者の最期。

 英雄譚として、完璧に整えられた文章だ。


「兄は……こんな人でしたか?」


 その問いは、刃物のようだった。


 私は、すぐに答えられなかった。


 原稿に書かれた勇者は、理想の象徴だ。

 恐れず、迷わず、疑わず。

 世界のために、ためらいなく命を捧げた英雄。


 だが、私が知っている勇者は違う。


 迷っていた。

 考えていた。

 恐れていた。


 それでも、立ち止まらなかった人だ。


「……文章は、式典のためのものです」


 私は慎重に言葉を選んだ。


「すべての人が、同じ形で理解できるように」


「では」


 彼女は、まっすぐ私を見た。


「兄自身は、どう思っていたんでしょう」


 答えられない。


 私は、知っている。

 だが、言えない。


 勇者の名を、ここで正しく呼んでしまえば。

 彼は英雄ではなくなる。


 それは、彼女から拠り所を奪うことだ。


「……兄上は」


 私は、嘘をつかない範囲で、言った。


「考える人でした」


 彼女は、少し驚いたように目を見開く。


「それは……」


「迷うことを、恐れなかった」


 私は続けた。


「疑問を持つことを、弱さだとは思わなかった人です」


 それは、真実だ。


 だが、核心には触れていない。


 彼女は、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「……やっぱり」


「?」


「兄らしい」


 その言葉に、胸が締め付けられた。


 彼女は、もう十分に理解している。

 理解しているからこそ、これ以上を聞かない。


 それが、余計につらい。


「一つだけ、教えてください」


 彼女は、紙を胸に抱いたまま言った。


「兄は……無駄死にでしたか?」


 私は、即答できなかった。


 勇者の死は、世界を救っていない。

 戦争は続いている。

 王国は、何も変わっていない。


 だが。


「……いいえ」


 私は、はっきりと言った。


「無駄ではありません」


 それは、私の判断だった。


「兄上の行動がなければ、

 私は、今ここにいません」


 彼女は、少し困ったように笑った。


「それは、どういう意味ですか」


「いつか、分かる日が来ます」


 それ以上は、言えなかった。


 追悼式当日。


 広場は、人で埋め尽くされていた。

 祈り。

 涙。

 歓声すら混じる。


 英雄の死は、希望になる。


 壇上で、司祭が勇者の名を呼ぶ。


 そのたびに、人々は頭を垂れた。


 私は、人混みの端に立ち、式典を記録していた。


 記録官として、やるべき仕事だ。


 だが、胸の奥が、ひどく冷たい。


 勇者の名が、繰り返し呼ばれる。

 だが、その名は――本当の彼を指していない。


 彼は、ここにいない。

 ここに呼ばれているのは、象徴だ。


 勇者の妹が、壇上に立つ。


 短い挨拶。

 震える声。


 それでも、彼女は最後まで言い切った。


 「兄は、世界を信じていました」


 その言葉に、私は目を閉じた。


 違う。

 彼は、世界を信じきれなかった。


 だからこそ、戦った。


 式典が終わり、人々が散っていく。


 私は、記録をまとめながら、静かに思った。


 勇者の名を、呼んではいけない。


 正しく呼んでしまえば、

 この世界は、まだそれに耐えられない。


 だから私は、今日も書く。


 曖昧な言葉で。

 安全な表現で。


 だが、完全な嘘ではない形で。


 それが、今の私にできる、唯一の抵抗だ。


 夜、荷物をまとめ終えた。


 明日、王都を離れる。


 机の上に、私的なノートを置く。


 勇者の名は、そこに書かれていない。

 だが、確かに存在している。


 私は、それでいいと思った。


 勇者の名を、呼んではいけない。


 今は、まだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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