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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第3話 その報告書を書いたのは、誰だ

 翌日から、文書院の空気がわずかに変わった。


 誰かが露骨に何かをしたわけではない。

 挨拶は変わらず、仕事も回ってくる。

 だが、視線が増えた。


 通路ですれ違う同僚が、一瞬だけこちらを見る。

 書庫で作業していると、遠くから足音が止まる。

 すぐに去っていくが、その「間」が不自然だった。


 ――監視されている。


 確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。


 私は表情を変えず、仕事を続けた。

 記録官は顔に出してはいけない。

 それが、長く生き残るための技術だ。


 勇者の戦死報告書は、まだ白紙のままだった。


 書こうと思えば、すぐに書ける。

 様式は頭に入っている。

 英雄譚として、完璧な文章を。


 だが、ペンを取るたびに、あの行動ログが脳裏に浮かぶ。


 勇者、生存確認。

 会話あり。


 私はため息をつき、席を立った。

 書庫の奥、あまり使われていない棚へ向かう。


 ――資料が、減っている。


 昨日まで確かにあったはずの、勇者関連の副資料が抜き取られていた。

 整理番号はそのまま。

 中身だけが消えている。


 内部の人間の仕業だ。


 外部の侵入者なら、こんなやり方はしない。

 これは、「見せない」ための処理だ。


 私は棚の前で立ち尽くした。


 やはり、この件は偶然ではない。


「……まだ、そこにいるのね」


 背後から、声がした。


 反射的に振り向く。


 そこに立っていたのは、見覚えのない女性だった。

 だが、すぐに気づく。


 勇者パーティの元参謀。

 戦死報告では「行方不明」と処理された人物。


「生きていたんですね」


「ええ。あなたと同じ。

 死んだことにされなかっただけ」


 彼女は苦笑し、棚に視線を向けた。


「やっぱり、消えている。

 動きが早いわね」


 私は周囲を確認し、声を潜めた。


「ここで話すのは危険です」


「分かってる」


 彼女は懐から小さな紙片を取り出し、私に渡した。


「場所を移しましょう。

 ……勇者が、最後に戻ってきた場所よ」


 夜の王都外れ。

 使われなくなった宿舎の一室。


 埃の匂いと、わずかな薬草の香り。


「ここで、勇者は一度、目を覚ました」


 彼女はそう言って、壁にもたれた。


「魔王と戦ったあと、確かに瀕死だった。

 でも、死んではいなかった」


 私は喉が鳴るのを感じた。


「彼は、魔王と話したんですか」


「ええ」


 即答だった。


「戦う意味があるのか。

 この戦争は、何を守っているのか。

 ……そんな話を」


 彼女は一瞬、目を伏せる。


「そして、気づいてしまったのよ。

 魔王を倒しても、世界は救われないって」


 重い沈黙が落ちた。


「だから、殺された?」


「正確には――」


 彼女は言葉を選んだ。


「消された」


 勇者は王都に戻る途中、正式な迎えを受けなかった。

 代わりに現れたのは、身元を明かさない護衛部隊。


 その後の記録は、存在しない。


「あなたが書いている戦死報告書。

 あれは、勇者が死んだ理由を説明するためのものじゃない」


 彼女は私を見つめる。


「勇者が、いなかったことにするための文章よ」


 私は、無意識に拳を握りしめていた。


「……なぜ、私に話したんです」


「あなたが、その報告書を書くから」


 彼女は静かに言った。


「あなたは、嘘を書ける人。

 でも、全部を嘘にはしない人だと聞いた」


 評価としては、最悪で、最高だった。


 文書院に戻ると、机の配置が微妙に変わっていた。


 書類の順番。

 椅子の位置。

 些細な変化。


 だが、それで十分だ。


 ――見られている。


 上司からの通達が届いていた。


勇者戦死報告書は、

本日中に第一次案を提出せよ。


 逃げ場は、もうない。


 私は白紙を机に置き、ペンを取った。


 書き始めるための、最初の一文。


「勇者は、魔王と死闘の末――」


 そこで、手が止まる。


 この一文を書いた瞬間、

 勇者は完全に「死んだ英雄」になる。


 歴史が確定する。


 私は、ペンを握ったまま、しばらく動けなかった。


 そして、ゆっくりと息を吸う。


 私は記録官だ。

 だからこそ、知っている。


 文章は、真実を隠すこともできる。

 だが――

 真実を残すこともできる。


 私は、最初の一文を書き直した。


「勇者は、魔王と相対し――」


 そこで、わざと文を切る。


 主語も、結論も、書かない。


 読めば分かる者にだけ、違和感が残る形で。


 この報告書を書いたのは、誰だ。


 その問いが、いつか生まれるように。


 ペン先が、静かに紙を走った。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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