第13話 記録官は、保護されない
その通達は、予告もなく届いた。
朝の業務開始前、責任者の男が私を呼び止め、
封の切られていない一通の書類を差し出す。
「確認を」
それだけだった。
私は受け取り、内容を読んだ。
辺境管理文書室 記録官
任期満了に伴い、配置を再調整する。
文面は簡潔で、感情がない。
だが、私はすぐに理解した。
満了ではない。再調整でもない。
これは――
保護の終了通知だ。
私は静かに書類を畳んだ。
「次の配置先は?」
責任者の男は、少しだけ視線を逸らした。
「まだ決まっていない」
それが、答えだった。
決まっていない配置先など、存在しない。
存在しない場所へ送る。
あるいは――
送らない。
私の中で、冷たい理解が広がった。
その日、私の業務は妙に丁寧だった。
引き継ぎ資料の作成。
帳簿の整理。
机の周囲の確認。
まるで、
最初から私がいなかったことにする準備のように。
同僚たちは、普段通りだった。
挨拶をし、雑談をし、
私の異変に触れない。
触れないことが、
最大限の配慮であるかのように。
昼休み、私は一人で中庭に出た。
風が、紙の匂いを運ぶ。
辺境に来てから、
ここが嫌いではなかった。
静かで、
王都ほど嘘が密集していなくて。
だが、それは錯覚だった。
嘘は、
どこにでもある。
ただ、
ここでは上手く隠されているだけだ。
「……やっぱり、来たのね」
背後から声がした。
振り向くと、
勇者パーティの元参謀が立っていた。
「あなたの任期、切られたわ」
「分かっていました」
「そう」
彼女は、苦く笑った。
「あなた、想像以上に厄介だったみたい」
それは、褒め言葉ではない。
「保護されている間に、
大人しくしていればよかったのに」
「……保護されていたつもりはありません」
「ええ。だから、切られた」
その言葉に、私は否定しなかった。
「次は、どうするの?」
彼女は、問いかける。
だが、その問いに、答えは含まれていない。
選択肢がないことを、
彼女も分かっている。
「私は、書き続けます」
私がそう言うと、
彼女は一瞬だけ目を伏せた。
「……もう、あなた一人じゃ無理よ」
「ええ」
私は、頷いた。
「だから、一人では書きません」
彼女は、私を見た。
少し驚いたように。
夜、私は宿舎の部屋で、
最低限の荷物をまとめた。
公的な記録は、
すでに引き継がれている。
だが、私的な記録は違う。
私は、
これまで作ってきた“別の記録”を取り出した。
複数の束。
分類の異なる箱。
それぞれが、
完全には意味を成さない。
だが、組み合わせれば、
一つの真実になる。
それを、私は知っている。
机の上に、
責任者の男が残した紙があった。
短い走り書き。
君は、ここまでだ。
私は、紙を見つめた。
怒りはなかった。
悲しみも、ない。
ただ、
納得があった。
ここまでで十分だ。
彼らにとっては。
私は、紙を裏返し、
自分の字で一行だけ書いた。
ここからが、私だ。
そして、それを箱の一番下にしまった。
翌朝、私は文書室を去った。
誰も見送らない。
送別の言葉もない。
だが、それでいい。
私は、
消される側ではない。
まだ、名前がある。
まだ、書ける。
記録官は、保護されない。
だからこそ、
守るべきものを、自分で決める。
私は、歩き出した。
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