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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第15話 嘘は、守る人を選べない

 翌日、私は呼び出された。


 場所は王都の外れ、文書院の別棟。

 表札のない扉の前に立った時点で、私は理解していた。


 ここは、正式な手続きの場所ではない。

 処理の場所だ。


 扉を開けると、机が一つと椅子が二つ。

 窓は小さく、外の光は薄い。


 そこに座っていたのは、見知らぬ男だった。

 軍務省でも、文書院でもない。

 しかし、言葉の端々が“命令”のそれだった。


「記録官。座れ」


 私は従った。


 男は紙束を机に置く。

 それは私の字ではなかった。

 だが、私の書き癖に似ている。


 断定を避け、余白を残し、矛盾を温存する形。


「お前が残した“別の記録”が、どこかにある」


 心臓が一度だけ強く打った。


「……何のことでしょう」


 私は、最も安全な返答を選ぶ。


 男は笑わなかった。


「とぼけるな。

 お前は賢い。だから、ここにいる」


 それは評価ではない。

 確認だった。


「お前の記録は、完璧じゃない。

 完璧に隠す気がない」


 私は黙った。


 完璧に隠せば、真実は残らない。

 残せば、見つかる可能性が生まれる。


 その綱渡りを、私は選んだ。

 選んだ以上、責任は私にある。


「お前に聞くことは一つだ」


 男は、紙束の一枚を指で叩いた。


「この内容を、誰に渡した」


 私は首を振った。


「誰にも」


「嘘だ」


 男は淡々と言う。


「すでに、これを利用した者が出た」


 背筋が冷えた。


 利用?


 私は、利用される形で残したつもりはない。

 読む者が考える余地を残すための断片。

 それは、武器ではなく、灯火のはずだった。


 だが、灯火は火にもなる。


 男は、別の紙を取り出した。


 署名欄に、知らない名前。


 調整局補佐官 カーレン。


「こいつが、昨日“整理”された」


 私は、言葉を失った。


 整理された。

 それは、この世界で最も軽く言える最も重い言葉。


「……私は、その人を知りません」


「だろうな。知る必要はない」


 男は視線を上げた。


「だが、こいつは知っていた。

 お前の記録が存在することを」


 喉が痛い。


「どうして」


「お前の記録の断片が、流れたからだ」


 男は、事実だけを並べる。


「こいつはそれを使って、

 上の連中に“交渉”を仕掛けた」


 交渉。

 その言葉が、胸の奥に刺さる。


 真実は、交渉材料になる。

 正義のためではなく、身を守るために。


 それは責められない。

 この世界では、誰もがそうする。


「結果、こいつは消された」


 男は言う。


「そして、お前は生きている」


 私は、机の上の木目を見つめた。


 違う。

 私が生きているのは、運じゃない。

 利用価値でもない。


 ――ただ、まだ“使いどころ”が残っているだけだ。


「つまり」


 私は、声を絞り出した。


「私の記録が原因で、その人は――」


「原因の一つだ」


 男は遮らなかった。

 訂正もしない。


「記録官。理解しろ。

 嘘は、守る相手を選べない」


 その言葉は、残酷なほど正しい。


 私が書かなければ、誰も傷つかなかったか。

 違う。別の誰かが書いた。別の形で流れた。

 結果は同じかもしれない。


 だが、関係ない。


 私は、書いた。

 そして、誰かが消えた。


 因果の鎖が、私の指に絡みつく。


 男は立ち上がり、扉へ向かう。


「次に同じことが起きれば、消えるのはお前だ」


 それは脅しではない。

 規則の説明だ。


 扉の前で、男は振り返った。


「最後に忠告しておく」


 そして、淡々と告げた。


「お前が残した記録は、すでに“素材”になった。

 止めたければ、最初から書くな」


 扉が閉まる。


 部屋に残ったのは、私と、紙の匂いだけだった。


 外に出ると、王都の空は青かった。


 眩しいほど普通の日だ。

 人々は笑い、商人は声を張り、子どもが走り回っている。


 この世界は、今日も無邪気に回っている。


 その裏で、一人が消えたことなど、誰も知らない。


 知らないことにされている。


 私は歩き出した。

 足が軽いわけではない。

 重い。鉛のように重い。


 宿舎へ戻る途中、勇者の妹とすれ違った。


「……記録官さま」


 彼女は微笑みかけた。

 私は微笑み返せなかった。


 私は思った。


 守るために書いた嘘が、誰かを殺す。


 守られるべき人は、何も知らずに感謝する。


 これが現実だ。


 そして私は、そこにいる。


 夜。


 私はノートを開いた。


 いつもなら、事実だけを書く。

 感情は書かない。評価もしない。


 だが、今日は、手が止まった。


 私は初めて、ノートに“感情”を書いた。


私は、誰かを消した。


 それは事実ではない。

 正確ではない。

 だが、嘘でもない。


 私は、紙に額を近づけた。

 息が紙に当たり、インクがわずかに揺れる。


 こんなに静かなのに、胸の中だけが騒がしい。


 私は、問いを自分に突きつけた。


 ――それでも書くのか。


 書けば、また誰かが傷つくかもしれない。

 消えるかもしれない。

 利用されるかもしれない。


 では、書かなければ?


 嘘は完成し、英雄譚は固定され、

 世界は“正しい物語”だけで回る。


 その世界で、

 私が生きる意味は何だ。


 私は、ペンを握り直した。


 答えは、出ない。

 だが、決めなければならない。


 私は、次のページに短く書いた。


書き方を変える。

私が消えても残る形にする。

そして、誰かを巻き込まない形にする。


 矛盾している。

 残すなら、誰かが読む。読むなら、誰かが巻き込まれる。

 完全な安全などない。


 だが、私は、諦められなかった。


 嘘は、守る人を選べない。


 ならば私は、

 嘘に守られる人を増やすのではなく、

 嘘を疑える人を、未来に残す。


 そのために書く。


 私の罪と一緒に。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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