第14話 勇者の名が、使われる
王都に戻ったのは、偶然だった。
正確には、戻らざるを得なかった。
次の配置先が決まるまで、
私は「待機」という名目で王都周辺に留め置かれた。
名目は柔らかいが、実態は隔離だ。
私は、それを受け入れた。
逃げれば、即座に消される。
ここにいる限り、まだ“記録官”でいられる。
王都は、以前よりも賑やかだった。
広場には新しい旗。
通りには装飾。
人々の表情は、どこか高揚している。
嫌な予感がした。
私は人の流れに逆らい、広場へ向かった。
そこに掲げられていたのは――
勇者の名だった。
「勇者○○隊 結成式」
大きく書かれた文字。
勇者の紋章を模した意匠。
その下に、王国の標語。
「英雄の意志を、我らが継ぐ」
私は、しばらく動けなかった。
勇者は、もういない。
それは、王国が誰よりも理解している。
それでも、
彼の名は“便利”だった。
「すごいですね!」
隣で声を上げたのは、
若い兵士だった。
「勇者様の名を冠するなんて、
士気が上がりますよ!」
彼は、何も知らない。
だからこそ、輝いている。
私は、何も言えなかった。
式典が始まる。
高官が壇上に立ち、
勇者の功績を語る。
魔王と戦い、
仲間を守り、
世界のために命を捧げた英雄。
その物語は、
すでに完成していた。
どこにも、
迷いも、疑問も、対話もない。
私は、拳を握りしめた。
だが、怒りではない。
これは――
冒涜だ。
「……来ていたのね」
背後から、
聞き覚えのある声。
振り向くと、
勇者の妹が立っていた。
彼女は、
壇上を見つめている。
その表情は、
怒りでも、悲しみでもない。
空虚だった。
「兄は、こんなことを望んでいましたか」
彼女は、私を見ずに言った。
私は、答えなかった。
答えられなかった。
否定すれば、
彼女の心を壊す。
肯定すれば、
兄を殺す。
「……兄は」
私は、言葉を選んだ。
「選ばされることを、嫌う人でした」
それだけで、十分だった。
彼女は、小さく頷いた。
「やっぱり」
それ以上、何も言わなかった。
式典の終盤、
新部隊の旗が掲げられる。
勇者の名。
勇者の紋章。
だが、その下に並ぶ顔は、
彼とは何の関係もない。
勇者は、
完全に“概念”になった。
都合のいい部分だけを切り取られ、
使われる存在に。
私は、理解してしまった。
王国にとって、
勇者は死んで完成したのだ。
生きていた勇者は、
不要だった。
だから、消された。
そして今、
死んだ勇者だけが、何度も殺されている。
夜、宿舎に戻り、
私はノートを開いた。
今日見た光景を、
淡々と書く。
怒りは書かない。
評価もしない。
事実だけを、
並べる。
それが、
一番残酷だと知っているから。
私は、最後に一文だけ付け加えた。
勇者は、死んでからも利用される。
その一文を書いた瞬間、
胸の奥で、
何かが静かに折れた。
だが同時に、
迷いも消えた。
私は、もう躊躇しない。
勇者の名が、使われるのなら。
私は、
その使い方を、記録し続ける。
それが、
彼に対する、
私なりの弔いだから。
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