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勇者の死を正しく書いたら、国に消されかけた件 ―剣も魔法も使えない記録官の、静かな反逆  作者: 白坂ミナト


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第11話 嘘は、世界を守るためにある

 翌日、私は宗教組織の使者と会うことになった。


 辺境管理文書室の応接室。

 簡素な机と椅子。

 装飾はないが、空気だけは重い。


 現れたのは、初老の男だった。

 派手な法衣も、威圧的な態度もない。

 ただ、長く人の話を聞いてきた目をしている。


「初めまして。

 私は“調整局”の一員です」


 宗教組織の名は出さなかった。

 それだけで、立場は十分に伝わる。


「記録官殿。

 あなたが優秀だという話は、前から聞いています」


 私は一礼した。


「本題を伺っても?」


「ええ」


 男は、机に一冊の薄い書類を置いた。


「あなたが整理を命じられた記録の、最終判断を行うためです」


 私は、その表紙を見て、胸の奥が冷えた。


 勇者関連資料。

 それも、王都ではなく、宗教側が保管している原本。


「あなたは、すでに知っているでしょう」


 男は、穏やかに言った。


「勇者は、魔王と会話した。

 そして、生きて帰還していた」


 私は、何も言わなかった。


「それでも我々は、

 勇者を“戦死”として記録した」


 男は、責める口調ではない。

 説明する口調だった。


「なぜだと思いますか」


 私は、答えを知っている。


「……世界を混乱させないため」


「正解です」


 男は、即座に頷いた。


「人は、希望を必要とします。

 特に、戦争の最中では」


 彼は、ゆっくりと言葉を続ける。


「勇者が迷い、疑い、魔王と対話した。

 それが広まれば、どうなるでしょう」


 私は、想像してしまった。


 兵士が剣を置く。

 民が祈りを疑う。

 王国の統治が揺らぐ。


「世界は、壊れます」


 男は、淡々と言った。


「今度こそ、本当に」


「あなたは、嘘を憎んでいる」


 男は、私を見つめる。


「ですが、理解もしている。

 嘘がなければ、

 人は今日を生きられないことを」


 否定できなかった。


 私は、嘘によって守られてきた人々を知っている。

 勇者の妹も、その一人だ。


「記録官殿」


 男は、静かに言った。


「あなたが拒めば、

 別の誰かが、同じ仕事をするだけです」


 その言葉は、残酷なほど正しかった。


「あなたが書けば、

 矛盾は最小限で済む。

 犠牲も、少なくなる」


 私は、拳を握りしめた。


 それは、

 “あなたが嘘を書け”ではない。


 “あなたが書かないと、もっと悪くなる”

 という論理だ。


 怒る場所が、どこにもない。


「リオ・カルナスを、知っていますか」


 私は、意を決して口にした。


 男は、少しだけ目を伏せた。


「ええ」


「彼は、なぜ消されたんです」


 沈黙。


 そして、答え。


「彼は、正しかった」


 私は、息を詰めた。


「彼は、真実を公表しようとした。

 段階も、配慮もなく」


 男は、淡々と続ける。


「その結果、

 暴動が起き、

 小さな町が一つ、消えました」


 私は、言葉を失った。


「我々は、その後始末をしました」


「……それが、“整理”ですか」


「ええ」


 男は、否定しなかった。


「記録官殿」


 男は、席を立つ。


「あなたは、選べる立場にいます」


 それは、昨日と同じ言葉。

 だが、重みが違う。


「正しいことをして、

 世界を壊すか」


「間違ったことをして、

 世界を守るか」


 どちらも、地獄だ。


 男は、扉の前で振り返った。


「あなたが何を選んでも、

 我々は止めません」


 それは、嘘ではない。

 だが、救いでもない。


 夜、私は宿舎に戻り、灯りもつけずに椅子に座った。


 正しいことは、

 必ずしも善ではない。


 間違ったことは、

 必ずしも悪ではない。


 それを、私は理解してしまった。


 だから、怒れない。


 怒れないことが、

 こんなにも苦しいとは思わなかった。


 私は、ノートを開いた。


 そこには、

 私が書いてきた断片的な真実が並んでいる。


 これを公表すれば、

 確かに世界は揺れる。


 だが、誰が救われる?


 誰が壊れる?


 答えは、分からない。


 分からないまま、

 私は書いている。


 それが、今の私だ。


 窓の外で、風が鳴った。


 辺境の夜は、王都より暗い。

 だが、ここにも人は生きている。


 この人々を、

 私は壊したいのか。


 壊したくない。

 だが、嘘で守り続けたいわけでもない。


 私は、深く息を吸った。


 怒れない苦しさを抱えたまま、

 次のページを開く。


 嘘は、世界を守るためにある。


 ――本当に、そうなのか。


 その問いだけが、

 私の中で、消えずに残った。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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