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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第19話 この文章は、公開されない

 私は、王国の提案を断った。


 理由は述べなかった。

 説明する必要がなかったからだ。


 高官は、何も言わずに書類を回収した。

 怒りも、失望もない。


 ただ一度だけ、深く息を吐いた。


「……そうか」


 それで終わりだった。


 追及はない。

 拘束もない。


 それが、

 これが最後の選択だった証拠だった。


 その夜、私は王都を離れた。


 逃亡ではない。

 追放でもない。


 ただの、配置転換。


 辺境のさらに外れ。

 記録にも残らないような、小さな監督所。


 だが、私は知っている。


 ここが、

 最も自由な場所だと。


 机の上に、紙を広げる。


 白紙ではない。

 すでに何度も書き直された束だ。


 勇者の最期。

 魔王との会話。

 王国の判断。

 宗教の論理。


 すべてを、順番通りに並べる。


 脚色はしない。

 断定もしない。


 ただ、

 削られた事実を、削られた順に並べる。


 それだけで、

 物語は形を持つ。


 私は分かっている。


 この文章を公開すれば、

 混乱が起きる。


 誰かは救われ、

 誰かは壊れる。


 だが、

 その責任を負う覚悟は、私にはない。


 勇者が負った重さを、

 私は知ってしまった。


 だから、公開しない。


 英雄譚を壊さない。

 戦争も止めない。


 それでも、

 消させない。


 私は、記録を一冊の形にまとめた。


 題名はつけない。

 署名もしない。


 誰が書いたか分からない文章ほど、

 長く生きる。


 私は、それを三つに分けた。


 一つは、地下書庫の最奥。

 一つは、廃棄文書の分類箱。

 一つは、誰にも意味の分からない帳簿の間。


 一冊では消せる。

 だが、三つなら――

 揃えないと意味をなさない。


 それが、私の選んだ残し方だった。


 最後に、私は一行だけ書き足した。


これは、正しい物語ではない。

だが、間違った物語でもない。


 書き終え、ペンを置く。


 胸の奥が、ひどく静かだった。


 夜明け前、外に出る。


 東の空が、わずかに白んでいる。


 世界は、何も変わらない。


 今日も戦争は続き、

 英雄は讃えられ、

 嘘は守られる。


 それを、私は知っている。


 それでも。


 もし、いつか。

 誰かが、記録の矛盾に気づいたなら。


 もし、

 英雄譚に疑問を抱く人間が現れたなら。


 その時、この文章は――

 答えではなく、同行者になる。


 一人で悩まなくていいと、

 そう伝えるためのものだ。


 私は、振り返らなかった。


 公開されない文章を、

 世に放つことはない。


 だが、

 この世界から切り離すことも、しない。


 私は理解している。


 これが、

 私にできる最大の抵抗だ。


 この文章は、公開されない。


 だからこそ、

 消されることもない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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